四歳のわたし第5話


「じゃあ、わたしかんそうの練習もしてみますね」

「乾燥?」

「はい、お爺さんのびょうきには、ソランの花をかんそうさせたものとソレマユの木の実の中身を錬成した薬がいいそうなんです。わたし、それを作りたいんです」

「そうだったのかい。偉いねぇ……なんていい子なんだろう……!」


 ほろり、と目に涙を浮かべるジーナさん。

 そんな大袈裟な……。


「乾燥って難しそうだけどな?」

「そうでもないみたいです。かんそう加減は薬にえいきょうするみたいですけど、かんそうそのものはしょきゅうの技術のようです」

「へえ?」


 本ページをめくる。

 アーロンさんが、その本を覗き込む。

 乾燥に関するページを開くと、必要なのは鍋と木の棒、そして水分を取る布。

 やり方は鍋の中に布に包んだ素材を置いて、先程のように魔力を送り、棒で優しく叩く……を繰り返すようだ。

 素材が光ったら完成。

 確かに、傷薬を無事に完成させられた今なら簡単に思える……。

 でも、乾燥具合ってどんな感じでわかるものなの?

 布に包んだ状態じゃ確認しようがない気がする。

 魔力の送り具合で、乾燥具合が変わるとあるわね?

 ……むむむ……初級ではあるけど初心者向きとは言い難い感じだわ。


「偉いねぇ……なんて偉いんだろう!」

「え、えーと、ちょっと布を持ってきます……」


 ジーナさんがほろほろ本格的に泣き出した。

 お酒でも入ってるのかしら?

 それとも元々涙脆くて情に篤い人なのかな?

 本には布は薄いものを、と書いてあったから〜……あ、これでいいかな?

 冒険者さんが捨てていった血のついたシャツ。

 燃やすゴミだし、いいわよね?

 綺麗なところだけ切り取れば……あ、うーん……手が小さいからハサミを使うのは難しいわね。

 アーロンさんかジーナさんに頼んでみよう。


「あの、アーロンさん、ジーナさんお願いがあるんです。この布の、ここを使いたいんです。切ってもらえませんか?」

「「こ、これは!?」」

「前に泊まったぼうけんしゃさんが捨てていった服です。燃えるゴミなので気にせずジョキン! っとやっちゃってください!」

「じゃ、じゃあ俺が?」


 アーロンさんがシャツから綺麗な部分を切ってくれる。

 それでデュアナの花を包み、綺麗に拭いた鍋の底に置いた。

 魔力を注ぎ、棒でつつく。

 どの程度なのだろう?

 少し開いて確認とかしたら失敗しちゃうのかな?

 ……そ、そういえば失敗したらどうなるのか読んでない!

 ば、爆発とかしたらどうしよう!

 ででででも一時中断とかして平気なのかしら、これ!

 ええい! しのごの考えるのはあとよ!

 今は集中集中!

 どうせ練習なんだから、とにかくからっからのパサッパサにしてやるわ!


「……………………」


 トントン、と叩き、魔力を注ぐ。

 これを数回繰り返す。

 じっ、とその様子を真面目な表情で覗き込むアーロンさんとジーナさん。

 布がじんわりと光を帯び始める。

 トントン、魔力、トントン、魔力……。


「わ!」


 フラッシュのような一瞬の光。

 完成……一番のパサパサ状態、よね?

 成功していますように、と祈りながら布を開く。


「これは……」

「うわ、く、腐ってる?」

「……しっぱいみたいですね……」


 しょぼーん。

 まあ、そう何度も簡単に上手くはいかないわよね……。


「これが原因じゃないかい? ほら、ここに“綺麗な布”って書いてあるよ」

「あ……ほんとうです……」

「血のついたシャツの切れ端じゃあ、そりゃ無理かー」

「そ、そうですね」


 本のワンポイントアドバイスには『綺麗な布。綿のハンカチや、ガーゼなどがオススメ』と、あった。

 ガーゼか……ガーゼなら応急手当て用のやつがあったはず。

 ……あ、でももう素材がないんだわ。

 家のすぐ近くにあったやつは取ってきてしまったもの。


「あ、みんなまだ起きてたの?」

「ミーナ、お爺さんはどうだい?」


 上からミーナさんがお皿を持って降りてきた。

 中身は……一切減っていない。

 食べられなかったんだ……お爺さん……。


「食事しようとすると呼吸と喉が詰まってとても食べられないみたい。ところでなにしてるの? カウンターに鍋なんか載っけて……」

「そうだ! すごいんだよこの子!」

「そうだよ、この子すごいんだよ!」


 と、まるで姉弟のようにはしゃぎながらわたしが錬金術を成功させて、下級治療薬……傷薬を作ったことをミーナさんに話す二人。

 た、たまたま成功しただけで、材料も揃っていたからってだけだと思うんだけどおおぉ!


「ええ! すごい! あたしにも教えて!」

「え、ええええ!」

「だって傷薬が作れたらもう道具屋に値引き交渉する必要ないし! むしろお金払わなくていいじゃない!? 最高!」


 ……が、がめついのかしら?


「ご、ごめんなさい……とってきた素材は全部使ってしまって……」

「あ、そ、そっかー……」

「明日裏山にソランの花を取りに行くんだ。その時にデュアナの花を探してみればいいんじゃないか? 確か傷薬の素材はデュアナの花、だよな?」

「えーと……はい。かきゅうちりょう薬……通称傷薬はデュアナの花。解毒薬はソランの花。解熱薬にはリリスの花を使う……とあります」

「って事はもしかして……君、解毒薬や解熱薬も作れるんじゃない!?」

「傷薬と解毒薬は冒険者には売れるよ〜? 解熱薬は一般人にも欲しがられるし……作って売れば!?」

「……え、えーと……」


 ……売れないと思うわ……。

 だってここは町の中ではない。

 裏には山、表には湖や畑。

 街道からは五百メートル程歩かなければならない、宿屋にしては立地条件が微妙なのよ。

 もちろん、裏山や湖は目と鼻の先なので景色は最高にいいし山の幸、湖の幸、畑の野菜も新鮮……。

 立地条件にさえ目を瞑ればかなり素敵な宿屋と言える。

 まあ、お父さんの料理の腕は多分普通……だと思う。

 わたしは美味しいと思うけど……ぶっちゃけ普通、なんだろうなぁ。

 売るのならキャラバンが立ち寄った時くらいだろう。

 ここの景色を気に入ってお得意さんになっているギャガさんという商人さんのキャラバンは、通ると必ずうちに泊まってくださる。

 その人に売る用に作り貯めておけば、まとめて買い取ってくれる、かな?

 ……ふむ、まあ、それはおいおい考えてみよう。


「……わたし、お爺さんの様子を見に行きます」

「あ、うん!」


 今はお爺さんを少しでも楽にしてあげたい。

 お父さんが帰ってくるまで五日もあるのだ。

 お爺さん、頑張って!

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