六歳のわたし第1話



 あれから二年の歳月が流れましたね。

 わたしは六歳になりました。

 出来る事も増え、最近では下級だけでなく中級治療薬も作れるようになってきたの。

 あとは、そうね、お料理も手伝えるようになったのよ。

 ぶっちゃけお父さんよりも上手く作れるわ!

 えーと、それから…………。


「ティナ、そろそろ戻るぞ」

「あ、はい」


 立ち上がる。

 供えたばかりの花束は、風でふわふわと花弁を揺らす。

 木彫りの丸い円を形取られたお墓。

 裏には名前が彫ってある。

 真ん中はお婆さん。

 右はお父さんのお兄さん。

 そして、左は去年亡くなったお爺さん……。

 ……仕方ない、元々病は治らないものだった。

 わたしの作る薬では、病状の緩和しかできなかったのだ。

 苦しまずに穏やかな最期を見届けられただけ、よかった。

 お父さんは優しい眼差しで、穏やかな表情のお爺さんを眺めてわたしの頭を撫でてくれたけれど……。


「…………」


 この世界では、死んだらどこへ行くのかしら……?

 わたしのように、転生するのかな?

 記憶を持ったまま。

 ……なら次に会う時はわたしが年上になっているのかな?

 ねえ、お婆さん、お爺さん。


「ギャガのキャラバンじゃないか」

「あ、ほんとうです」


 大きな馬車の車列。

 荷馬車のテントには幻獣キメラのマークが描かれる。

 なんでキメラなのかというと、ギャガさんは商人を始めたばかりの若い頃キメラに命を救われたことがあるとかなんとか。

 まあ、商人の話題作り……枕言葉かもしれないけれど。

 ギャガさんは『ロフォーラのやどり木』のファン……ご贔屓さんだ。

 港の国『フェイ・ルー』や、亜人大陸まで行って仕入れたものを『ダ・マール』の市場に持っていくんだって。

 その折、こうして街道沿いに建つうちのような宿屋に立ち寄って、冒険者たちが置いて行ったり売ったりしたものを買い取ってくれる。

 見た目は胡散臭いサーカスの団長風なんだけれど、中身は大変真面目な商人さんだ。


「やあ! マルコス。今回は凄い土産があるもんよー!」

「おう、いつも悪いなぁ?」


『ロフォーラのやどり木』を贔屓にしてくれるギャガさんはよくお父さんにお土産をくれる。

 ピノキオのような長い鼻を蒼天に向けて、ドヤ顔。

 いつも珍しい物をくれるけど、今日はずいぶん自信ありげだなぁ?


「おーい? ……ん? おい着いたもんよ? どうした怖い顔して…………え? タイミング? ……仕方ないもんなぁ……。悪い、まだ心の準備が出来ないみたいだもんよ」

「なんじゃそりゃ?」

「まあ、あとで出てくるもんよ。それよりも! やあ! ティナリスちゃん、元気だったもん!? ティナリスちゃんにもお土産を持ってきたもんよ! 見るもん!」

「そ、それは!」


 小瓶に入った色取り取りの丸い物体。

 ではなく!

 その反対の手に握られたどすい紫色の粉!


「まさか、殺人蛾の鱗粉!?」

「…………なんだその物騒な名称の粉は」

「あ、やっぱり飴玉よりこっちに食いつくもんの〜。…………そうか……」

「? だってそっちの方が珍しいじゃないですか! すごい! 万能解毒薬の材料ですね!」

「万能解毒薬の? そうなのか?」


 お父さんは不思議そう。

 ギャガさんは悲しそう。なんで?

 お父さんはわかるわ、あんまり錬金術に明るくないものね。

 でも、お父さんやたまにこうして来るギャガさんがくれるお土産……錬金術の本を読み漁った結果、わたしはだいぶ錬金術に詳しくなったのよ!

 まぁ、下の中くらい……だと思うわ、多分。

 まともに習ったわけではない、独学なので仕方ない。

 習うにはどこかの国の国立学校に行かないといけないもの。

 今のところ学校に行ってまで学びたいと思わないけれど、腕は磨いておきたい。

 あと、なにより錬金術で作れなかった物を作れるようになるのは純粋に楽しいの!


「殺人蛾は東の大樹森に生息する珍しい蛾もんよ。デカさが人の顔ぐらいあってな、顔に覆い被さられると窒息して死んじまうもんよ」

「ガチ殺人蛾じゃねーか」

「他にもティナリスちゃんが欲しいかと思って『猛毒蠍の尾』と『毒大蜥蜴の爪』と『激毒大蛇の牙』も持ってきたもんよ」

「なんで六歳の女の子への土産物がそんな毒々しいんだよ!?」

「わーい!」

「喜ぶの!?」

「だって、これら全部万能解毒薬の材料ですよ! 早速作れるか試してみます!」

「う、うちの中はやめてくれよ!? え、っていうか安全なのかそれ!?」

「瓶ごと入れるので大丈夫です!」

「び、瓶ごとー!?」


 確かにレシピ本には解毒薬系は外の換気の良いところで作ることを勧められている。

 去年ギャガさんがお土産でくれた、錬金術専用鍋と錬金術専用棒を持って湖の近くへ移動開始!

 ふっふっふっ、万能解毒薬ならひと瓶五千コルトはくだらないわ!

 どーせギャガさんが材料を持ってきてくれたのは『わたしに作らせて買い取る』事が目的!

 いいわ! やってやろうじゃない!


「…………せっかく亜人大陸で人気の飴玉買ってきたのに……ティナリスちゃんはやっぱり錬金術の材料の方に食いつくもんのー……。しょんぼりーぬ」

「いつも悪いな、気を遣わせて。でも半分はティナが作った薬を買い取るのも目的だろう?」

「もちろん商人だもん、それもあるけれどもー。……でもティナリスちゃんファンのおじさんは複雑なのよ、どうせならお菓子や服やアクセサリーで喜ぶ姿が見たいじゃない? ホラ、そろそろお年頃だからそっちにも興味出てきたんじゃないかなーって……たくさん用意してきたのよ?」

「おっさん……!!」


 ん?

 ギャガさんたらあんなところにあんな大きな宝箱置いちゃって……。

 客室に運ぶのかしら?

 お父さんには持つの大変そう。

 手伝った方がいいかな?


「お父さん、客室に運ぶのなら手伝います!」

「あ、違う違う、全然違うから」

「え? でも……」

?」

「え?」


 ガサ、と馬車の中から物音。

 カーテンの隙間から青い目玉がギョロリとこちらを睨む。

 え? え!?


「お父さん!? お父さんってどういう事!?」

「え!? え!?」

「ナ、ナコナ!?」

「え!? え!?」


 バァーン!

 と、ド派手な感じで馬車から飛び出してきたのはピンクの髪を左上から三つ編みにした十歳くらいの女の子!?

 飛び降りて、すごい顔でわたしとお父さんを睨みつける。

 え、でも今お父さん、この子の名前、呼んだ?


って! どーゆーことだって聞いてんのよ! 答えろ!」

「え、まっ、え!? ナ、ナコナ!? お前なんでここに!?」

「そんな事より! 今この子、父さんのこと「お父さん」って呼んだ! どういうこと!? 父さんはナコナの父さんでしょう!?」

「…………」

「…………」

「え、ええと……」


 詰め寄る少女な、狼狽えるお父さん。

 頭を抱えるギャガさんと、困惑するわたし。

 ……ええと、ええ〜?


「ま、待て待て待て、説明するけど、説明するけどな? まず、お前どうしてギャガの馬車から出てくる? お母さんと『ダ・マール』にいるんじゃな……」

「ごまかすな!」

「あ、はい……。……よ、養子、かな? 捨て子だったんだ。あのままじゃ獣に食われて死んでしまうと思って引き取ったんだよ。……ええと、お前の母さんとは別れたあとで……」

「お父さん、結婚してたんですか!」

「あ、はい……仕事にかまけて三行半を突きつけられまして……」

「そ、そうだったんですね」


 お父さんがわたしを拾う前のこと……。

 騎士をしていたという話しか聞いたことなかった。

 でも、確かにお父さんの年齢なら結婚して子どももいてもおかしくないわ。

 へ、へえ〜〜……そうなんだぁ〜〜……、結婚、してたんだぁ〜〜?

 そ、それでこの子が……お父さんの、血の繋がった娘ということ、なのかしら?

 へ……へえええぇぇぇ〜〜〜〜?


「養子!? じゃあ別に再婚したとかじゃないのね!」

「え、あ、ああ……」

「……なら、まあ……いや、けど……」


 唇を尖らせながら、納得したのかしてないのか……微妙な表情の女の子。

 ……う、うーん……ど、どうしたものかしら、これ。

 まさかお父さんがバツイチ子持ちだったなんて……。

 あまり深く考えず生きてきたけど、お父さんにもこれまでの人生というものがあったんだものね。

 騎士なんてすごい職業に就いていて、戦いで利き腕をなくして辞めて宿屋を継いだ。

 シンプルに説明されたそれだけを鵜呑みにしていたけれど、人間の人生、簡単に全てを語りつくせるものでもない。

 前世の、わたしのお母さんだって、夫……わたしの前世のお父さんね……が、病気で亡くなった。

 わたしは十代半ばの多感な時期。

 お父さんは余命宣告をされてからというもの、お母さんとわたしを顧みなくなった。

 死が近いことでなにかのたがが外れたのか、ギャンブル、キャバクラ、タバコやお酒……お母さんへのDV……ただのクズに成り果てたのだ。

 いわゆる自暴自棄よね。

 お母さんはそれでも懸命に“あの人”に治療を受けさせようとしたけれど、その暇もなくあっという間に死んでいった。

 ……でも思うのよね、最期くらい好きなように生きたい……その気持ちはわかる。

 それ自体は悪いことじゃないんだろう。

 悪いのは……家族に迷惑をかけてもいいと思い上がっていたことよ。

 それが許される相手が家族だろう!

 なぁんて言葉が今でも耳に残っていたけど、確かに、そうかもしれないけれど……迷惑かけても、そりゃ、別にいいけれど!

 ……でも、じゃあ、その代わり…………なんで生きることを簡単に諦めたの、と、言いたい。

 遺されるわたしたちの気持ちとか、アンタが死んだあとも生きるわたしたちの人生とか……なんで考えてくれなかったの、とも……言いたい。


 ……なんて、わたしは……だから、嫌い。信じられない。



「………………」

「……! ……、……え、ええと、あの……」


 じとり、と鋭い目線が突き刺さる。

 とても綺麗なコバルトブルー。

 ……。…………。…………あ……。


「?」


 お父さんを見上げる。

 お父さんも不思議そうにわたしを見下ろす。

 この子と同じ青い瞳が見下ろしてきた。

 そうか、この子の瞳、見たことのある色だと思ったらお父さんと同じなんだ。

 ……お父さん……。

 お父さん、かぁ……。


「あ、あの、わたしはティナリスと……」

「この人はナコナの父さんだから!」

「…………!」

「な、ナコナ!? あのな、ティナは……」

「あんたになんか、あげないんだから!」

「ナコナ!」


 お父さんの腰にしがみつく少女。

 ど、どうしよう……どうしよう、これ……。

 俯いて、困り果てた。

 この子の主張はごもっともで、わたしは……、わたしは……『お父さん』という存在が……信用できないと思っている。

『マルコスさん』は優しくていい人だと思う。

 でも、本物のお父さんではない。

 育てのお父さん……、そして、彼女には血の繋がった本当の——。


 …………ど……どうしよう……。



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