六歳のわたし第3話


 ……情緒不安定な……。

 いや、仕方ないのだろう。

 あの子はお母さんが見知らぬ男と再婚して、その男の子どもを妊娠……これまで『自分だけのお母さん』だった人が、急に『他人の妻』『他人の子の母』になって混乱しているのだ。

 わたしも未だ“思い出した日”に捨てられて、マルコスさんが『お父さん』になったことがどこか他人事のように思えてならない。

 彼女くらいの、イマイチどう分別をつけていいのかわからない年齢では、混乱して、取り乱して逃げ出してしまうのも無理ないことだろう。

 あと、なんだろう……そう、お父さん……お父さんなんて、やっぱり信用ならないのよね。

『マルコスさん』はいい人だと思うわ。

 でもなんというか、わたしの『お父さん』ではないのよね。

 お父さん、と呼びはするけれど……敬語は外せない。

 だって…………他人だもの。


「…………」


 もしも前世のお母さんが再婚したらどうだったのかしら。

 お母さんが選んだ人なら、と信じた?

 それでも多分、こんな風だったんだろうな、わたしは。

 新しいお父さんができたとしても、わたしは前世も今世も“こんな風”だったと思う。

 信じられない。

 だって、だって……!


「おーい」

「!」


 開けっ放しのドアから、ひょっこり顔を出すギャガさん。

 しまった、騒ぎすぎたかな。

 わたし別に騒いでないと思うけど、お父さんとナコナさんはすごかったから!


「は、はい、なにかご用ですか?」

「話は終わったもん? 実は……、……おんやぁ? マルコスはトイレかもん?」

「い、いえ、ナコナさんが感情爆発により逃走してしまいまして……回収に……」

「なんと〜。お年頃の女の子は難しいもんね〜」

「そうですね〜」


 ……否定できない。

 実際目の当たりにした後なのでものすごく否定できない。


「しかし困ったんだもんな〜。早めに耳に入れとくんだったんだもんよ」

「え? どうしたんですか?」

「いんやねぇ、最近この辺りに魔物が出るらしいんもん」

「え……? ま、魔物が?」


 魔物……それは前世のわたしの世界にはいなかったもの。

原始罪カスラ』というものが、大昔世界に降り注いだ。

 その『原始罪カスラ』により生き物の一部は魔物になって、他の生き物を襲うようになった。

原始罪カスラ』を浄化する聖女『アーカリー・ベルズ』が現れて以降、魔物は急速に数を減らしたが、彼女が寿命で亡くなると魔物は再び数を増やす。

 魔物は、殺してしまうと周囲に体に溜め込んだ『原始罪カスラ』をばら撒いて新しい魔物を生み出すそうだ。

 ちなみに『原始罪カスラ』と『無魂肉ゾンビ』を生み出す『原始悪カミラ』は別物で、魔物と無魂肉ゾンビもある種、別の存在として区別されている。

原始罪カスラ』とは、世界に対して生き物が行った罪に対する世界からの『罰』。

 生き物が受けるべき『罪』の形。

原始悪カミラ』とは、生き物が感情を持つ生き物故に振りまく悪意の塊。

 無魂肉ゾンビとは、魂がうっかり入らなかった肉体へ主に人間の生み出す『原始悪カミラ』が入り込んで生まれる魔物。

 長期間放置すると『人型の魔物』に進化してしまうらしい。

 ゾンビが魔物に進化するのは『原始悪カミラ』が長時間放置されることで『原始罪カスラ』に変質するからなんですって。

 ……最初は理解するのが難しかったけど、魔物とは人の罪故に生まれたもの。

 ゾンビは人の悪意によって偶然生まれてしまうもの。

 そんな感じ。

無魂肉ゾンビ』……まあ、わたしの前世では人災だったりそういうウイルスだったり、っていうイメージだけどこの世界だと死産したはずの赤ん坊が墓の中で『原始悪カミラ』の苗床となり、成長していずれ墓から蘇って鶏などの家畜を襲うもの……なので倒しても感染してゾンビが増える! ……的なことにはならないそうだ。

 だから危険度で言えば魔物の方が圧倒的に危ない!


「『ダ・マール』が騎士団を派遣して追い払ってくれようとしてるみたいなんだもんけれど〜……魔物は殺すと『原始罪カスラ』を振り撒いて新しい魔物を生み出すもん。相当に苦戦しているみたいなんだもんよ」

「…………」

「だから、街道の宿屋は特に夜に出歩くのは危険。すごい注意するように……って、『ダ・マール』の騎士団に伝言を頼まれてたんだもんよ。まあ、マルコスは元騎士だから? そんなこと百も承知だと思うんだもんけれどね〜」

「は、はい……」


 わたしもお父さんに陽が沈んだらすぐに家に入るように言われている。

 だから、お風呂は陽が沈む前に沸かさないといけない。

 ……は! だ、だとしたら!


「ギャガさん、ごめんなさい。今日、全室分のお風呂は……」

「え? ああ、そうだもんね。いや、しかし無理ないんだもん。構わないもんよ。明日自分たちで焚いて入るから、薪だけ売って欲しいんだもん」

「! ……はい、すみません。ご用意しておきますね」

「はぁ〜、ティナリスちゃんはホントしっかり者さんなんだも〜ん! いいお嫁さんになるんだもんよ〜」

「あ、ありがとうございます……」


 まあ、中身成人してるので。

 ……やれやれ、おじさんたちのこういう発言って何歳まで続くのかしらね?

 子どものうちは褒められるんだろうけど、そのうちこういうのもなくなるんだろうな。

 しかし、お客さんにお風呂を焚いてもらう宿屋ってどうなの?

 ……はあ、ますます宿屋として落ち目すぎるわ。

 家の中も……痛みというかボロが目立つようになってきたし……。


「……しかし、この宿もガタが見え始めたもんね」

「あ、は、はい、すみません……」

「いや、マルコスもそれは気にしてるみたいなもん。いっそ宿を畳んで、ティナリスちゃんと『サイケオーレア』に移住すべきかって悩んでたんもん」

「! …………」


 その話はお父さんの中でずっと燻っているのだろう。

 わたしに錬金術の才能があるからって。

 ……でも、喫茶コーナーの壁にかけられた鏡に映る自分の耳がどことなく、尖ってきたのが気になる。

 金色の髪は毛先にかけて濃い赤紫になり、瞳は真っ赤。

 ……ここに来る人間のお客さんを見ると、茶髪の人がほとんど。

 ナコナさんのように明るい髪色も珍しくはないけれど……グラデーションってオイ……。

 それに、瞳が真っ赤な人なんて見たことない。

 さすがに記憶が朧げだけど、なんとなく、この世界で初めて見た『おかあさん』も耳が長かった気がする。

 ううん、髪や目の色に目を瞑っても、やはり耳は気になるわ。

 年々伸びているような気がし……いや伸びてる、成長しとる……絶対!

 あんまり、ふ、深く考えないように……してきた、けれど……ま、まさか……まさか?


「ティナリスちゃん?」

「あ、は、はい、なんでもありません」

「ティナリスちゃんは『サイケオーレア』で錬金術の勉強をしたいとは思わないんもん? 絶対すごいとこまで行くもんよ?」

「……わたしは、この宿を立て直したいです! お爺さんやお婆さんが遺してくれた、家……なので!」


 ……けど、どうなるのかな。

 お父さん、いや、マルコスさんがナコナさんを選んだら、わたし、ここにいられなくなるかも。

 そうね、その時は錬金術で作った薬を売りながら生きていくしかないわね。

 まあ、シリウスさんがだいぶわたしを見込んでエルフの国『フォレストリア皇国』に嫁に来いとも言ってくれているし、最悪その言葉に甘えるふりをして『フォレストリア』で魔法を学び人間大陸に戻ってきて『サイケオーレア』で錬金術を学びながら治療院でも開院してがっつり儲けて生活する人生もありかもしれないわ。

 シリウスさんの息子さんがいい人なら……ホントに結婚しても、まあ……。


「偉い!」

「ひえ」

「偉いよティナリスちゃあん! おじさんまた感動うぅ!」

「……そ、そんな大げさな……」

「そうだ! ティナリスちゃん、街道入り口に薬屋を建ててみたらどうかもん!」

「……薬屋?」

「そうだもん! 薬屋を建てて、ティナリスちゃんが作った薬を売るんだもん! ティナリスちゃんが作る薬は大体が『良質』だから、普通よりも高く売れるんもんよ! そこでお金を稼いで、大工を雇って宿屋をリフォームなり立て直すなりしたらいいんと思うんもん!」

「リフォーム!」


 そうか、そんな手が!

 ……でも、リフォーム?

 確かに汚れは目立つけど建物の作りはしっかりしてるし、雨漏りするわけでもないから……どちらかというと各客室のお風呂に『熱石ねっせき』が欲しい。


 ティナリス一言メモ!

 熱石は最近ドワーフの国から貿易で人間大陸に入ってくるようになった浴槽に入れると水が勝手に沸騰していく不思議な石よ。

 魔力を持つものが触れると水が瞬く間に熱湯になるらしいの!

 魔法の一種だと思うけど、人間にも使えるという……なんというか現物を見たことがないからよくわかんないわ!


「……ちなみに熱石はギャガさんにも手に入らないんですか?」

「熱石? あ、お風呂だもん?」

「はい。熱石が七個あればお客さんに自分で沸かしてもらえるので手間が省けると思って」

「なるほど。我々これから一度『ダ・マール』の市場に仕入れ品を売りにいくもん。その後もう一度亜人大陸に行く予定だもんよ。その時にドワーフの国まで足を伸ばせば……商人根性とティナリスちゃんへの愛! で必ず七個! 確保してくるもんよ!?」

「え、ええ!? で、でもお高いんじゃ!?」

「五万!」

「!?」

「五万コルトで手を打つんだもんよ……!」

「ご、五万コルト……」


 熱石が本来どの程度の価格なのかはわからない!

 少なくとも五万コルトできかないのは間違いない……。

 ギャガさん、無茶しやがって……!

 でも、もし本当に五万コルトで七個の熱石が手に入るなら……!


「分かりました。そこまでしてもらうのなら、わたしも五万コルト、貯めてお待ちします」

「交渉成立、なんだもん?」

「いえ! 前払いとして明日! 万能解毒薬十本、必ずギャガさんの手元へとお届けします!」

「ば! 万能解毒薬!? まさか今日のお土産で……!?」

「はい!」

「…………」

「…………」


 ゴゴゴゴゴゴ……。

 わたしとギャガさんの間には、そんな効果音が流れている……ような気がした。

 ドア、開けっ放しのままで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る