六歳のわたし第2話
ギャガさんのキャラバンは三つの大型荷馬車と、十二人の部下で構成されている。
三人で一つのチームらしく、それは主に目利きの仕入れ商人、コミュ力高めな販売ルート確保商人、護衛で構成されているんですって。
それぞれ仕入れる品なんかのジャンルが『武具、武具の材料』、『錬金術の材料、薬系』『衣類』『装飾品、宝石』『食品』『骨董品』など担当が分かれている。
実に効率的で、いい感じにまとまったチームだわ。
「…………」
「…………」
「…………」
……対して、自宅兼受付カウンターのある我が家の一階、喫茶コーナーはなんという重い空気なのかしら。
わたし、万能解毒薬の錬成を試してみたかったんだけどなぁ。
目の前にはピンクの髪の女の子。
彼女はジトーッとお父さんを睨んでいる。
「と、とりあえず紹介するな? ティナ」
「は、はい」
「ナコナだ。俺の別れた嫁さんとの間にできた娘で、今……十歳……?」
「十一歳よ!」
「……じゅ、十一歳だ。お前より五歳年上だな……ハハハ……」
なるほど、特に難しいお年頃ね……。
中でも取り分け『父親』に関しては!
わたしもお父さん同様乾いた笑いで対応するが、彼女の不満全開の般若顔はまるで治る気配がない。
こ、困ったわー、こりゃどーにも。
「で、ナコナ、お前だけ、みたいだけど……母さんはどうしたんだ?」
「…………」
「ンな顔してないでちゃんと説明しろ。怒って追い返したりしないから」
「……ほんと?」
「ホントだホント」
……そうなのよね。
彼女、ナコナ、さん? は、お父さんが別れた奥さん側に引き取られた……らしい。
お父さんが遠征から帰ると、家には奥さんサイン済み離婚届けと『実家に帰る』的な手紙が残されており、奥さんと娘の荷物は綺麗さっぱりなくなっていた……とのことである。
見事に『出て行かれた』ものだ。
勿論、母親と一緒に行くことを娘さんである彼女がどこまで了承してのことかはわからない。
意気揚々と一緒に出て行ったのか、嫌々連れて行かれたのか……。
それは彼女のこれからの返答でわかるだろう。
なので、わたしもお父さんも少し緊張しながらナコナさんを見る。
ここに……お父さんに会いに来たということは、嫌々お母さんに連れて行かれたのだろうか?
「……あのね、母さん、再婚したの」
「……………………」
「…………」
第一声を聞いた瞬間お父さんが天井を仰いだ。
う、うおう……初っ端からすごいのぶち込んできたわね、この子。
別れた奥さんの再婚を、実の娘から聞かされるという……お、お父さん、ファイト! 生きろ! まだ話し合いは始まったばかりよ!
「あたしはヤダって言ったのに……母さんはあの人が好きだからって言って! それに、もう赤ちゃんがお腹にいるのよって!」
「……………………」
「…………」
お、お父さん!
お父さんが震え始めた!
腕を組み、天井を仰ぎ見ながら口を噤んでプルプル震え始めたわ!
は、早い! お父さんの精神的なHPがあっという間にゼロに削られていくのが側から見てもわかるほどの圧倒的一目瞭然感!
もうやめてナコナさん! お父さんの精神的HPはもうゼロよ!
「そ、そ、そ、そうかぁ……」
搾り出すように相槌!?
この状況でなんて果敢な……!
さすが元騎士、ギリギリで踏ん張っている!
「しかも相手がね! 父さんの同僚だった騎士なのよ!」
「ぐふぅ!」
「(おおぉお父さんんんん〜!)」
「赤の騎士団の団長さん!」
「アイツかぁ!」
「お父さん!」
誰だかわからないけど突然テーブルを殴りつけて立ち上がる!
それに煽られたようにナコナさんもテーブルを両手で殴り「でも母さんの略奪ふりんなのよ!」と叫ぶ。
その言葉にお父さんは立ち上がった勢いをテーブルへと向け、額を恐ろしい勢いで叩きつけた。
…………こ、これはこれで凄く痛そうなんだけど、十一歳の実の娘が元妻に対して「略奪不倫」とか叫んだとあっては致し方ないとも思う。
これは辛い。
「…………そんな気はしてたんだよ…んあいつら、城の祝賀パーティーでいつも気がつくと近くにいて楽しそうに話してたしよぉ……。ロンドレッドの野郎はリコと上手くいってなかったから、リコは青の騎士団の宿舎まで来て俺やディールに毎夜酒を浴びるように飲みながらロンドレッドが構ってくれないだのなんだのと愚痴を延々と朝まで……」
「お父さん……」
「はっ! ……あ、ああ、すまん、ティナ、お前には少し早いな……ははは」
……いえ、中身は成人済みなので心中お察しします……。
テーブルに突っ伏していたお父さんが、わたしの声にハッと顔を上げて頭を撫でてくれる。
しかし、表情は二十歳くらい老けたような……。
「……父さんと暮らしていた時みたいな少し狭いくらいの家で、あたしは、それでよかったのに母さんは使用人付きの大きい家の方がいいでしょうって言って……その人の家に行くことになったの。でも、あたしの部屋、ホントに広くて……誰もいない。母さんはあたしと喋ってくれなくなって、毎日家庭教師とかいう人が代わる代わる来て……あたし、勉強なんてしたくない! 友達とも会えなくなるし、部屋からは出してもらえなくなるし、ご飯も……一人で部屋で食べることになるし! もうあんな生活嫌!」
「ナコナ……」
「……あたし、勉強嫌いだけど、わかるもん! ……わかるもん……母さんは、あたしのこと邪魔に思ってる! 新しい男ができたから、そっちに夢中なのよ! ……そういう女なのよ! 母さんは!」
「……………………」
再び天井を仰ぎ見るお父さん。
……そ、そうね、なにが言いたいか、わかるわ。
女の子の成長の速さって、怖い……。
「……なるほど、それで……母さんには俺のところに来ると言ってきたのか?」
「言ってきてないよ。こっそり出たんだもん。町の入り口にギャガさんのキャラバンを見つけたから、お父さんのところへ連れて行ってって頼んだの」
「わかった。とりあえず俺から手紙は出しておくよ」
「え! 嫌! 居場所がバレたら連れ戻されるかもしれないじゃん!?」
「あっちに帰りたくないなら、俺が追い返してやる」
「……、……父さん……」
「だから居場所だけは伝えておけ。……真っ先に父さんを頼ってくれたことは素直に嬉しいからな……父さんがお前を守ってやる。大丈夫だ。父さんはナコナの味方だよ」
「…………父さんっ」
テーブルを挟んで、親子の縁が戻っていくその様を眺めた。
……マルコスさん、やっぱりとてもいい人ね。
それに、ちゃんと『お父さん』やってる。
できてると思う。
……でも、なんだろう……この気持ち……。
「…………? ……あれ、父さん……この手……」
「! ……あ、ああ……戦争でな。……だから騎士団を辞めてここを継いだんだよ。……悪いな、はは……驚いただろう?」
「………………」
ナコナさんはお父さんの腕のことを知らなかったのか。
義手とはいえ、お父さんは利き手が右手だ。
多分、“ついうっかりいつものように”ナコナさんの頭を撫でたんだろう。
“わたし”は右手で撫でられても気にしないけど……だってずっとそうだったし……ナコナさんはよほどショックだったのね。
そんな表情だ。
まあ、十一歳の子どもには……衝撃的なんだろう。
「よし、それじゃあ今日からは三人家族だな。ナコナ、言っておくがきちんと働いてもらうぞ! うちは人手不足……」
「三人家族? それってこの子も入ってる?」
「え?」
「え?」
おや?
まさか?
「あ、当たり前だろう? あのな、この子は……」
「っ! 父さんはナコナの父さんでしょ! ナコナ以外のお父さんになんてなったらダメなのに、なんでそんなこと言うの!?」
「ナコナ、この子は父さんが守ると……」
「……なによ、なによ……父さんも、父さんもそういうこと言うの? ……父さんも、あたしのことなんていらないの……」
「は? おい、なに言って……」
「父さんのあほーーー!」
「ナコナーーー!」
ドーン!
と、扉が聞いたことのない音を立てて開いたと思ったらナコナさんは飛び出していく。
時間は夕方。
そろそろ夕飯の準備をしないといけない。
ギャガさんの一行はコテージに備えつけのキッチンで自炊するというので、わたしたちは自分たちの分だけ作ればいいのだが……お風呂は沸かさないといけないので早めにご飯を作り始めなければ……なん、だけ、ど!
「……お父さん、早く追いかけてください。ご飯はわたしが作りますから」
「ティ、ティナ……すまない!」
「…………」
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