四歳のわたし第8話



「さて、腹も膨れたことだし……アタシたちも粉薬の作り方を調べるのを手伝うよ!」

「あ、ありがとうございます」


 たち?

 と、やや疑問に思うが逃げようとしたアーロンさんとミーナさんの首根っこをジーナさんが掴む。

 シリウスさんは食器の片付けを買って出てくれたので、喫茶コーナーにはいない。

 うーん、こういうことには一番詳しそうだったんだけど……仕方ないな!

 とにかく探すわよ!


「………あーあ、こんな小難しい本、読んでもわかんないよ〜」

「粉薬のページを探すだけでなぁに文句言ってるんだい。それにアンタは魔法使い志望だろう、ミーナ」

「だぁって〜……魔法使いを目指すのに錬金術の本なんて読んでもわかんないって〜」

「粉薬〜、粉薬〜」

「アーロンを見習いな!」


 ……でもアーロンさんはページがさっきから進んでないな……。


「初心者向けではないのでしょうか?」


 二冊目も目次には粉薬の作り方は書いていない。

 一応全ページ確認したけど、一冊目と内容は似通っている。

 そこに洗い物を終えたシリウスさんも加わって、三冊目を手に取った。

 これは他のよりも大きいし、重いのでページをめくるのも一苦労だわ……。

 どこにあったのかしら、この大きな本。


「……それにしても、レディは文字の読み書きもできるのかい?」

「えっと、読むのはお父さんに習いました。文字はれんしゅうちゅうです」

「ふむ、素晴らしい。教育は大切だからね。とても。……とても!」


 ……シリウスさんが見るのはすでに飽きて本を開いたままうつ伏せになるミーナさんと、やはり先ほどからページが止まったままのアーロンさん。

 更にページを何度も最初から繰り返しパラパラ確認しているジーナさん。

 ……ジーナさん、あなたもですか……。


「シリウスさんは、錬金術にはくわしくないんですよね?」

「私はハーフエルフなので魔法は嗜むよ。だが錬金術は人間の専売特許と言ってもいい」

「……なんで亜人は錬金術を使わないんですか?」

「そうだね、錬金術でできることの大半は魔法でもできるからだ。まあ、さすがに料理や病に効く薬などは錬金術でしか作れないだろうが、亜人からすれば錬金術など魔法の劣化版、という認識が強いのだよ」

「錬金術でりょうりを作れるんですか?」

「らしいね。私は錬金術を使わないので話に聞いただけだが……。しかし、皆口を揃えて手作りの方が美味いという。作った本人でさえね。錬金術で作る料理は味の保証がない。失敗した時は恐怖だそうだよ」

「そ、それは……」


 お父さんは利き腕がないから、錬金術で料理できたら楽かなって思ったけど……味の保証がないのは危険だわ。

 失敗したものをお客さんに出したらクレームになるもの。

 ……えー……最初に読んだことと実際は違うってことー!?

 期待してたのにぃ〜!


「……でも薬を作るなら錬金術の方がすぐれている、んですよね?」

「そうだね。まあ、そもそも亜人は体が丈夫だし、なにより長寿だ。人間は弱く脆い。そこも要因と言えよう」

「そ、そうか……」


 エルフの寿命は千年くらい、ドワーフでも数百年……。

 獣人も人間より頑丈で病気とは無縁の生き物だってお父さんに聞いたことがある。

 薬なんて、そもそもそんなに必要じゃないってことね。


「ところでレディ、取ってきた素材の乾燥加工は終わったのかい? 素材の鮮度も薬作りには重要だと聞いたことがあるよ」

「あ……そういえば……! ……レシピを調べるのをゆうせんしていて……」


 お爺さんに聞いても教えてくれないし、先にレシピを調べようとしていた。

 素材の鮮度も薬作りには重要……だとしたら、早く乾燥させてしまった方がいいわね。

 それに、退屈そうにしてるお三方に頼みたいこともあったし。


「あの、ジーナさん、アーロンさん、ミーナさん、お願いがあるんですけど」

「お願い? なんだい、なんでも言ってごらんよ」

「ソレマユの木の実を砕いて中身をこのお皿にとっておいて欲しいんです。薬のざいりょうは、ソレマユの木の実のなかみなので」

「おお! そーゆーことなら俺たちの出番だな!」

「うんうん! こっちの方があたしたち向きだわ!」

「ああ、わかったよ! 任せときな!」

「やれやれ……ミーナは本格的に魔法使いを諦めた方がよさそうですね」

「うっさいジジイ!」


 ……正直私もそう思います……。

 もちろん口には出さないけれど。


「……さてと」


 薬の作り方はシリウスさんに任せて乾燥加工をやってしまおう。

 作り方は昨日調べた。

 ガーゼなどの清潔な布に乾燥させたい素材……今回はソランの花の葉っぱ……を包む。

 鍋底に入れて、魔力を注ぎながら棒でトントンと突き水分を取る。

 昨日は汚い布で失敗してしまったけれど、今日は新しい清潔な布。

 魔力を送り込む量を間違えないように……優しくそーっと……トントン、魔力、トントン、魔力……。

 布が光り始めたら、一度やめて確認してみる。


「あ! できた!」


 布の中にはカサカサに乾燥した葉っぱが!

 やったあ! 上手くいったわ!


「素晴らしい!」

「きゃあ!」


 シリウスさん! いつの間に⁉︎


「やはり君は天才だレディ! 始めたばかりで乾燥加工も成功させるとは!」

「い、いえ、き、きっとぐうぜんですよ……」

「そんな君に朗報だ。……粉薬のレシピを見つけたよ」

「え! ほんとうですか!?」


 椅子から飛び降りる。

 シリウスさんの方へ駆け寄ると、一枚の紙を差し出された。

 本に載っていたものではないのかしら?


「本に挟まっていた。きっとお爺様かお婆様が残したメモだろう。お二人とも同じ病のようだったからね」

「! ……。……ありがとうございます」

「いや、君が読んでいたあの大きな本に挟まっていたんだ。君が見つけていた可能性が高いよ。さあ、それよりも早速作ってみよう」

「ああ! 少しならソレマユの中身が取れたよ」

「ありがとうございます! やってみます!」


 ジーナさんがソレマユの木の実の中身を持ってきてくれた。

 ソランの花の葉っぱを乾燥させたものも、それほど多くはない。

 分量は、一回分が乾燥葉っぱ2グラム、ソレマユの木の実の中身が二粒。

 意外と少ないのね。

 作り方は、鍋の底に紙を敷き、その上に素材を置く。

 ただし、紙はミーハの根で作ったミーハ紙。

 え、ええ!? ここにきて新しい材料が必要なの!?


「シリウスさん、ミーハ紙とはなんでしょうか……」

「ん? コレのことだよ?」

「え?」


 不安になりながらも聞いてみるとあっさり差し出された……こ、これは!


「え? キッチンペーパー?」

「ん? ミーハ紙だろう?」

「あ! そ、そうでした、すみません!」


 ……な、なんだ、ミーハ紙ってキッチンペーパーの事だったのか……。

 すごくその辺にあるものだった!

 まあ、キッチンペーパーといっても紙は安い物ではないからお父さんも滅多に使わないけど。

 今回はお爺さんの命がかかってるもの、容赦なく使わせてもらうわよ!


「ミーハ紙をしいて……その上にざいりょうを置く。魔力を送りながら……ざいりょうをすりつぶすように棒で押しつぶす……」


 押し潰す……すり潰す感じで、ゴリゴリ。

 魔力を合間に送り込み、またゴリゴリ。

 多分、完成すると光るはず……ゴリゴリ。


「……なかなか光らないね?」

「結構魔力を送り込んでいるよね? 昨日の傷薬はすぐ光ったのに」

「粉末にする為、時間がかかるのだろう。時間がかかれば魔力もそれだけ消費する。魔力回復技術の練度が低い錬金術師には作れない……。成る程、これはかなり難敵なレシピだね。恐らく上級の錬金術師にしか作れない、上級レシピ!」

「そ、そんな! 大丈夫なのティナリスちゃん!」

「っ……がんばれ! がんばるんだよ、ティナリス!」

「が、がんばれ! がんばれ!」

「…………」


 言われなくてもがんばるわ。

 お爺さんに恩返しする。

 私は親孝行もできない娘だったけど、この世界ではそんなことにはなりたくない!

 お爺さんとは変な距離感で生きてきたけど…だからってお爺さんを見殺しになんて絶対しないわ!

 この宿屋がわたしの家になったのはお父さんがわたしを連れてきた時に迎え入れてくれたお爺さんとお婆さんのおかげ。

 お婆さん……わたしはお婆さんに恩返しできなかった。

 お爺さんのことは、わたしが助けるから!

 お婆さんの分まで……今度は!


「……なんという魔力量……! このレディは亜人並みの魔力量を持っているのか?」

「ティナリス、がんばれ! がんばれ!」

「きっともうすぐできるさ! あと少しだ! がんばれ!」

「がんばるんだよ……がんばれ……!」



 ……お爺さん。

 昨日、倒れる前にわたしの頭を撫でたのは——お別れのつもりだったの?

 だったらおあいにく様になるわよ。

 わたしは……諦めないんだから!


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