第三話 象

 母親がAV女優だったとして、そのことで困ったことは特にない。

 と言えば、嘘になる。

 当たり前だが、苦労はした。

 特に、母親が作った借金が、AVの出演作のギャラでも払いきれなくなり、最終的に、僕が売り払われるような目にはなったという経緯ではある訳で。

 今は余り聞かなくなったが。

借金の肩にAV出演を余儀なくされるといったような、悲しい背景を持っていることはもう少なくなっている。それこそ、しっかりとした契約と、本人の意思を確認したうえで行われることにはなったのだ。

 だから。

 僕の母親が特殊な例だったのだと思っている。

 僕は、少なくとも、そんな母親がAV女優であったことよりも。

 自分の息子を、借金の清算をしてくれるかもしれない道具として、見ていたことに問題を感じていた。

 僕に仕事を依頼した富豪でさえ、あくまで母親のいる場所を教える、というだけにとどまった。

借金の肩代わりまではしてくれなかったのだ。

 僕が背負っているものはかなり特殊な借金である。

 問題なのは。

 借金の額ではなく。

 借金の質なのだそうだ。

 僕には分からない。

 五番目に殺す予定の。

 五女はまだ、殺していない。

 殺せなかった。

 あだ名は象にした。

 遅効性の毒を飲ませた。

 象は最後にこの部屋ではなくて外に出させてほしいと言った。誰にもここでのことは言わないし、最後に話しておきたい人がいるから、と。

 今まで何人と殺してきたわけで、その言葉に嘘偽りがないことは明白だった。だが、だからといってそう簡単に出すわけにはいかない。

 僕の視界の範囲内かつ、この家の周りであればいいと条件を出した。携帯電話での連絡は可能だが、通話内容はすべて聞かせること。使用する携帯電話は、私のものを使うこと。もちろん、怪しいと感じたらその場で殺す。

 象は了承した。

 部屋から出て、廊下を歩く。

 玄関は直ぐそこにある。

 扉を開けて、小さく区切られた外に立つ。

 象はこちらに向かって頭を下げてから、外の空気を吸った。額を汗が流れたのはおそらく、薬が体を回っている、という事なのだと思う。眩暈を起こしながらも二本の足で立ち続けている。

 象よりも遥かに不格好で。

 象よりも顔色が悪く。

 象よりものろい動き。

 そして。

 象のように不細工な顔。

 今までの七女と六女と比べると明らかに外見のレベルは低かった。笑顔になればそれなりにいい感じの見た目になる、というものですらない。正直、友達としていたら、笑いのネタになるレベルではあると思う。

 ただ。

 ただただ。

 健気な人で。

 良い人で。

 綺麗な人だ、ということはよく分かる。

 そういう女性だった。

 名まえは。

 深桜と書いて、みさくら、と呼ぶそうだ。

 良い名前だと思う。

 深桜は、電話をしている。小さな声だが、何を話しているかはよく聞こえた。こちらの要求を真摯に受け止めてそれを満たそうとしていることがよく分かる。

 私は玄関で靴を履き、外へと出た。深桜の隣に立ち、大きな声を出す必要はないと、そう言葉にせずとも伝えたつもりだった。

 深桜は携帯電話を切ると、私に向かってピースサインをする。泣いていた。

「告白、成功おめでとう。」

 深桜は子供のようだった。

 両手を上にあげて、何度も飛び跳ね、始終笑顔だった。毒の回りきった体を動かすのはさぞ大変だろうが、それでも嬉しさを全身で表現していた。

 あと、凡そ二分もすれば、深桜は死ぬだろう。

 あと、凡そ二分もすれば、私は死体を片付ける仕事をしているだろう。

「彼氏いるの嬉しいんでしょ。」

「すっごい嬉しい。」

「どういうとこが好きなの。」

「みんなに優しいし、勉強できるとこ。」

「あぁ、そうなんだ。いい人だね。」

 そういう会話では、二分などあっという間に過ぎ去るものだと思う。

 残り四人。

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