四歳のわたし第6話



 翌朝、シンプルに一言「めんどい」と言ったシリウスさんにお爺さんを任せて、わたしとジーナさん、ミーナさん姉妹とアーロンさんは裏山に入った。

 お父さんはわたしを連れてくる時、あまり奥や上には行かない。

 ソランの花の咲いている麓の花畑はわたしのよく行ける場所の一つ。

 確か、ソランの花、デュアナの花、リリスの花は年中咲く花なのよね。

 ……あ、いや、野菜もそうだっけ……。

 この世界は季節がないみたいだし。


「わあ! 綺麗なところ!」


 ミーナさんがはしゃぐのも無理はない。

 美しい花々が一年中咲き乱れるのがこの花畑なの。

 実はこの側に養蜂箱が設置してあって、蜂たちがこの花畑で蜜を集めるのよ。

 薪や施設補修のために木を切って出来た広場を、切り株を抜いて土を耕し、花を植えて作ったんですって。

 山を少し登った中腹にはこことは別に、天然の花畑があるらしいけど、そっちはハーブなどがたくさんあるらしい。

 いつか行ってみたいな。


「ちょ、ブランコや滑り台があるんだけど!」

「あ……お、お父さんとお爺さんが作ってくれたんです」


 仕事のお手伝いばかりでわたしはあんまり遊ばないの。

 申し訳ないんだけどお婆さんが亡くなってから掃除や洗濯はお父さん、苦手らしくてど下手くそなんだもの。

 わたしがやった方がマシでしょう?

 お客さんが少ないおかげでわたしの洗う速度でも回っている……でも、千客万来になったら絶対回らないわよね〜。

 ……魔法が使えたら洗濯はとても楽になるはず。

 だから魔法を覚えたかったんだけど……お父さんでも難しいみたいだったのよね。


「へぇー。ねえ、ちょっと乗ってみていい?」

「俺も俺も!」

「あんたたち子どもみたいなこと言ってんじゃないよ。本来の目的忘れてるんじゃあないだろうね」

「べ、別にいいです。けど、あのミーナさん、魔法ってどうやって使うんですか?」

「え!?」


 あんまり使えないとは言っていたけれど、使い方は知ってるんだよね?

 だからと思って聞いてみたんだけど……なんで『ギクッ!』みたいな表情……?


「どどどどどうし……!?」

「えっと、お父さんに魔法は人間にはとても難しくて危ない“ぎじゅちゅ”だと聞きました。でも、ミーナさんは使えるんですよね?」

「……………………」


 ……え、そこで押し黙るのはなにゆえに!?


「…………、あのね、お嬢ちゃん。魔法が人間には難しい技術なのは、人間は体の中にちょっとしか魔力を溜められないからなんだよ」

「?」

「魔法っていうのは『珠霊じゅれい』っていう……うーん、なんて言ったらいいのかな……とりあえず魔法になるなんか……だったっけ? なんかとりあえずそんなやつに魔力を与えて使うやつらしいんだ。そういうのは亜人や獣人には見えるらしーんだけど、アタシらみたいな人間には魔力が足りなくてよく見えないんだってさ」

「じゅれい……」


 さすがファンタジー……精霊みたいなものかしら?

 それに自分の魔力を与えて、魔法を使うのね?

 へー、なんかすごーい!

 ……でも人間は魔力があまりない生き物……そうか、それで魔法は苦手で、錬金術を編み出したんだ。

 そう考えると錬金術は人間の知恵の結晶……魔法への憧れはあるけれど、錬金術をもっと詳しく学ぶのもいいかもしれないわ。

 ……あれ? でも、それじゃあ……。


「……それでミーナさんは魔法が苦手なんですか?」

「う!」

「はは、まぁね。……でも、体に溜め込む魔力を急速に回復させる技術を訓練したり、『珠霊石じゅれいせき』っていう石を装備すれば人間にも魔法は使えるらしいんだ。ミーナは訓練をよくサボるし、『珠霊石』はクッソ高価でねー……今お金貯めてるんだよ」

「そ、それで……」


 あんなにがめつい感じだったのか。

 というか、それならちゃんと訓練すればいいだけの話では?


「なぁなぁ、ソランの花ってこれ?」

「は、はい!」


 あ、話し込んでいる間にアーロンさんはちゃんと花を摘んでくれていたのか!

 なにもできない残念なお兄さんかと思ったけど、意外とそうでもなかった!

 持ってきたカゴに入れて、布をかぶせる。

 二十本くらい……これなら失敗しても大丈夫かな……?


「他にもなにか集めるんだっけ?」

「はい、ソレマユの木の実です」

「ねえ、ねえ、そういえばお嬢ちゃん名前なんていうの?」

「あ、ごめんなさい。ティナリスと申します」

「そっかティナリスちゃんか! ねぇ、ねぇ、ティナリスちゃん! …………デュアナの花も持って帰ろうよ。それで傷薬作って! あたしたちが売ってくるから! 材料費はタダってことで、手数料はもらうけど売上は渡すから! 絶対売れるよ! ねえ!」

「やめな」

「…………」

「ごめんな」

「い、いえ」


 ジーナさんがミーナさんの首根っこを捕まえる。

 わたしの横で笑顔のアーロンさんに謝られるが、なんか軽い。

 まあ、深刻な話題ではないのでいいけれど。

 ……この商魂は魔法使いより商人に向いているのでは……。

 い、いや、見習わないと……わたしも一応、宿屋の経営者の娘だし。


「じゃあソレマユの木を探しに行こうか。えーと場所ってわかる?」

「はい、ソレマユの葉はおりょうりによく使うんです。なので、たまにわたしも手伝いで採りに来ます」


 ソレマユの木はそれ程高い木ではなく、背の低い木だ。

 葉は抗菌効果があると言われ、香りづけなどにも使われる。

 ハーブ類に比べてそこまで強い香りではないけれど、ほんのりバニラに似た甘い香りがするのよ。

 木の実は赤黒い極小の胡桃みたいな形。

 ……使うのは中身だから、割らないといけないのよね?

 胡桃みたいに硬かったらなかなかの重労働になりそう。


「確かこの辺りに……あ、あれです」


 花畑から少し登ったところにソレマユの木が集まって生えているところがある。

 よく見ると今は花が咲く時期のようだ。

 赤黒い、小さな百合のような花がたくさん咲いていた。

 えーと、これ、どうしよう?

 欲しいのは木の実なんだけど……。


「下に木の実が落ちてるよ!」

「!」


 ヒョイと、小さな木の実を拾い上げてくるアーロンさん。

 す、すごい!

 全然使えない人だと思ってたけど採取に関しては才能でもあるのかしら!?

 わたし気づかなかったわ!


「どのくらい拾っていけばいいの?」

「えーと、できるだけ多めでお願いします……」


 ソランの乾燥葉がどのくらいできるのか分からないし、分量に関してはお爺さんかシリウスさんに確認しなければいけない。

 材料は多いに越したことないわ。


「上手く薬ができるといいね」

「はい……」


 でも、本当に上手く作れるのかな。

 昨日初めて錬金術を使った小娘に……。

 葉の乾燥はまだ成功していないし、不安だなぁ。

 あの本にもお爺さんの薬のレシピは載ってなかった。

 水で混ぜるのか、布で巻くのか……他の方法なのか……。

 それすらわからないのよね。

 もしかして鍋や棒を使わないものだったら?

 作り方をお爺さんも知らなかったらどうしよう……。


「…………」


 ううん、恩返ししなきゃ!

 捨て子のわたしを家に置いてくれたお礼はしたいもの!

 完治させることは無理でも、ご飯が食べられるようにはなって欲しい。

 できることはやるのよ!

 特徴を聞いて、それに似たものを本の中から探して作り方を真似てみる。

 完全に同じものは作れないかもしれないけど、似たものはできるはずよ! 多分!


「このくらいにして帰ろうか。あ、ここにあるビーマッシュは採って帰ってもいいかい? 昼食はビーマッシュパスタにしようと思うんだけど」

「は、はい! だいじょうぶです」


 今朝はシリウスさんが適当にパンとスープを作ってくれた。

 昼はジーナさんが作ってくれるのか……ちょっと楽しみだな。

 でも帰ったらお爺さんに薬について詳しく聞かないと。

 ……待っててね、お爺さん!

 わたし頑張ります!

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