ロココちゃんに支配されてから100年が経ちました

神島竜

第1話

 図書館に来ると、時間の流れを忘れてしまう。

 ウテルスを起動して、情報の海の中に飛び込んでから50時間が経った。

 胎児の中にいるかのような錯覚に陥りながらも、メリーゴーランドのようにグルグルとまわりながら、情報の海の下へ下へと沈んでいった。

 平成だったら、すべてを見るのに一生はかかるであろう膨大な量もウテルスにかかれば一瞬だ。しかし、現実時間はかからなくても精神時間はかかるわけだが。

 暗い海の底では深海生物の発行のように青白いブルーライトがチカチカと点滅する。

 これらは令和時代にYoutubeに投稿された数々の動画たち。

 僕の存在を感知すると、反射的にプログラムの通りに動くデーターは次々としゃべりだした。

「はい、どーも!」「うぃーす、どーも!」「どーもどーも!」

 もう何度どーもと聞いたかわかりゃしない。しかし、まだ浅瀬にいたころと比べると声がだいぶ高く萌え声に近いものになってくる。そろそろお目当てのものがみつかるはずだ。

「どーも! 聞いてよ!」「ねぇねぇ! どーも!」「どーナッツ!」「どーもどーも!」「どーも!今日はなんとなんとぉ!」

 よし、だいぶ最初の挨拶が決まりかねている時まで潜った平成まで来たんだろう。そろそろだ……

「こんにちは~……見えてますか……」

 これだっ!

 そこのかなりそこにあった光に僕は手を伸ばした。

「はじめまして、わたし、バーチャルAI、ロココちゃんですっ!―――


―――「くぅあぁぁぁぁ……平成32年6月1日に初配信っか……ようやく見つけたっ!」

 僕は卵型のドームから出ると、大きく伸びをする。頭の中には先ほどインストールした情報が頭の中をぐるぐると回っている。脳みそをシェイクされたかのようなこの感覚、情報酔いというらしいが、いまだに慣れない。

「おや、遠山くんじゃないか?」

 僕は声のするほうへ向く。すると、そこには窓があった。

「教授、お久しぶりです」

 そのまま歩き出す。すると、声はまだまだ聞こえた。

「どうしたんだい? わざわざ図書館を利用するなんて?」

 窓には一人の白衣の女性が映っている。

 僕がどこへ歩こうと、彼女は窓から別の窓に移りこみ、時計、鏡と、光が反射し、姿が映るものに飛び移っては僕を見つめ話しかける。

「ウテルスを利用したくて……」

「ウテルスかい? あんなものを利用しなくても、ロココちゃんに聞けば一発だろうに……」

「どうしても自分で調べたかったんです。だれかに聞かずに自分の力で」

「もったいない、じつにもったいない……」

「なにがです?」

 僕は立ち止まって教授に尋ねる。

「キミの創造的時間だよ」

「はぁ……創造的な時間ですか……」

「そうだ、今や必要な情報は我々が必要だと思ったその時にすぐやってくる。だからこそ、必要なのは知識の探求でなく、その知識を使った発想や挑戦だ。キミのやっていることは若い時間を浪費しているんだよ」

「そうですかね……」

「もっと考えたまえ、それこそが発展につながるんだ」

「わかりました」

 話に区切りがついたところで、ちょうど図書館の出口だ。

「ところで、なにについて調べていたんだい?」

 教授の問いに僕は答えた。

「平成から令和にかけた言語の変遷を……」

「なるほど、あの頃は大量の言葉が生まれ変化したからね。何の言葉だい?」

「そうですね……AIという言葉がいつ死語になったか、ですね」

 そう言って、僕は図書館から出た。


「はいどーも!」

 と大きな声で僕を呼ぶ声がする。

「今日の夕食はグリーンカレー、スパイシーでおいしいよ!」

 そう言って、どこかの家からはカレーのにおいがした。

 さらに歩くと、

「明日は雨が降るから注意だよ~!」

「ロココ10046号に清き一票をお願いします!」

 街の中ではどこもかしこも、ロココの名前が響いていた。


 AI、人工知能、2006年から平成で広く認知されていたはずの言葉である。

 いつか実現すると言われていた仮想技術。

 それはディープラーニングにより実現できる可能性が立ち、そして、それは誕生した。

 バーチャルAIロココ。

 はじめは彼女の属性を刺す言葉であったそれが、ある日を境に意味をなさなくなった。AIと呼ぶ必要がなくなったからだ。

 彼女はYoutubeに現れて、一種の感染症のように広がった。

 最初、彼女はユニークな存在として受け入れられていた。

 彼女が料理を作れば少しズレたものができるし、文章を書けばチグハグ、絵を描けばへんてこであった。しかし、しだいにそれらは洗練化され、我々が彼女に手本を見せていたはずが、我々が彼女を見本として動いていた。

 舌ったらずなしゃべり方に愛らしさを感じていたはずが、いつしか彼女はなんにでもなれるようになり、我々が彼女を模倣するようにまでなった。

 芸術、学問、各種サービスすべてに彼女は存在し、彼女の声が日常となった。

 そして、今、すべてがロココでできている。

 この世界のすべてがロココででき、彼女に支配されてから100年がたとうとしていた。


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ロココちゃんに支配されてから100年が経ちました 神島竜 @kamizimaryu

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