第3話
いくら近い後輩とはいえ、何とも思っていないのに二人で飲みに行くなんて私はしない。複数の資格を取るために社会に出るのが遅れた私は彼より割と年上なのだ。無駄な時間は、ない。
それが変わったのは、阿門が口にした言葉が原因だ。
彼にとって初めての忘年会。勤務終わりにあったそのお酒の席で、結婚間近の恋人と先月別れたのを私は周囲に話していた。コースで出た鍋の湯気が薄まったころ、対岸の席に座る彼が私を見つめる。
「先輩は素敵な人です」
「何言ってるの。大人をからかうんじゃないの」
お互い酒に強く、今までも飲み会の後半に端のほうで静かに飲んでいると、いつの間にか彼が近くに来て、同じのを飲みたいと言い出す。この日は大先輩に倣って、十四代という銘柄の大変おいしい日本酒を彼と飲み合っていたとはいえ、言っていいことと悪いことがある。
「先輩はとても魅力的です。僕の目を見ても、嘘だと思うんですか」
窘められても顔色を変えず、まっすぐこちらを見つめるその目を一瞬、真剣に見かけてやめた。代わりに笑い飛ばした。彼のほうをまともに見られなかったが、ここで笑わなければ先輩として負けだ。
その翌日も、アルコールが抜けたのに阿門は業務と関係ない話を隣の席から振ってきた。彼は小休止も兼ねているようで、作業の手を止めて体もこちらに向ける。私はパソコンを操作しながら耳を傾けた。
この週末に仲の良い大学の後輩と二人で草津温泉に行くらしい。少人数での遠出が初めてで、電車で行くだとか特急に乗るだとか、群馬はここより寒いでしょうかね、とか。そんな話を毎日してきた。
金曜になり、思い切って
「じゃあ、おみやげいらないから、代わりにきれいな写真を送って」と伝えた。
「分かりました」
そう返事をしたにも関わらず、週末になっても彼は何一つ連絡をくれない。日付が変わって月曜になっても変わらないLINEのトーク画面に気落ちしながらiPhoneの画面を消した。
翌朝、職場で顔を合わせてもけろっとしていて、旅行の感想も何も伝えてこない彼にがっかりする。初めて彼のプライベートに踏み込んだはずだった。でも、それまで仕事のやりとりしかしていないのだから、写真が来ないなんて当然だ。彼の社交辞令を真に受けてしまったのが悪い。
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