四歳のわたし第10話


 お父さんが戻って来て、ロブ先生にたくさん予防注射を打たれたがこれも必要なこと。

 お爺さんはロブ先生に数ヶ月分の薬を手渡され、今後は薬がなくなる前に必ず『フェイ・ルー』にある診療所に検診に来るようにきつーくお説教を食らった。

 ……お爺さんがお医者さんに怒られてショボーンとする姿は、少し気の毒だけどなんとなく可愛い。




 その翌日。


「やっと『フェイ・ルー』に帰れる。冒険者諸君、護衛をよろしく頼むのだよ」

「りょーかいでーす!」

「短いようで長い留守番だったねぇ。でもま、楽しかった! また来るよ、ティナリス! 元気でな」

「元気でね! 絶対また来るから!」

「はい、皆さんもお元気で。色々ありがとうございました」


 特にシリウスさんには魔力回復技術のやり方も教えてもらった。

 魔力回復技術とは、集中して周囲の『原始魔力エアー』を感じ取り、体内に取り込むこと。

 やってみて思ったけど、『原始魔力エアー』は本当に周囲に満ちている。

 取り込むのは簡単な気もしたけれど、錬金術に集中している時にこれをやるのは確かにかなり難易度が高い。

 訓練が必要というのもよくわかるわ。


「……ところでオーナー、マスター、お聞きしたいことがあったのだがよろしいですかね?」

「なんでしょうか?」

「このロフォーラには旧時代の遺跡があると聞いていたのだが、どの辺りにあるのでしょう?」

「遺跡……ですか? 俺はわかりませんね。親父は知っているか?」

「ロフォーラ本山ほんざんの頂に、井戸のようなものが一つ残っていると聞いたことがあるが……それのことじゃろうか? しかし、以前調査した者たちは皆口を揃えて『ただの枯れ井戸だった』と言っておったよ?」

「枯れ井戸が一つ、だけですか?」

「そう聞いている。幻獣の怒りを買い、平地が山になった、という伝承は儂も客商売じゃ、言いふらしたりはしたが本当のところはわからん。あんたはそういうもんの真実を求めておるんじゃろう? 他の連中の目や経験を信じられんのなら行ってみるのもいいだろう。だが、ロフォーラ本山は人の立ち入りを拒むほど険しい。これは本当のことじゃ。行くのなら覚悟と装備はしっかりな」

「……ありがとうございます」


「おーい、シリウスー」



 ……玄関の外で手を振るアーロンさん。

 私も玄関テラスに出てお見送り。

 お父さんたちとシリウスさんが何を話していたのかはよく聞こえなかったけど、ロフォーラの本山がどうとか……。


「ではレディ、鍛錬はしっかり。いずれ息子が来たら前向きに頼むよ!」

「……は、はぁ……」


 別れ際のセリフがそれですか!

 シリウスさんは最後までシリウスさんだなぁ!





 ********



 長いお留守番が明けて、わたしは魔力回復技術を練習しつつ下級治療薬を鍋でかき混ぜた。

 やはり同時進行はまだ無理ね……難しすぎるわ。


「……こりゃ、おったまげた……本当に下級治療薬ができていやがる」


 フラッシュのようにパッと光ってからできあがった薄桃色の下級治療薬を小瓶に分ける。

 お父さんはそれを持ち上げてまじまじと眺めてから、手を顎に添えてまたもまじまじと角度を変えて中の液体を揺らす。


「『鑑定』……うむ、確かに下級治療薬だ。質は『良』。流通していたなら230コルトにはなるな」

「! そんなことまで分かるんですか!? お父さん!」


 シリウスさんも『鑑定魔法』が使えたみたいだけど、お父さんも使えたんだ!?

 魔法は苦手だって言ってたのに。


「まあ、これでも騎士団にいたからな。パチモンに無駄金割くわけにはいかんだろう? ……ふうむ……しかし、いや……なんという純度……あのおっさんが『サイケオーレア』行きを勧めるのも納得だな」

「……そ、そうなんですか」


 お父さんもそう思うのか。

 確かに興味はあるのよね……学問の国での勉強。

 でも、ちょっとどころでなく遠い。

 宿があるのにそんなところに行けないよ。


「なんならこの宿を閉めて『サイケオーレア』まで三人で引っ越すか?」

「親父!? お、おいおい、そりゃあ」

「だ、ダメですなんてこと言うんですか!」


 お爺さんやお婆さんが仲間の人たちと森を切り開いて作った『ロフォーラのやどり木』を閉める!?

 ここは旅人の貴重な休憩場所だよ!?

 た、確かにお客は少ないけれど、お婆さんのお墓だってあるのに!


「はっはっはっ、客足も減ったし、この立地だ……この先増えることもないだろう。それよりも可愛い孫が『サイケオーレア』で偉い錬金術師になるところを見る方がいいと思ってなぁ」

「そんな……」


 わたし別に錬金術師になりたいわけじゃないのに!

 ……才能があると言われるのはとても嬉しいわ。

 それを伸ばすことも、素晴らしいことだと思う。

 でも、わたしは……。


「………………」


 青い湖。

 青々とした葉をつける畑。

 広がる森林。

 生い茂る野山。

 ……また来るね、と笑って手を振る旅人さんたち。

 お婆さんと、あともう一人誰だかわからないけれど……のお墓も湖の向こう側にある。

 ここを捨てて、遠くの国へ行く?

 それもわたしの為?


「い、いやです!」

「おやや」

「お爺さん、おべんきょうならどこでもできます! わたしはここが好きなのでべんきょうならここでやります!」

「ティナ……」


 …それに片手のないお父さんが学問の国で職につけるの?

 お爺さんは呼吸系の病気なんでしょう?

 空気の綺麗な土地の方が絶対体に良いわ。

 わたしは二人に恩返しするって決めてるの。

 あと、いつかの幻獣のお兄さんにも…。

 大きくなったら探しに行きたい……大きくなったらね!

 恩は必ず返す。

 わたしのモットーよ!


「お客さんが来ないなら呼び込みましょう!」

「……本気か? ティナ、呼び込むって言ったって……」

「りっちは確かにかいどうぞいから遠いですから、なにか……そうだ! かんばんのようなものを立てたら……」

「看板か……。……そういえば街道沿いからうちへの道にはなんにもないもんな。初見の客は入ってこれない……。だが、客が増えても俺たちだけじゃ回せないぞ」

「う……」


 そ、そうだった、それもあるんだった。

 お父さんは義手だしお爺さんは無理の効かない体。

 わたしは子ども。


「…………。……ふむ、マルコス、ティナリスに魔法を教えてやれば良いんじゃないか? お前が使えん魔法もこの子なら使えるかもしれん」

「魔法を!? …………魔法、魔法か……いや、しかし魔法は失敗すると危険だ。簡単なものでも暴発すれば周囲を巻き込む」

「やらせてみんことには始まらんよ。この子は錬金術の上級レシピも作って見せた。……儂はティナリスの才能を信じてみるのも良いと思う」

「親父……」


 魔法。

 ……魔法……!

 つ、使ってみたい! ものすごく!


「お父さん、わたしやりたいです!」

「……。……わかった、簡単なやつから教えよう。……だが、俺も魔法は戦闘系に特化していた。教えてやれない魔法の方が多い。わからなかったり、危ないと感じたらすぐにやめるんだぞ」

「はい!」



 ティナリス、四歳。

 錬金術基礎と魔力回復技術を覚えた!

 そして、魔法も教わることになりました!











 四歳のわたし 了

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