第4話 パートナー





 さてさて、そんな一幕があった後だ。

 お姉さま、と慕う相手の前では流石に自重したのか、少女――エリンはなにも言わなかった。されども二人で仲を深めろと、自由行動になってからも一向に口をきこうとしない。

 それもそのはずだ、と。そう言われたら終わりなのだけれども……。


「あの~、エリン……さん?」

「……………………」


 なんだろうか。

 呼びかけに答えないエリンの表情には、どこか違う理由が見て取れた。

 俺と組むことが嫌なのは当然として、それ以上に大きな問題を抱えて焦っているような。唇を噛んでいる辺りから、その感情が伝わってきた。


「ふむ……」


 そうなってくると、こちらはお手上げだ。

 彼女がいったい何を考えているのか。そういったものを読む能力者がいれば、たちどころに分かるのだろう。しかし、もちろん俺にはそんな能力はなかった。

 だから、ひとまずアスタロッテの館――その中庭を観察するのだ。


 どうやらこの館は騎士団員の集合場所、及び訓練場も兼ねているらしい。

 中庭を抜けた先には、大きな広場があって騎士団員が鍛錬に励んでいるようだった。その途中にある中庭では、様々な種族の騎士団員が談笑している。

 大きな噴水を取り囲むように咲いた花々は、見事の一言に尽きた。


「住む世界が違うよなぁ……」


 ポツリと漏れたそんな言葉。

 しかし、それが紛うことなき俺の素直な感想だった。

 少なくとも、先日までの俺がいた世界とは別だ。関わることはないと思っていた場所であり、そして縁のないと思っていた場所。

 そこの一員になるというのに、実感がまるでなかった。


「……ふん。随分と、気の抜けたことを言いますのね」


 そんな俺の言葉を聞いて。

 ようやくエリンは肩越しにこちらを振り返って、そう口にした。


「これから貴方は、曲がりなりにもこの街を守護する騎士団の一員となるのです。崇高なる決意を胸に、気を引き締めてもらわないと、わたくしも迷惑です」


 さらに、そう続ける。

 どこか刺々しい言葉は相変わらず。

 だが今ので分かったのは、少なくとも俺を相方として認めているということ。


「まぁ、それはそれとして。騎士団って、街の警邏以外には何をやってるんだ?」

「そんなことも御存じないのですか。……はぁ、仕方ありませんわね」


 会話を繋ごうと思いそう訊ねると、少女は額に手を当てながら話し始めた。


「私たち騎士団員は、三つの部隊に分かれて行動しています。警邏、鍛錬、休養の三つを交代にこなしていくためですね。そして、有事には全員で行動します」

「有事……?」

「街の治安を脅かすと判断された存在、とでも言いましょう。そう認定された敵との戦いに、騎士団員は常に備えているのです。分かりましたか?」

「なるほど……?」

「はぁ……。分かっていませんわね……」


 俺が首を傾げると、エリンはまたもやため息を一つ。

 こちらを振り返って、鼻先に人差し指を突き付けてきた。


「いいですか! とにかく、貴方はわたくしの足を引っ張らないよう――」

「おやおや。噂には聞いていたけど、本当に平民がパートナーになったんだね?」

「…………ん?」


 その時だった。

 エリンを挟んだ向こう側から、一人の少年が歩いてきたのは。

 見るに、絵に描いたような貴族のお坊ちゃまという感じだった。サラサラな肩口までの金の髪に、青い瞳。身にまとうのは白を基調とした燕尾服。

 胸には騎士団員の証であるバッジが付けられていた。

 綺麗な顔に意地悪な笑みを浮かべて、エリンのことを見下すようにしていた。


「ミクリオ……」


 少女はどこか悔しそうに、彼の名を口にする。

 ミクリオと呼ばれた少年は、くすくすと、小さく笑った。


「ずっとパートナーを与えられなかったキミには、お似合いなんじゃないかな? 平民、しかも貧相な体格を見る限り――もしかして、NPCかい? はははっ!」

「くっ……!」


 少年は俺を出しにして、エリンを嘲笑う。

 この一連のやり取りを見るだけで分かった。この二人は犬猿の仲なのだ、と。

 そして今、大きなアドバンテージを持った少年が、少女のことを扱き下ろしている。聞いているだけでも不快な、その笑い声をもってして。


 そのことに、俺は――。


「おい、お前……!」


 腹が立った。それは決して、自分が馬鹿にされたからではない。

 俺のせいで、パートナーである少女、何の非もないエリンが馬鹿にされているのが許せなかったのだ。だから少女の前に出ようとして、一歩を踏み出した。

 だが、それを……。


「待ちなさい、貴方は下がっていて」

「エリン……?」


 少女は止めた。

 こちらを睨み上げて、お前は手を出すなと、そう言わんばかりに。


「これは、わたくしの問題です。貴方は手出ししないで」


 そして、次にハッキリと口にした。

 俺はそれを受けて唇を噛む。そうしていると、不快な声を発したのはミクリオ。


「はははっ! 落ちこぼれ同士、すでに仲間意識が芽生えているのかな?」


 彼はそう言って、指を鳴らした。

 すると彼の後ろに二人のメイド服を着た女性が現れる。

 各々、青と赤の髪をした背の高い人物。瓜二つの顔をしているのは、双子だから、だろうか。恭しく礼をしながら、彼女たちは少年の横に並び立った。


「せっかくだし、その男の力を計ってあげようか」

「なっ……!? ミクリオ、騎士団員の私闘は禁止されているはず……!」


 ミクリオの言葉に、ハッとするエリン。

 しかし少年はその手を止めない。もう一つ指を鳴らすと、


「さぁ、受けると良いよ。ボクの配下の魔法をね!」


 二人の従者が魔法の詠唱を始めた。

 そして間もなく、無防備なエリン目がけてそれは放たれる。



「きゃ……!?」



 ――悲鳴。

 それを聞いた瞬間に俺は……。


「え……?」

「ほう……?」





 エリンのことを守ろうとその身を盾にしていた。

 全身に炎の魔法を浴びて、肉が焼ける臭いを周囲に漂わせて。

 呼吸が荒くなる。酸欠になるのを感じながら、俺はミクリオを睨み返した。




「戦う気のない、無防備な女の子に……手ぇ出してんじゃねぇよ……!」




 怒りを孕んだ言葉を向ける。

 少年は、ニヤリと、薄気味悪く笑っていた。


「面白いじゃないか、キミ……!」


 中庭が騒がしくなる。

 その中心で、俺たちは火花を散らしていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る