第5話 誕生の日
――と、威勢が良かったのはそこまでで。
「あ、れ……? 俺はどうなった……?」
「あら、起きたのですね」
記憶が途切れて、次の瞬間には俺は天を見上げていた。
寝転がった状態で。今いる場所は中庭の、噴水横のベンチか。
まだ痛む節々に眉をひそめながら、俺は身体を起こして周囲を見回した。
「まるで、何もなかったようになってるな」
すると気付いたのは、先ほどまでの騒動の余韻どころか、そもそも騒動があったということすら感じさせないほどに日常が流れている、ということ。他の騎士団員――中でも休暇中であろう――は、和気藹々と楽しげな会話に花を咲かせている。
ベンチに腰かけて、念のため目をこすって確認した。
それでもやっぱり日常だ。
「お姉さまが、あの後にきたのですわ。まったく、貴方は余計なことを……」
どこから取り出したのか。
見れば、エリンさん。優雅にティータイムを楽しんでいた。
だが俺が起きたのを確認すると、途端に不機嫌な表情に変化してそう言うのだ。
「余計なこと、か。それは申し訳なかった! マジで記憶がないからなぁ……」
「戦闘能力のない『ND』が、策もなしに前に出るなんて馬鹿としか言いようがありませんわ。今後あのような無茶をしたら、わたくしからお仕置きさせていただきますからね? 覚悟しなさい」
「ま、マジか……? それは勘弁願いたいな」
「ふん。本当に、馬鹿な人ですわ」
頬を掻いていると、少女は最後の一口を飲みほしたのだろう。
中空に手を突き出し、ティーカップを放り投げた。すると空間が歪み、それを呑み込む。そしてその場には、カップの跡形もなくなるのだった。
「すげぇ! これって、魔法ってやつか!?」
「……なにを興奮しているのですか。簡単な空間魔法ですわ。この程度なら、この死後の世界、使い手は掃いて捨てるほどいるでしょう?」
「そ、そんなもんなのか……?」
「そんなものですわ」
テンションが上がったこちらに対して、冷めた対応を取るエリン。
酒場で働いていると魔法なんて見る機会がないから喜んだのが、どうにも同じ街なのに田舎者的なリアクションをしてしまったようだった。
「さて、どうやら治癒魔法も効いてるようですし。もう少し歩きますか」
「あぁ、そうだな。ところで――」
言って少女は立ち上がる。
そんな彼女に、俺は一つ問いかけた。
「もしかして、気を失う時に『膝枕』してくれてた?」
「……………………」
微かに残る記憶の話。
「なんか、後頭部に柔らかい感触があってさ。その中で意識を失っていくのが分かったんだよ。だから、もしかしてエリン――」
「ふんっ!」
「が、っふ――!?」
それを語っていると、顎に鋭いアッパーカットを喰らった。
視界が暗転する。倒れて頭を打った衝撃で失神は免れた。だが、目の前はぐるぐると回転している。立ち上がろうとしても、脚に力が入らなかった。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと行きますわよ」
「お…………おう。お――」
「……なに、吐いてますの」
朝に食べてきたものを吐き出す。
そんな俺を、冷めた目で見下ろす少女。
これは、打ち解けるまで時間がかかると、そう思った。
◆◇◆
――数時間前。
ミロスはエリンを庇った直後に倒れた。
そんな彼を支え、自らの膝に頭を乗せる少女。中庭は当然に騒然とした。だがしかし、そんな中で二人の様子を見たミクリオだけは大声で笑うのだ。
そして、二人を見下しながら、
「あっははは! やっぱり、口だけじゃないか! エリンも惨めだな!!」
そんな『NPC』を宛がわれて、と。
少年は綺麗な顔に醜悪な色を浮かべて、そう言った。
「ミクリオ――!」
「おやおや。仲間意識かな? 怖い顔するなって、死にやしないだろ?」
「貴方、自分がなにをやっているのか分かっていますの!?」
「なにって、新人教育、だろ?」
「ミクリオ!!」
エリンの訴えはミクリオに届かない。
彼は愉悦に浸り、意識を失って動かないミロスを指差し嘲笑う。
「……どうかしたのか?」
その時だった。
中庭に、一人の女性が現れたのは。
「――アスタロッテ様!?」
「――お姉さま!!」
それは、騎士団長のアスタロッテ。
彼女は真剣な表情で間に割って入り、視線でけん制した。
ミクリオに至っては完全に想定外だったのか、冷や汗をかいている。
「どうやら、何かしら事があったようだな」
静かにそう言う騎士団長。
その言葉を、すべての騎士団員が清聴していた。
アスタロッテはちらりと、倒れるミロスに目をやってからこう告げる。
「ミクリオ――なにか、言いたいことはあるか?」
「………………!」
問いを投げられた少年は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
そして何も言い返せずに黙する。その様子を確認して一つ息をついてから、アスタロッテはミクリオにこう言った。しかしそれは、意外なもので……。
「今回のことは私の預かりとし、不問とする!」
誰もが、目を丸くした。
その中でも最も動揺したのは、当然ながらエリンだ。
「お姉さま!? どうして――」
「ただし、ミクリオには厳重な注意を与える。意味は分かるな?」
そんな少女の訴えを受け流し、アスタロッテは最後にそう言った。
鋭く。刃物のような、そんな忠告。しかし処分がない。
そのことをミクリオはどう思ったか。
「――くそっ!」
悪態をついて、少年はその場を後にした。
「さて、エリン」
それを確認してから、騎士団長は少女の前に片膝をつく。
そして、こう一言。
「善きパートナーであろう?」――と。
そう口にして、彼女はその場を立ち去ったのだった。
◆◇◆
執務室から外を眺めながら、アスタロッテは小さく笑う。
窓の外には、フラフラと少女の後ろを歩く青年の姿があった。おぼつかない足取りで進んだかと思えば、しゃがみ込んで吐く。少女に呆れられながら、それでも関係性は悪くないように思われた。
「あの青年は、本当に面白いな」
その様子を彼女は楽しげに見守る。
それが騎士団に、新たに一つのコンビが生まれた日の出来事だった。
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