第84話 団三郎狸
署名の確認をし終えて、さて中を確認してみるかと手を伸ばした折、善右衛門の内心に猛烈な嫌な予感が走る。
目の前のそれが手紙のようなそれが、手紙ではない何かのように思えて……伸ばした手をはたと止めた善右衛門はこの場での開封を止めて、屋敷へと足を向ける。
つい先程に逃げ出したことを思えば屋敷に戻るのは得策ではなかったが……この得体のしれない手紙に対処するためには、けぇ子とこまの力と知識が必要だと判断し……多少の小言を覚悟しながら屋敷へと向かう善右衛門。
そうして屋敷の、庭へと善右衛門が戻ると、その場で愚痴りあっていたけぇ子とこまは物凄い顔をする……が、善右衛門の手の中にあるそれを見るなり態度を改め、同時に善右衛門がこの場に戻って来た理由を察したのか、ごくりと生唾を飲み込む。
「ぜ、善右衛門様、そのお手紙は一体……?」
「じ、尋常ならざるお力を感じるのですが……一体そちらは何者からの文なのですか?」
けぇ子、こまの順でのその言葉に、善右衛門はこくりと頷いて……署名のある方を二人に見せてやる。
するとまずけぇ子が息を呑んで戦慄し、続いてこまがびくりとその身を震わせて……そうして二人同時にいやだいやだと顔を左右に振ってその手紙を開けてくれるなと、そう訴えてくる。
二人を頼りにしてここまで来たが、どうやら頼りになってはくれないようで……大きなため息を吐き出した善右衛門は、仕方ないかと自らの手での開封を決めて……けぇ子とこまがやまてくれと激しく首を左右に振る中、
「相手が神であるかもしれぬことを思えば、目を通さないわけにもいかないだろう。
いざとなれば八房もいることだし……覚悟を決めろ」
と、そう言ってから八房の方を一瞥し、八房が余裕の態度を……丸くなって大あくびを上げているというそんな態度を取っているのを確認してから、手紙を一気に開く。
瞬間、ぼふりと音がなり、白煙が善右衛門の手を包む。
それはまるで手紙が燃えでもしたか、爆発でもしたかといった有様で……白煙が風によって流れると、つい先程まで手の中にあった手紙の姿は綺麗さっぱりと消え失せていて……善右衛門の足元に、小さな、子狸のような大きさの、白鬚を生やし金糸着物を身に纏う老齢狸の姿がある。
それを見るなりけぇ子とこまは、大慌てで居住まいを正し、縁側に正座し、手と頭を床についての礼をして……それを見た善右衛門は、その狸が署名通りの者であると確信する。
佐渡島に居るという神狸。
九尾の狐まであと一歩、八尾まで至ったという団三郎狸。
まさか本人が手紙に化けていたとはと、小さな驚きを善右衛門が抱く中、団三郎狸が、しわがれた声を吐き出す。
「分霊じゃでな、本体ではねぇ。
話が話だけに、文字だけでは書ききれんでな、こうして足を運ばさせて貰った。
分霊相手にそうまでかしこまる必要はねぇ、頭を上げい。
……さて、暖才善右衛門殿、長い話となるために、何処か落ち着ける場所へ案内してくれんかね」
まずはけぇ子達に向かって言葉をかけて、それからくるりと踵を返し、善右衛門を見上げながらそう言ってくる団三郎狸。
善右衛門は色々と思うところがありつつも、こくりと頷いて……客人を迎える時のような丁寧な態度で団三郎を客間へといざなう。
そうして場を整え、けぇ子達に茶などの準備をして貰って……上座に団三郎狸、善右衛門、けぇ子、こま、八房が下座に座る形で、団三郎の言葉を待つ。
柿の葉茶が入った茶碗を小さな手で持ち上げ、ゆっくりとすすり……そうしてから団三郎狸が口を開く。
「……まずは礼の言葉からじゃな。
暖才善右衛門殿とその一党よ、よくぞ九尾を誅してくれた。
おかげで我ら獣神の面目は立ち、立場が悪くなることもなくなった。
もしあれが好き勝手に暴れてくれようもんなら、我らへの風当たりは強くなり、神格を失っていたかもしれんでな、感謝してもしきれんよ。
その後の処理としても、神に頼り神に預けてくれたのがまた良かった。
あの厠神様が処理したとなれば、他のどの神も……厠神様にその任を押し付けた全ての神は何の文句も言えんで……一番の解決方法じゃと言える。
……本当に助かったでな、ありがとうよ」
そう言ってこくりと頭を下げる団三郎に、けぇ子とこまが慌てて平伏し……善右衛門も頭を深く下げて礼を返す。
すると団三郎はにっこりとした微笑みを浮かべて、そうしてからこほんと咳払いをし……、
「さて、ここからが本題じゃで。
これからの妖怪と人の在り方とこの町の在り方について……そんな話をさせて貰うとしようかの」
と、そう言って、じっと善右衛門達のことを見つめてくるのだった。
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