第85話 団三郎かく語りき


「昨今、人の想いによって神の座に封ずられる妖怪達が増えておる。

 そういった例は過去にも無かったことではないがまことに稀有なことであり、昨今の数の多さはまさに異常と言って良いだろうて。

 では何故そうなっておるのか……その原因はそれ程に人の世が繁栄してしまったということにあるのじゃ」


 善右衛門達のことをじっと見やりながらの団三郎狸の話に、善右衛門、けぇ子、こまの三人は静かに聞き入り、真剣な視線を返す。


「太平の世が訪れ、人の数が増え、文化が花開き、豊かな世を謳歌して。

 その繁栄振りは過去に例が無い程のもので……そうして人はそれ程までの力を得てしまっておるのじゃ。

 お主達のような若い衆に言ってもあまり実感はないじゃろうが、昨今の繁栄ぶりは驚愕するに値するものであり、そしてこの流れは世界……海の向こうでは特に顕著となっておる。

 ……そしてその果てに、海の向こうでは繁栄しすぎた人の世が……我らの世界を、妖怪妖精の住まう世界を侵食してしまっておるのじゃ」


 団三郎曰く、海の向こうで始まった大量に物を作り、大量に物を消費し、そうすることで大勢の人を養うという全く新しい繁栄の流れが生まれつつあり……その勢いは凄まじく、最早止められるようなものではないそうだ。


 その流れはいずれこの国にも様々な影響を及ぼすようになり、そしてこの国も、日の本も、そういった手法でもっての繁栄をし、人の世を……人だけの世を作り出すに違いないと、団三郎は断言する。


「人は容易に妖怪を神にするような力を持ちつつあり……そしてその力は妖怪全てを呑み込んでしまうことじゃろう。

 呑み込んで支配するか、殲滅するか……海の向こうでは殲滅が進んでいるというし、日の本もいずれはそうなるのじゃろうのう」


 『そんなまさか』と善右衛門とけぇ子とこまが息を呑む。


 いくら人の世が発展したからといって、そんなことがあり得るのだろうか。

 誰あろう人である善右衛門はそう思い、そして同時にそこまで人が発展出来るものだろうかと、懐疑的な視線を団三郎へと向ける。


「ま、お主達がそう思うのは仕方ない……が、先にも言ったじゃろう、この流れは止められるものではないと……既に始まってしまっているものじゃと。

 遥か遠くの島国で発生したその大波はいずれ……何年後か、何十年後か、何百年語かは分からんが確実にこの国を呑み込むことじゃろう」


 そう言って一旦言葉を止めた団三郎は、けぇ子とこまだけに視線を移し……そうして二人に語りかける。


「……ではそうなった時、妖怪達はどうすべきなのか、どんな道を選ぶべきなのか。

 儂のように神の座に至るというのも一つの手じゃろうな。

 神の座であればいくら人が力を持ったとしても、その力が及ぶことはないからの。

 とはいえ全ての妖怪がそうできる訳ではないのう、大多数が神の座に至れずに妖怪であり続けることじゃろう。

 ……ではそのまま殲滅されるのを待つだけなのか。

 ……否、殲滅されるくらいならいっそのこと、人の世の中に入り込んでしまうのも一つの手じゃろうな」


 その言葉に暗く、重い表情をしていたけぇ子とこまは、きょとんとした表情となる。

 言っていることは理解できているか、何を言おうとしているのかが分からない。


 そんな表情で見つめ返して来る二人に対し、団三郎はにっこりと微笑んで言葉を続ける。


「妖怪変化、人に化けることのできる妖怪達は、人への配慮でそうやって耳と尻尾を生やしておるが……やろうと思えばそれらをしまいこみ、人そっくりに化けることが出来る。

 であれば……殲滅されるくらいならば、人の世の中に人として溶け込んでしまえばよいとは思わんか?

 そうやって一緒に暮らしていれば、殲滅されることはないじゃろうし……場合によっては契りを結び、子を成すこともあるじゃろう。

 人の世の中に妖怪の血を残し、人と共に生きてゆく。

 これは中々、悪くない案じゃと儂は思うておる」


 その言葉に善右衛門は「馬鹿なことを」と苦い顔をし、けぇ子とこまはぱぁっと明るく煌めく笑顔となる。


「そんな折、江戸のお奉行様であった暖才善右衛門が人と妖怪が一緒に住まう町を作り出してくれた。

 神々を助け、神々の御力を借りて、その身に宿して、古よりこの地にこびりついておった大悪妖怪まで倒してくれた。

 これは決して偶然などでは無いじゃろう。

 必然であり、最高最良の契機であり……ここから、この町から新たな妖怪の時代が始まるのじゃ。

 そういう訳でけぇ子、こま。新たな時代の先駆けとなるよう励むのじゃぞ。

 お主らが人と契を交わすこと、子を成すこと、この二ッ岩団三郎の名においてそれを許そう。

 ……そして暖才善右衛門殿、お主にはこの妖怪の人の町を治める、妖怪達の新たな時代を見守り支える『妖人町奉行』の称号を下賜してやろうじゃぁないか。

 あーあー、嫌そうな顔をするな! 苦虫を噛み潰したような顔をするな!

 末端とはいえ神からの称号の下賜じゃ、平伏まではせんでいいが、せめて感謝して受け取れい!!」


 そう言って団三郎は、凄まじい勢いでもってぴょんと飛び跳ねる。

 飛び跳ね、善右衛門の眼前へと迫り、その手でもってぺしんと善右衛門の額を叩く。


 すると善右衛門の額に妖人町奉行との文字が浮かびあがり……その文字が光りながら、溶けるようにして善右衛門の内側へと染み込んでいく。


 善右衛門が一体何をしてくれたと驚愕し、今にも団三郎へと襲いかからんといきりたつ中、団三郎は飛び跳ね、空中でくるりと宙返りをし……そのままぼふんとの煙を残して跡形もなく消え去ってしまうのだった。

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