第1章

第1話 酒場での団欒








「それで、どうしてエリンさんは俺と一緒に酒場に向かってるのです?」

「パートナーの素性を把握するのは当然のことでしょう。わたくしのように身分が保証されているならともかく、貴方は貧困層一歩手前の馬の骨ですわ」

「あー……はい。さいですか」


 そんな感じで、家路についてるわけだけど。

 俺の隣にはエリンがついてきていた。その理由というのも今ほど述べたもののようであり、やっぱり信用してもらうには時間がかかる。そう思わされた。

 しかし、成り行きとはいえパートナーになったのだ。

 親睦を深める意味でも、悪くはない。


「せっかくだし、飯を食べていけよ。ミナも喜ぶだろうし」

「ミナ……? 誰ですの?」


 俺が提案すると、少女はどこか怪訝そうな顔をしてこちらを見た。


「ミナってのは、俺の雇い主――というか家族だな。兄妹みたいなもんだ」


 それに若干だが気圧されつつも、頬を掻きながら説明する。

 この答えで間違いないと思われた。ミナは俺にとっての恩人であり、家族であり、妹のような存在。何よりも守りたいと、そう思った女の子だ。

 すると、俺の言葉を受けたエリンは興味なさ気に鼻を鳴らした。


「平民の食事が、わたくしの口に合うとは思えませんわ。それでも、どうしても、と言うのなら考えないでもありませんが――」

「じゃあ、どうしても、ってことで一つ!」

「……分かりましたわ」


 そんな彼女の言葉を遮って、俺は笑った。

 エリンは渋々、といった表情でため息をつく。

 そして、そんな会話をしているうちに酒場が見えてくるのだった。見れば入口の前でミナが掃き掃除をしている。なので、手を振りながら声をかけた。


「おーい! ただいまー!」

「あ、ミロスくん。おかえりなさいっ!」


 すると彼女は変わらぬ笑顔で、こちらを出迎えてくれる。

 しかしすぐに俺の隣にいるエリンに気付き、小首を傾げるのだった。


「……? ミロスくん。この女の子は誰?」

「あぁ、紹介するよ。この子は騎士団での俺のパートナーのエリン」

「エリン・リーフラワーですわ。以後お見知りおきを」

「わぁ! すごく可愛い子だね! お肌も綺麗!!」


 紹介すると、ミナはすぐにエリンに飛びつく。

 ――文字通り。


「ちょっ……!? 突然、なにをするんですの!!」

「お肌すべすべだぁ! それに小さくて、可愛らしいし! 天使様だぁ!」

「な、撫でまわさないでくださいまし!? わたくしは、許可してませんわ!!」


 ぐりんぐりん、自分より小柄な少女を撫でまわすミナ。

 撫でまわされているエリンは、振り払うこともできずに目を回していた。

 俺はその様子を微笑ましく見守る。可愛いもの好きのミナとエリンが出会えば、こうなる未来は見えていた。だが、あえて止めなかったのは、それで良いと思ったから。仏頂面を続けるエリンの違う表情を見たかったからだった。


「ふ、ふえぇ……!?」


 ――あ、でも。そろそろ止めないといけないかな。

 そう思って、俺はゆっくりと声をかけることにした。



◆◇◆



「むきゅう……」

「いやぁ、悪いな。少しだけ止めるのが遅くなった」

「少しではありませんわー……。かなり、でしてよー……」


 テーブルに突っ伏して、エリンは俺に訴える。

 髪の毛はくしゃくしゃで、カチューシャも位置がずれていた。

 今日は酒場の定休日。貸し切りの状態で、他には客がいない状況だった。だからこそ、というのもあるかもしれないが、少女は完全に気を抜いている。


 昼間の凛とした表情はどこへやら。

 ちらりと、こちらを覗いた眼差しは死んでいた。


「ところで、このお店が貴方とあの子の?」

「あぁ、そうだよ。少しばかり汚いのは勘弁してくれ」

「それは構わないのですが……」

「ん、どうした?」


 面を上げたエリンがなにかを言おうとして、顎に手を当てて考え込む。

 そして、しばしの間を置いてから――。


「いいえ。やっぱり、気のせいですわね」


 そう、小さく口にした。

 俺は首を傾げたが、それを訊く前に声がかかる。


「お夕飯できたよ~っ!」

「お、きたきた!」


 見ると、ミナが大きな盆に料理を乗せて現われた。

 それをゆっくりとテーブルに置いて、取り皿をそれぞれに配る。


「こ、れは……?」


 エリンが眉間に皺を寄せた。

 おそらくハイソな暮らしをしているのであろう彼女には、不思議な料理。ミナのオリジナルの賄いなのだが、たしかに見てくれは雑なようにも思えるだろう。余った麺類に濃いソースをかけて、ブツ切りのドラゴン肉と一緒に焼いたもの。


「パスタ……?」

「んー、どっちかって言うと焼きそばかな?」


 明確な名前が付いていないので、そう答えることしか出来なかった。

 とにもかくにも、味には自信がある。


「まぁ、食べてみてくれよ!」

「………………」


 あからさまに嫌そうな顔をするエリン。

 俺はそれに負けない笑顔で、少女にトングを手渡した。


「……それなら、少しだけ」


 隣にいるミナの笑顔にも押されたのか、彼女はおもむろに麺を皿に移す。そしてフォークにそれを絡めて震えながらも、最後は覚悟を決めたように口に運んだ。

 すると、途端に目を大きく見開いてこう言うのだった。


「――なんですの、これ! 美味しいではないですか!!」


 そして間髪を入れずに二口目。

 まるで解き放たれたかのように、次から次へと口へ。

 そんな彼女の表情の変化を見て、俺とミナは顔を見合わせて笑うのだった。


 

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最弱NPCでも戦えますか? あざね @sennami0406

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