第3話 それはある意味テンプレな








 ――翌日のこと。

 俺はミナに頼んで休暇をもらった。

 事情を説明して、とりあえず一週間。こちらは数日で構わないといったのだが、新しいことへの挑戦は積極的に応援したい、とのことだった。

 もっともその理由というのが、ミナを守れる男になりたいから、というのは恥ずかしくて言えなかったわけだけど。


「それにしても、北地区か……。ここの空気は、あまり得意じゃないんだよな」


 さて、そんなことを考えつつ俺は呟いた。

 アスタロッテから貰った地図を頼りに歩いてきたのだが、辿り着いたのはこの街の中でも富裕層が住まう北地区。ちなみに俺とミナの酒場があるのは、貧困層に近い中地区だ。よって、人の装いや街並みも明らかに違っていた。


 平々凡々な服を着る俺とは対照的に、道行く人々はみな揃って勲章だとかを胸に付けて、オートクチュールであろうものに袖を通している。

 なんで街中を歩くだけで、ドレスやら日傘が必要なんだよ。

 平民の俺には理解できないことだった。


「こっちは、生前に勇者にやられた魔王とか、そんなの相手にしてるんだぞ? 呑んだくれて暴れるし、その度に酒場は壊れるし、まったく……」


 きっと、北地区に住んでるのは生前にも栄華を極めた者たちだろう。

 振る舞いから気品とやらが漂っている、ように思えた。


「さて、そんなこと言ってる場合でもないんだよな。えっと……」


 俺は慣れない道から視線を地図に落とす。

 そして、そろそろ目的の場所であることを確認した。


「あの角を曲がれば、すぐか」


 ここまできたら、目的をさっさと済ませてしまおう。

 そう思って俺は駆け出した。角を曲がっ――た、その時だった。


「おわっ!?」

「きゃっ!!」


 なにかと、ぶつかったのは。

 おそらくは少女なのだが盛大にぶつかったため、すぐには確認できなかった。

 俺はしたたか後頭部を石造りの道に叩きつけ、のた打ち回る。大量の血が溢れ出して意識が遠退いていく。これ、死後の世界じゃなかったら死んでたやつだ。


「うごおおお……」


 そんなこんなで、しばし悶絶。

 痛みが引くまでしばらく待ってから、ふらつく足取りで立ち上がった。そしてすぐに、自分とぶつかった女の子のことを探すのだが――。


「あ、れ……?」


 周囲を見回しても、それらしい姿はない。


「あのー? すみませーん!」


 なので、思い切ってそう声を上げてみた。

 すると……。


「後ろですわ」

「後ろ……? って、いないじゃん」

「…………少し、視線を下に」

「下……?」


 どこか気の立った、そんな声がしたので従ってみる。

 そしてその指示の先にいたのは、


「なんですか? その、キョトンとした顔は」


 本当に小さな女の子だった。

 端正な顔立ちに、蒼の瞳。長い銀の髪をしており、瞳同様に蒼の宝石の付いたカチューシャをしていた。身にまとうのは白のワンピースドレス。背中にかけてははだけているのか、青のフリルが風に微かになびいていた。低い背丈を誤魔化しているとも思えるほどに、高いヒールの靴を履いている。


「答えなさい! わたくしにぶつかって、謝罪もしないのですか!?」


 少女は怒気を孕んだ声で俺にそう言った。

 俺はそれを聞いて、慌ててこう口にする。


「あ、ごめん。急いでいたものだから、悪かったよ」

「…………ふん。平民が、わたくしの身体に触れたと思うだけで怖気立ちますが。今回はこの広い心に免じて許して差し上げましょう」

「ははは……」


 華奢で小柄な容姿には似つかわしくない、尊大な口振り。

 それに、思わず苦笑いをしてしまった。


「なんですの――なにか、文句でも?」

「あぁ、いや……」


 そう考えていたところに、そう言われたもんだから。

 俺はついつい、要らない言葉を口にしてしまった。あまりにも平然に――。


「『小さい』のに、大人びてるなぁ……って」――と。


 すると、少女の肩がピクリと動いた。

 そしてこめかみがヒクヒク。

 口角が吊り上った。


「ほう、わたくしが『小さい』ですか……」

「あ……」


 俺は背筋が凍るのを感じ、固まった。

 その直後である。



「――ふんっ!!」

「あだぁっ!?」



 少女がヒールで、俺の足の甲を思い切り踏みつけてきたのは。

 肉が潰れる感覚に、骨が折れる音がした。


「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」


 本日二度目。

 俺は痛みによってのた打ち回った。

 そんな俺を見下ろして、少女は一言こう口にする。


「――愚民が」


 そして、どこかへ行ってしまう。

 俺はしばし、人目をはばからずにもがき苦しむことになるのだった。



◆◇◆



「おぉ、きたな。待っていた――なぜ松葉杖を?」

「あー、うん。そう思うよな、普通……」


 館のように広いアスタロッテの家に到着し、使用人の一人に声をかけた結果。俺は頭部と足に包帯を巻かれて、彼女の執務室に通された。部屋に入ると、最初は満面の笑みで迎えたアスタロッテであったが、すぐに眉をひそめる。

 だが、とりあえず部屋の中央にあるソファーに腰かけるよう促してくる。

 俺はへこへことしながら、どうにかそこに着席した。


「色々と面倒なことがありそうだからな。訊かないでおこう」

「うん、まぁ。説明も難しいから、そうしてくれると助かる」


 そして、対面に座ったアスタロッテはそう言う。

 頷いてそれを肯定する俺。


「さて、そうなると。もう一人の到着を待つだけになるな」

「もう一人……?」


 大きくため息をつこうとしたタイミング。

 唐突に騎士団長は、そう口にした。こちらが首を傾げると、


「あぁ、そうだ。騎士団に入ると二人一組で行動することになる。キミには私の妹分であるエリン・リーフラワーとペアになってもらおうと思ったのだが……」


 そう、簡単に説明してくれた。

 なるほど。つまりは相方ということか。

 その他にも色々とあるらしいが、今日は初めてということで割愛された。


「それにしても、妹分……。どんな子なんだ?」

「礼儀正しく、優秀な子だよ。実力は私が保証しよう」

「ふむふむ。仲良くできたらいいけどな……」


 とりあえず、そんな雑談。

 しかしなんでだろうか、嫌な予感がしてしまうのは……。


「それで、これからなんだけど――」

「遅くなり申し訳ございません。エリン、ただいま到着致しましたわ」


 それを振り払おうとした、その時だった。

 出入口のドアの向こう側から、なにやら聞き覚えのある声がしたのは。


「あぁ、来たようだな。入っていいぞ、エリン」

「失礼いたします、お姉さま」


 ゆっくりと開かれる扉。

 そして、そこから現れた女の子はある意味想像通りで。



「あ、お前は……!」

「あ、貴方は……!」



 互いに声を上げる。

 エリン・リーフラワー、アスタロッテの妹分という少女。


 それは、先ほど街中で遭遇した少女に他ならなかった……。


 

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