始まりの第3話
『グルルルルルルルル……』
「ぎゃーーーーー!」
け、け、け、獣おおおぉおぉ!
赤黒い血が滴る、無数の獣が群がってるうぅ⁉︎
嘘でしょ、盗賊たちは!?
……み、見えない!
見えないけど、なんかグチュ、クチャ……って唸り声とともになにか食べるような音がす、る……?
「う、うう……助け……かしら、ぁ……ぎゃああああああぁぁ!」
……思わず押し黙る。
喉が引きつるような断末魔。
助けて、助けてくれぇ、やめてくれぇと……男の悲痛な声が耳に入る。
次第にそれらはぶちぶちというなにかを引きちぎったり、ぼぎ、ぼぎっ、と砕くような音にかき消されるように消えていった。
ここからわかるのは獣たちの背中だ。
何頭いるかわからない、獣の唸り声。
「…………」
お、終わったわたしの人生。
早い、早すぎる。
ここからわたしだけが助かる道は一つ。
獣たちがわたしに気づかず立ち去るのみ。
でも、わたしの入った箱は開けっぱなしだし、現在進行形で獣の一頭とめっちゃ目があっております。
口から滴る血のような赤い液体はなんでしょうか。
聞くのが怖いし、知りたくないので目を閉じる。
…………早い、わたし……なんなのよ、もう、これ、夢かな?
わたしは自転車に激突されて気を失って病院のベッドの上、とか、そんなこと……な、ないよねぇ。
さっき足を掴まれて宙吊りにされた時めっちゃ痛かったもん。
クンクンと獣がわたしの匂いを嗅いでいる。
そっと目を開けてみた。
自分の子供として育てる、的な展開は——。
「ギャァン!」
『その子はダメだよ』
不思議な声。
最初は響くようだったのに、次第にはっきりと聞こえた。
男の人の声かな?
残党がいたのかしら……どのみち、わたしを覗き込んでいた獣は唸り声を上げながら視界から消えた。
わたしの視界に映り込んで来たのは夜のような髪と、不思議な衣装の青年。
明らかに盗賊団の中にはいなかった。
「…………。なにも殺さなくてもよかったのに……君たちはやりすぎる……」
『……ニンゲン、ワガリョウド、モヤシ、タ』
『モヤシタ、コロシタ』
『ドウホウ、タクサン』
『ニンゲン、ユルサナイ、モットコロス!』
え、喋ってる……?
カタコトの……たくさんの怒りの声。
な、にこれ、赤ちゃんの不思議パワー?
「わかってる。でも、復讐しても君たちの仲間も土地も元には戻らないんだ。少なくとも、死んだ君たちの仲間は僕にもどうすることもできない」
『……………………』
「幻獣大陸へ渡るといい。ここから真っ直ぐ、東へ進むんだよ。途中で人間を見ても食べたり襲ったりしてはダメだ。君たちが狩られてしまう。人間は数が君たちよりよほど多いからね。最東端に着くと海があるから、レーネという海竜に頼んで渡るんだ。僕の名前を出せば運んでくれる。一族を守るんだろう? 今は耐えて、東を目指すといいよ」
『…………。…………ワカッタ、アナタノ、イウトオリ、スル。イチゾク、ワレ、マモル』
「いい子」
…………獣たちと会話しているの?
赤ちゃん独特の不思議パワーすごい。
動物の話し声が聞こえるなんて都市伝説だと思ってた……。
獣たちの気配が去ると、男の人がわたしを覗き込んだ。
さっきの汚いおっさんたちとは同じ生き物と思えない……美しい青年。
黒い髪、黒い瞳は日本人のよう。
で、でもめちゃくちゃ美形だわ!
モデルやアイドルの人みたい……!
テレビでしか見ないような、ものすごい美形!
でも、その眼差しはとても悲しそう。
…………この人がわたしを助けてくれた、のかな?
獣たちと会話して、導いていた?
この人は一体……。
「やってしまった…………どうしよう、僕、赤ちゃんなんて育てられないのに……」
…………。
……………………。
ええええええええええええーーーー⁉︎
頭を抱えた青年は、盛大に後悔しているようだった。
それから腕を組んだり、唇に手を当てたり、両手で頭を抱えたり……う、うわぁぁ、ガ、ガチで「やっちまった」状態だよこの人おぉ!
「さっきの群れに任せて……は、ダメだよね、彼らだって生きのびるのに一生懸命なんだし……鬼狼(きろう)に人間の赤ん坊なんて育てられるわけないだろうし……でもでも、僕はもっと無理だよどうしよう〜!」
こっちもどうしようなんですけどー!
い、いや、助けてくれたことは感謝しますよ!
そ、それはもう心の底から!
あんな危ないやつらのところにいたら確実に命か心のどちらかがなくなっていたことでしょう。
あなたはわたしの命と心の恩人です!
「あー……」
手を伸ばす。
せめてお礼の気持ちが伝わればいい。
わたしの声に、青年は真っ青になった顔をこちらに向ける。
う、ううん……そんな顔色になるほど悩むなんて……。
…………この人は、いい人だ。
だってそうじゃなきゃ、真剣に悩んでなんてくれないよね。
さっきの盗賊たちは育てるより利用する事を優先させていたから、わたしの扱いもそれはもう雑だった。
でもこの人は顔色を青くするほど、わたしをどうしたらいいのか悩んでくれている。
優しい、いい人じゃなきゃこんな風にはならいない。
とはいえ……こんなに悩むこの人に育ててください、なんて言えないし……いや、そもそも喋れないんだけど!
でも助けてもらったからには恩返しはしたいし〜……でも恩返しするにしても、今のわたしは赤ちゃんだ。
出来ることなんて「あー、うー」と声を発しながらご飯を我慢することくらい……。
その、排泄だけは生理現象なのでお許しいただきたいけれど。
そう! わたしは赤ちゃんなのよ!
恩返ししたくてもこれじゃなにも出来ないわ!
「…………とにかく今日は僕の寝床に連れて行って……明日、人間の公道に行ってみよう。旅人に拾ってもらえれば…………でも、こいつらみたいな奴らもいるし……うーん……」
がさ、とわたしの入った箱が持ち上げられる。
箱は少し揺れただけ。
とても、丁寧に持ち上げられたのだ。
顔が近付くとなおのこと彼の顔が整っているのが分かる。
ま、マジですごいイケメンだわ……!
でもなんだろう、額に変な模様が入っている。
入れ墨? そんなところに?
……アマゾンの種族……?
けど、別に上半身半裸とかではないしむしろ知的な感じすらする。
「あうー、あううー」
あなたは誰?
えっと、それから、助けてくれてありがとう。
伝わるかわからないけど、伝える努力はしないと!
彼は命の恩人なんだから!
「? なに? ……不思議な赤ちゃんだね……それとも人間の赤ちゃんってみんなこんなに賢いのかな。……お礼はいいよ。無責任に助けて、僕は君を育てられない。ごめんね」
「あうー、あうー」
とんでもありません!
……というか、わたしの考えが読めるのかしら⁉︎
それならそれできちんとお礼を伝えられるわ。
もしかしたら会話も成立するかも?
えーと、あなたのお名前は!
「………………」
はい、無視!
というか、聞こえていない?
「ここが僕の家。といってもただの洞窟だけどね。……明日君を任せられそうな人を探しに行くから……それまで我慢してね。…えーと、あっそうだ、お腹空いてない? カルーパのミルクあるよ。飲むかな?」
「あうー!」
飲む! 飲みます!
なんのミルクかはよくわかりませんがミルクなら多分イケると思うんで!
手をバタつかせ、ミルクをねだる。
お腹空いてたの! ああ! お兄さん! このご恩は一生忘れません!
一宿一飯と、命を助けていただいたこの恩はいつか必ず!
「…………で、でで、でもどうやって飲ませたらいいんだろう……冷たいままでいいのかな? ちょっと温めた方がいい? ええと、そもそもどこにしまったんだっけ……うわあ!」
「……………………」
ここからではなにが起きているのかわからないけれど……あのお兄さん、ドジだな。
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