始まりの第4話
翌日、日の光が上るなり彼は居なくなっていて代わりに巨大な獣がわたしを覗き込んでいた。
目を丸くするわたしに、獣はお兄さんの声で『少し揺れるよ』と声をかけてくる。
…………う、そ、で、しょ……。
「あううー!?」
この黒くて、昨日の獣たちよりも大きいのがあのお兄さん!?
本当に一体何者なのよー!?
……で、でも! ……助けてくれたのは事実。
わたしの入った箱の取っ手を蓋を開けたまま口でくわえて歩き始める。
なのでわたしからは、立派な上の牙と可愛い髭の生えた顎しか見えない。
辛うじて、朝焼けの空が見えるくらいだ。
…………。
わたしを育ててくれる人探しか。
確かに……赤ん坊のうちは誰か大人の人に育ててもらうしかないのよね。
いい人に巡り会えたらいいんだけど……。
でもものすごく抵抗感がある!
前世の記憶が割とはっきりあるから、大人としてのプライド的なものが! ものすごく!
現実を見るのよ、わたし!
わたしは一人で歩くことはおろか喋ることすらままならない赤ん坊!
……色々かなぐり捨てて、赤ん坊らしく赤ん坊をやるしかない!
それが生きる道だわ……。
「うー、うー」
『おしっこ? うんちかな?』
わたしが少しうるさくしてしまい、気を遣って一度地面にゆっくり降ろされる。
大きな黒い鼻がくんくん、とわたしの下半身に寄せられるこの恥辱!
布は昨日剥がされたのだが、お兄さんが別な布を巻いてくれたから全裸ではないのだけれど……鼻で匂いを嗅がれるって恥ずかしい!
『…………そういえば、この石はなんなんだろう? 僕も見たことがないけれど……契約石の類に見えるなぁ?』
「あうー?」
『ん? ああ、君の部屋の中に入っている石がね……って言ってもわからないか』
この方舟のことを部屋!
へ、部屋かぁ、言い得て妙……でも、確かにここはわたしだけの部屋かも。
それに、契約石……?
確かに分からないです。
でも、いつか分かる日も来るかもしれないので教えておいてください! 是非!
「あう、あう〜!」
『? 知りたいの?』
「あーう!」
『……契約石はなにかとなにかが契約した時にその証として生まれる石だよ。契約者同士以外には意味のないものだけど……。少なくとも君のものではないだろうね、君、小さいし』
……確かにわたしのものではないと思います。
そんな大層なことした覚えないし。
『でも、君に持たせたということは、ご両親かなにかの願いはこもってるんじゃあないかな。……僕の耳に君の声が届いたのは偶然ではないのかもしれないね……』
「あーうーうー?」
……そう、なの?
でも、やっぱりあなたはわたしの声に駆けつけて助けてくれたのね。
ありがとうございます!
このご恩はいつか必ず!
『さて、着いたよ。今日ここで誰か通るのを待ってみよう。お腹が空いたりトイレに行きたかったら言ってね』
「あーう!」
わかりました!
……ホント、お手数おかけして申し訳ないです。
本来ならトイレくらい自分で出来るんですけど……。
食事だって体が赤ちゃんでなければどこかで働いてお金を稼げるんですけどね!
……でも、アマゾンって働き口あるのかしら?
「あうぅ〜」
ところで見上げることしか出来ないので見える風景が彼の横顔と生い茂った緑の葉ばかりなのですが、あのう、ここはどこなんですか?
……そもそも、やっぱりおかしくない?
普通に受け入れていたけれどこの獣があのお兄さんっていうのは、いくらなんでも……。
………やっぱりおかしいよね?
獣が人に?
ん? 人が獣に?
え? どういう事なの?
アマゾンってそんな技を持ってるの?
狩りの知恵的な?
でも人が獣の皮を被っているようにも見えないし……。
伸ばした手が小さいのは……わたしが赤ちゃんなのはもう間違えようのない事実であると受け入れるとしても、わからないことは他にもたくさんある。
ここはどこの国なのか。
とか、わたしはどうして親から離されてしまったのか、とか……。
実際問題、赤ちゃんを川に流すってつまり殺したようなものよね?
……わたし、捨てられたのかしら……。
あんなに優しそうなお父さんとお母さんだったのに……。
お母さんの姿は宝石で着飾られていたからお金に困っていたようには見えなかったけど……食糧難、とかなの?
未開の地とかなら、気軽に行けるコンビニやスーパーもないんだろうし……。
川に流して都会の人に拾ってもらえ、的な感じだったのかしら?
けどアマゾン川って都会みたいなところに通じているものなの?
アマゾンに行ったことも、詳しく調べたこともないからわからない……。
でもエジプトもピラミッドやスフィンクスの横に電柱が建ってるらしいし、意外と近代的な町が近くにあるものなのかもしれないわね。
「……………………」
あれ?
色々考えなきゃいけないのに……風が気持ちいい……。
それに、緑の香り……。
なんだか、眠くなってきたなぁ。
そっか、赤ちゃんだから寝るのも仕事のうちなのね。
お兄さんごめんなさい、わたしは…………寝ます。
********
目が覚めたら見知らぬ天井でした。
「あ! 目が覚めた!」
「おお〜」
……そして今度は包帯でぐるぐる巻きのおじさんたちが私を嬉しそうに見下ろしている。
ちょ、ちょちょ、ちょぉっ、待って!
お、お兄さん、一体わたしを誰に預けたんですかぁ!?
盗賊には、見えないけど……みんな怪我してるし鎧着てる人までいるし……一体今度はなんの集団!?
「おい、お前ら! ビビっちまうから顔近付けるな!」
「はーい。……しっかし、マルコス副団長、本当に副団長が育てるんですかい?」
「お子さん、奥さんと一緒に逃げちまったんでしょう? 大丈夫なんですか〜? 『ダ・マール』の児童養護施設に預けた方がいいんじゃ……」
「いいや、この子は俺が育てる。幻獣が助けた子どもだ、『ダ・マール』に預けて妙なことが起きても困るだろう?」
「そ、そうっすねぇ……幻獣なんてもはやこの大陸じゃあ伝説の生き物ですもんねぇ」
「まだ残ってるんですね」
……幻獣?
伝説の生き物?
確かに人の姿になったり獣になったり……え?
じゃあ、あのお兄さんは人間じゃなかったの?
幻獣?
う、ううん、それも気になるけど……あの髭のおじさんがわたしを育てるって言ってなかった?
……ふ、副団長?
なんの団体の副団長さんなの?
見える人、みんな怪我人ばっかりだし……傭兵団?
えええ……!?
わたし、本当にどこの国にいるのよ〜⁉︎
「……だがまずは名前をつけないとな。さぁて、なんと付けたらいいか」
「男の子ですか、女の子ですか?」
「女の子だったな。うーん、女の子……女の子の名前……」
名前……。
どうやらここの怪我したおじさんたちは盗賊たちとは違って“まとも”みたいね。
……怪我してるけど……。
一体なんの集団なのかしら?
なぜか全員でウンウン悩む姿は、ちょっと面白いけれど……。
「そうだ! ティナリスなんてどうだ⁉︎」
「え……ふ、副団長、それ『ダ・マール』で一番人気の踊り子ティアリスちゃんからもじっ……」
「賛成」
「いいと思います」
「ティアちゃん最高」
「さすが副団長目の付け所が違う」
「えええええ……」
えええええええぇ!?
「よーし決まりだ! お前さんは今日からティナリスだぞ!」
「ぎゃああああぁ!」
「わぁー! 泣き出した!」
「ホラー! やっぱり踊り子と同じ名前は嫌だったんですよー」
「同じじゃないぞ! 参考にしただけ……あああぁよしよし、泣き止め泣き止め〜! お、おい! 赤ん坊ってどうやって泣き止ませればいいんだ!?」
「えええ! し、知りませんよ俺ら子どもはおろか結婚もしてないんですから!」
「ミルクじゃないですか!? あ、トイレかも!」
「ば、馬車を止めろ〜!」
始まり 了
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