四歳のわたし第9話



「…………信じられない」


 目頭を押さえながら、お爺さんはちょっとグロテスクな緑色の粉薬を水で流し込んだ。

 それから嚥下して、一息つく。

 水を入れたコップをお盆に乗せて、空になった手でわたしの頭を撫でた。

 そして、また一言。


「信じられない……まさか本当に薬を作ってしまうなんて……」

「ええ、実に驚いた。あなたの孫娘はまさしく天才と断言できますよ、ミスター」

「ああ、間違いなく……お前は天才だ、ティナリス……! ……儂は信仰する神などおらんが、それでも神に祈り、感謝を捧げたくなった。神よ、ここに天使を遣わせていただいたことに感謝します。……いや、なによりも、ティナリス、お前に感謝する。……ああ、まさか……また息が普通にできるとは……」

「やかったです……お爺さん……」

「ティナリスちゃん、大丈夫?」


 ……申し訳ないけどとても眠いわ。

 体の中の魔力をとても使ったせい、らしい。

 シリウスさん曰く、だけど。

 ……なるほど、達人の錬金術師さんは、薬を作りながら魔力回復を使って魔力を回復しながら長時間魔力を使い続けるのね……。

 そう、考えると……さすが達人……上級……錬金術……師……うう。


「…………」

「あ、寝ちゃった」

「無理もないさ、三十分以上魔力を注ぎ続けていたんだから。……お爺さん、この子の部屋はどこだい?」

「屋根裏だ。廊下を出て右に真っ直ぐ進むと突き当たりに階段がある。そこを上がるとこの子の部屋がある。頼むよ」

「りょーかい」


 ……あったかい……誰かに背負われている?

 ゆらゆら、ゆらゆら……。

 なんだか懐かしい……この感じ。

 川の上を、わたしだけの部屋で流れていた時のことを思い出す。

 あの日、わたしは全てを思い出して……そうだ……シリウスさんなら、知っているかも……。


あかつき輝石きせき


 ……一体、なんのことなのだろう?

 起きたら、聞いてみよ……う……。



「……よいしょっと。……ほんと、大した女の子だよ、アンタは。アタシ感動しちまったよ! ……まあ、でも今は……ゆっくりお休み」




 ********



 お父さんがお医者さんを呼びに行ってから四日目の朝。

 わたしはどうやら相当に寝てしまっていたようです。

 は、反省……ほぼ丸一日寝ていたなんて……!


「おはようございます!」

「おはよう、ティナリス」

「おはよー! ティナリスちゃん!」

「おう! 起きたのかい」

「おはよう、レディ」


 一階に降りると冒険者御一行が喫茶コーナーに勢揃い。

 あれ?

 でも、厨房からはジュウジュウといい音と香ばしいいい香りが……。


「おはよう、ティナリス。よく眠れたか?」

「お爺さん! 起き上がって大丈夫なんですか!」


 変だなと思ってカウンターに入って厨房を覗くと、そこにはフライパンを持つお爺さんが!

 出来上がった料理を置くテーブルには六人分の朝食。

 そ、そんな……まさかお爺さんが?

 ここ数ヶ月、一階に降りてくることもほとんどなかったお爺さんが!?

 でもお父さんが作ったベーコンエッグよりも美味しそうだし見た目も綺麗!?


「階段の上り降りは足腰にくるが……店のオーナーとしてお客にばかり飯を作らせるわけにはいかないだろう? さあ、運んでおくれ。重いから気をつけてな」

「あ、は、はい!」


 お盆にのせた食事を運ぶ。

 ジーナさんの嬉しそうな顔……そんなにお腹空いていたのかな?

 どうぞ、とテーブルにのせると頭を撫でられる。

 う、ううん、子ども扱い〜…。


「ありがとうよ」

「わあ、美味しそうだね!」

「あの店主さんよりお爺さんの方が料理上手いねー」


 アーロンさんもう食べてる!?

 ……っていうかやっぱりそうなんだ!?

 そんな気はしてた……お父さん、やっぱり料理は普通なのね…。

 正直お父さんの料理レパートリーもかなり少ないもの。

 あの腕では仕方ないのかもしれないけど、これはわたしがもう少し大きくなったら料理の方も手伝うべきかしら?

 うーん、でもそうすると洗濯や掃除とかなり大忙しだわ。

 というかこの規模の宿屋で従業員らしい従業員がわたしとお父さんだけってブラックもいいところじゃない……?

 そりゃ、お客が来ないから二人でも十分営業はできているけどお客ゼロの日だってある。

 自給自足の生活だからお金に困りはしないけど、それじゃあ宿屋としてどうなの?

 やっぱりこのままではいけないわ!

 なんとかしなくては!


「レディ、一つ提案なんだが」

「は、はい」


 いつもはお客さんと一緒に食べたりはしないんだけど、ジーナさんが「いいよ」というのでわたしとお爺さんも喫茶コーナーで朝食を摂ることにした。

 パンをちぎり、スープにつける。

 そこでシリウスさんが人差し指を立てて提案してきたのは、わたしに『魔力回復技術』を習得してみないか、という……。


「やります!」

「即答。素晴らしい。どこかの魔法使い見習いに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」

「う、うっせぇジジィ」

「シリウスさん、それは国立学校なんかで教わるものじゃあないのかね? うちにそんな大金は……」

「ははは、オーナー大丈夫ですよ。彼女は天才だ! いつか私の故郷、エルフの国『フォレストリア皇国』に来てください。“息子の妻”に是非欲しい! その為の事前投資は惜しみませんよ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ん?」


 スッ、と斧がシリウスさんの首に寄せられる。

 ジーナさんのだ。

 ……え、な、なん……!?

 今、シリウスさんさらりとなにかぶち込んできませんでしたか!?


「シリウス、息子がいたの!?」

「それも初めて聞くんだけど!」

「そうじゃないだろ、アーロン、ミーナ! こいつさらりとティナリスを息子の嫁にするとか言い出したんだよ! ぶん殴るところだよ、ここは!」

「はっ! そ、そーね、姉さん! こんな便利な金づ……かわいい幼女を自分の娘にしようとするなんて最低だわ!」

「なぁジーナ、今ミーナ金ヅルって言いそうにならなかった?」

「ミーナ?」

「ひえ」


 ……お、おおう…カオス……。


「……あ、あのぅ、息子さんの気持ちもあると思うので……申し訳ないんですが……」

「大丈夫、息子はまだ五十そこそこだ。私の妻は普通のハイエルフだから、五十と言っても成人して三十年ばかりの子どもだよ。君が大人になる頃には程よく脂も乗ってくる頃だろう」

「表に出なシリウス、殴る」


 ペロ、と舌を出して可愛く言われても内容はかなり支離滅裂でハードな気もする。

 前世では彼氏もいたことのない……地味系真面目女子、あれだ、一時期流行った喪女とか言われるやつだったと思う。

 漫画やアニメはそれ程好きなわけではなかったけど、中学の時にクラスメートの女子にそう言われていた。

 あだ名がそう……『喪女』だったのだ。

 調べてみたら地味で目立たなくて彼氏いない歴=年齢の暗い女、みたいな意味だったわ。

 でも本を読んだり勉強するのが好きなだけで、自分では暗い性格だとは思わなかったし、クラスの女子は所謂ギャル系の集まりだったからそもそも“合わない”のは仕方ないんじゃないかと思う。

 まあ、彼女らの頭の弱さを思えば『喪女』という覚えたての言葉を使ってみたかっただけのようでもあったし……別に彼女らと一生付き合うわけでもないから放っておいたけど。

 いや、まあ、つまりなにが言いたいかというと……。


 彼氏もいたことないのにいきなり婚約者はハードル高すぎますシリウスさん。


「シ、シリウスさん、孫にはまだ早いですよ」

「ふぅむ、しかしこんな才女にはなかなかお目にかかれませんからね〜。前向きにご検討いただきたい」

「つーかなんの話になってんのこれ。魔力回復技術の話じゃなかった?」


 ア、アーロンさんナイス!

 そう! それですよ! その話です!

 ……でも息子さんと婚約しないと教えないって言われたら……諦めるしかないなぁ!


「あの、そのお嫁さんにいかないと教えてもらえないんでしょうか?」

「そうだね、前向きに検討してくれるなら!」


 マジか。

 マジかこのおっさん。

 でも、前向きにご検討すればいいってことは、そこまで強制って感じではないのかな?

 前向きに検討って言われてもどんな人かもわからないのに……。


「ど、どんな人かわからないので困ります!」

「成る程! では息子にここを訪れるように手紙を送っておくよ。……いつになるかわからないけど」

「え、ええぇ〜……」


 なんかエルフって時間感覚が人間とズレてそうだなぁ。

 ……シリウスさんも人間と亜人は寿命が違うって言ってたし、結婚してもわたしが先に死んじゃうんじゃ……。

 って、会う前からなに本当に“前向きに検討”してるのよ! わたし!

 い、いや、別に初めて彼氏ができるかも、なーんて思って浮かれてないんだからね!

 ティナリスは四歳!

 相手は五十歳!

 ハイ! 無理!

 エルフだからきっと若く見えるんだろうけど価値観が絶対合わないわよ!


「で、どうするのかな、息子には会ってくれるかな?」

「え、えーと、まあ、はい、会うくらいなら……」

「よろしい! では魔力回復技術を伝授しよう! 言っておくが魔力回復を行いながら作業を行える者は一国に一人、いるかいないかだ! 覚悟したまえ、レディ・ティナリス」

「……うっ、は、はい! がんばります!」


 それが使えればお爺さんの薬を疲れ果てずに作れるんだものね。

 ええ! やってやるわ!


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