四歳のわたし第7話



 お爺さんに聞いたところ、薬は粉薬。

 そして「お前が錬金術で薬を……!? 無理するんじゃない……!」と怒られてしまった。

 むう、子どもだからって馬鹿にしてぇ!

 こうなったら絶対に作ってやるわ!

 必ず恩返ししてやるから見てなさい!


「!」


 バン!

 とテーブルの上に本を置く。

 ……アーロンさんとシリウスさんに頼んで持ってきてもらったやつだ。

 お父さんの書斎にあるやつはほとんど初級のものだから、粉薬に関する記述を探すのは簡単なはず。

 と、たかを括っていたのだが意外と見つからないの。

 目次にも粉薬に関するものはない。

 もしかしなくても中級か上級の技術なのかしら?

 それでもどれか一冊くらい、載っていないかな?

 というわけで調べております!


「ウエェ……ティナリスちゃんこれ全部調べるの?」

「はい」

「見習えよミーナ」

「うるせぇアーロン」

「しかし驚きましたね、これをこの小さなレディが初めてで成功させた、と?」

「うん、そうだよ! すごいよね!」


 と、我がことのように喜んで報告するアーロンさん。

 ジーナさんは昼食作りのために厨房。

 カウンター横の喫茶コーナーで本を開くわたしの周りには、本を運んできてくれたアーロンさんとシリウスさん。

 そして最初からここで和んでいたミーナさんがいる。

 お爺さんは今、安定して眠っているらしい。

 シリウスさんの簡易な治癒魔法のおかげのようだけど……魔法で病は癒せないので本当に一時的なもの。

 実際呼吸は「ヒューヒュー」と掠れて、苦しそうだった。

 シリウスさんはわたしの作った傷薬の小瓶を目の高さへ持ち上げて、感心したように顎鬚を撫でる。

 そんなに珍しいのかしら?

 思ったより簡単だったけどな?


「……ふむ、素晴らしい。レディは錬金術師の才能がある」

「そ、そうなんでしょうか?」

「ええ。魔力操作は魔力の少ない人間にはかなり難しいそうですよ。訓練して魔力回復技術を身につければ、高位魔法使いも夢ではないレベルの才能です。興味があるのなら最東端にある学問の国『サイケオーレア』に留学してみてはいかがですか? あの国には知り合いがいますから、私が紹介状を書きますよ?」

「シ、シリウス!? なによそれ、あたしにそんな事一言も言った事ないじゃない!?」

「ミーナさんは無理でしょう誰がどう考えても」

「おぉいジジィ!?」

「あ、あの、お心づかいはありがたいですがぐうぜんかもしれませんので……」


 まだその薬しか成功してない。

 なのに、そこまで褒めてもらうのは忍びないわ。


「ふふふ、偶然……成る程偶然ですか。確かに“初めて”なのでしたね?」

「どーしたのシリウス、含みのある言い方だな?」

「『鑑定』したところこれは下級治療薬の中でもかなり良質な品だ。素材がよかったのもあるでしょうが、使われた魔力の純度性もよいということ。“魔法使い向き”だよ、小さなレディ」

「魔力のじゅんど?」


 なんのことかしら?

 首を傾げるとシリウスさんは胸に手を当てて得意げに教えてくれた。

 この世界『ウィスティー・エア』には人間が信仰する複数の神様の他に亜人が信仰する『聖女』がいる。

『聖女アーカリー・ベルズ』という女性は太古の昔魔物を浄化して普通の獣に戻す力を持っていた。

 魔物にしてしまう『悪い魔力』に対する、いわゆる『聖なる魔力』というやつ。

 ……ファンタジーだわ……。

 今は失われたその『聖なる魔力』。

 人間が勝手に神様を増やした結果、世界そのものに『余分な物』が混ざり、世界に満ちる魔力が変質してしまったんだって。


「え、そ、その説明だと人間のかみさまが『余分な物』という感じになるのですが……」

「うん、そうだよ」


 さらりと!?


「そ、そんな……お父さんは『ダ・マールの神』を信仰しています。『ダ・マールの神』も余分な物なのですか?」

「それも『聖女アーカリー・ベルズ』以降に生まれた神だね。『ダ・マールの神』を含め、『聖女アーカリー・ベルズ』以降人間によって生まれた神々により、世界を形作る魔力……『原始魔力エアー』が変質してしまった。その為、『聖女アーカリー・ベルズ』の『聖なる魔力』は機能しなくなり人類を含め現在『悪しき魔力』により魔物となったものを浄化出来なくなったという」

「…………」


 元々あったものが変化してしまったから、機能しなくなった……。

 情報が更新されて古いものが使えなくなったってことかな。

 じゃあ聖なる魔力もアップデートしたら使えるようになるのかしら?


「それじゃあ『聖なる魔力』が今の時代の『原始魔力エアー』に適応したら、魔物を浄化できるようになるのでしょうか?」

「素晴らしい! その通りだ!」

「ほ、ほあ!」

「落ち着けジジイ」


 アーロンさんにより首根っこを引っ張り戻されるシリウスさん。

 ……そ、そういえばシリウスさんは考古学者って言ってたっけ。

 もしかしてそれを調べている人なのかな?

 先生みたいな口調になるし、学問の国に知り合いがいたり……元々そういう仕事の人なのだろう。


「ああ、失礼。いやあ、こんなに優秀なレディは稀に見ぬよ! ……つまりはそういうことだと、私は思っている。しかし、それにはやはり魔力の純度が重要になる。わかるかね? 『原始魔力エアー』は今、人間たちが多くの国と神々を作ったことにより、昔とは違うものとなってしまった。『原始魔力エアー』自体の純度が落ちているのだよ」

「『原始魔力エアー』のじゅんどが……え? 落ちるものなんですか?」

「落ちるね! 『原始魔力エアー』は生き物の死後、摂理によって『珠霊』により解体分解された生き物の魂だと言われている。肉体は大地に、魂は『原始魔力エアー』に還る。生き物の食物連鎖はご存じかな?」

「……は、はい、なんとなく」


 あれよね、微生物が死体を分解して土を豊かにし、草を生やし、草を草食動物、草食動物は肉食動物に……死んだらまた微生物が……ってやつ。

 小学校で習ったわ。


「ふむ、素晴らしい。アーロンやミーナに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらい賢いよ」

「うっ」

「あははー」

「…………」


 そ、それはこちらとしても複雑です。

 断固拒否します!


「それと同じで、『原始魔力エアー』もまたその時代を生きる生き物たちに『珠霊』を通して使用される。使用され、『珠霊』によって再構築される。そして、魂として新たに生成され、魂を必要とする肉の器の中へと自然に入っていく……。稀に魂が入り損なった『無魂肉ゾンビ』が生まれてくるが……そういうものは『原始悪カミラ』の苗床にされ、魔物となってしまう」

「……………………」


 うっ、急に難しくなってきたわ。

 ……というか、魔力の純度の話から逸れていない?

 うーん、でも説明の途中だし、話は最後まで聞いてみよう。

 それに『珠霊』っていうのはジーナさんが言っていた魔法を使う時に力を貸してくれるやつ、だったかしら?

 ……フィルターのようなもの、なのかな?

 うーん、ちょっとちがう?

 シリウスさん、とても詳しいのね……このまましばらく先生になって色々教えてもらいたいわ。


「さて、ここで問題だレディ。魂は『珠霊』により分解され『珠霊』より再構築される。『珠霊』とはなんだと思う?」

「え! ええ!? ……え、えーと……せ、精霊のようなものでしょうか……?」


 ファンタジーだし?

 ……でも役割が“分解”と“再構築”だなんて夢がない……。

 ファンタジーなのに。


「ははは! そうだな、そんな素敵なものならば素晴らしかったのだろうが違う」

「で、ですよね」


 じゃあなんなんだろう?


「『珠霊』は世界の摂理だよ。普段視認できないが、魔法を使用すると光の玉として現れる。故に『珠霊』と名づけられたと言われている。『珠霊』は死んだ魂を分解して『原始魔力エアー』に変え、生き物が魔力を用いて魔法を使うと使用された魔力を溜め込むのだそうだ。それが満タンになると、魂になる」

「シュレッダーみたい……」

「?」

「あ、な、なんでもありません。二つの役割があるんですね」

「その通り! 素晴らしい理解力だ。アーロンとミーナに爪の垢でも煎じて飲ませたいほど……」

「……い、いえ」


 その時シリウスさんの言いたいことが理解できた。

 アーロンさんとミーナさんは話に飽きて、隣の席に移動してトランプを始めていたのだ!

 ……な、なんという!

 結構すごいこと教わってると思うんだけど今!

 むしろこれ、お金払わないと教われないようなものなんだと思うんですけど!?


「……え、ええと、シリウスさん、人間や亜人は錬金術や魔法で体の中の魔力をしょーひしたら、そのままなのですか?」

「いいや、先程少し言ったが魔力回復技術で『原始魔力エアー』を取り込み回復させることができる。これは練度によるね」

「なるほど……」

「さて、話を戻そう。『珠霊』に関しては理解してもらえたと思うが、純度の話はここからだ」

「あ、は、はい」


原始魔力エアー』の純度。

 それがなぜ落ちてしまうのか……。

 話を整理すると、『原始魔力エアー』は『珠霊』が死んだ生き物の魂を分解して還元する、のよね?

 生き物の魂が汚れている……みたいな風に聞こえるんだけど。

 汚れているというより変質してる、かな?


「あ、あのう、『原始魔力エアー』が変質しているのなら、じゅんどと例えるのは少しおかしいと思うんですが」

「……やはり天才ではないかい? その歳でそんな事まで分かるなんて……! これは店主殿がお戻りになられたら即『サイケオーレア』行きを検討していただかねば……」

「い、いえ……きょうみはありますがわたしはまだ四つなので……!」


 ……くっ、四歳児どころの扱いではなくなってきた!

 今更四歳児として振る舞うわけにもいかないし……なんか面倒臭いことになってきたなぁ!

 興味があるのは本当だけど、最東端の国って言ってたわよね?

 ここ最西端寄りなのよ?

 何ヶ月かかるの!


「そうだね、『原始魔力エアー』に純度は些かおかしいと思うだろう。しかし亜人たち、特にエルフやドワーフからすると『聖女アーカリー・ベルズ』時代のものが基準になっている。人間たちでは『原始魔力エアー』の質など感じ取れない。エルフやドワーフ、亜人たちにとって確実に『原始魔力エアー』の純度は落ちているのだよ」

「……人間には、じゅんどがわからないんですか?」

「そうだね、わからないようだね」

「……でも、シリウスさんは……」


 わたしの魔力の純度がどうとか……言ってたわよね?

 あれ? それだとシリウスさんは……。


「ふふふ、素晴らしい観察眼だ。私はハーフエルフでね。まあ、エルフ程ではないが純度はわかるよ」

「! そ、そうだったんですね!」


 えええ! すごーい!

 ハーフエルフ! エルフと人間の混血児!

 ……ますますこのパーティーにこの人がいる意味がわからない!


「人間は純度など気にしない。魔法を使わないからね。……だが、魔法を使える者にとって純度は重要だ。人間の中にも、鍛錬の結果魔法を使えるようになった者もいる。故にそういう者は嫌という程、今の『原始魔力エアー』に“余分な物”が混ざっているのを感じるだろう。年々魔力回復技術を使っても、魔力の回復が遅くなるのだから。『サイケオーレア』ではその“余分な物”がなんなのかを特定する研究も進んでいるが……エルフやドワーフなどは、それが人間の作り出したいもしない神々への信仰心だと確信的に言っている者が多い」

「……シリウスさんもそう思うんですか?」

「残念だが人間の国々を回ると『原始魔力エアー』の変質化が著しいのを肌で感じる。亜人の国へ行くとその感じはほとんどない。この差は信仰する神の違いだと思っている。人間を嫌う者は『人間が聖女アーカリー・ベルズへの信仰心を忘れたからだ』と強引な物言いをする者もいるが……私は信じる神などなんでもいいと思うよ」

「つまりシリウスさんは信仰する神さまが原因だとは思っていないんですか?」

「神様なんて私はいないと思ってるからね!」


 HAHAHA!

 ……みたいな外人的ノリの笑い。


「とはいえ、それでも原因は人間が後づけで作った神々だろう。存在しない神々を信仰されることで『原始魔力エアー』に不純物が混じり、変質している。その変質化は『珠霊』を通して世界中に広がり、世界全体の原始魔力が変化していった……というわけだ。さて、長くはなってしまったがつまりレディの魔力は純度が高い。この意味はわかるかね?」

「……えーと……」


原始魔力エアー』は変質化しているけれど、私の魔力は変質化していない。

 んんん?


「子どもだからですか?」

「それも理由の一つだろう。しかし、一番は君の体質。変質化した『原始魔力エアー』を取り込んでも、なにかフィルターのようなものが働いて純度を上げ、その魔力を用いることで高品質な下級治療薬ができたと推察できるね。さあ、もう一つ問題だレディ。以上を踏まえると、君の存在は魔法界においても錬金術界においても、それはもう希望のようなものだ! なぜだかわかるかね?」

「……フィルターのようなものがある、とするならば、それをけんきゅう、かいめいすれば変質化した『原始魔力エアー』のふじゅんぶつを取り除くことができるからです!」

「素晴らしい! 君は天才だ!」


「そのくらいにしておきな、ジジィ……!」


 背後から鍋を持ったジーナさん。

 テーブルに鍋を置くと、背中に背負いっぱなしの斧を手にする。

 な、なぜ!?


「よくわかってない子どもを騙してなにするつもりだい!? ぶった斬るよ!?」

「待ちたまえ、ジーナ。私は世界の未来のために彼女にできることを…………」

「ぶった斬るよ!」

「ごめんなさい」

「……………………」


 ひえぇ!

 やるならお外でやってくださーい!?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る