秋
第61話 けぇ子とこまの厠端会議
殺生石を砕いたあの日から一週間が過ぎた。
あの日から特にこれといった事件も無く、騒ぎの中心にいた遊教が刀探しの為に出かけたのもあって宿場町には静かで平和な日々が訪れていた。
夏の日差しがやわらぎ、山の木々が色を持ち始めて、爽やかな風が吹くようになり、そんな夏の終りの日々。
そしてそんな日々の中で善右衛門は、いつもの日課と、遊教相手に苦戦したことを反省しての多めの鍛錬と、九尾の狐の件に関する調査に時間を費やす日々を送っていた。
調査と言って殺生石のあったあの場所に向かい、何らかの痕跡は残っていないか、あるいは何か新たな事件でも起きないかと彷徨くだけのもので……これといって何かをしていた訳でも、何らかの成果を得ていた訳でもないのだが、それでも善右衛門はじっとしていることができず、八房を連れて毎日毎日、あの場所へと足を運んでいたのだった。
「まぁ~、八房ちゃんは毎日毎日善右衛門様と散歩にいけるからとご機嫌なんですけどね~」
厠神の住まう厠の側に立ち、頬にそっと手を当てながらそんな言葉を漏らすけぇ子。
「……あの一帯は瘴気に汚染されてしまっていますから、八房様が足を運んでくださるのはありがたいことですよ。
そうすることで徐々に浄化されていくことでしょうし」
少しずつ伸び始めた自らの髪に触れながらそんな言葉を漏らすこま。
けぇ子とこまはそんな日々の中で、善右衛門達が出かけたと見るやこんな風に、二人揃っての井戸端会議ならぬ、厠端会議に花を咲かせていたのだ。
「そ~なんですよね~、瘴気が残っちゃってるんですよね~、あそこ。
そのせいで一緒に行きたいと思っても、行けないんですから嫌になっちゃいますよね~」
「あなたはまだ良い方ではないですか、一緒のお屋敷に住んでいるのですから……色々良い機会にも恵まれているのでしょうし」
「んん~~、それがですねー、善右衛門様は中々距離を詰めさせてくれないんですよねぇ。
一緒にお食事もしますし、一緒に湯殿にも入っているんですが、それ以上は駄目っていうか、触れ合ったことなんてまずありませんし……」
「嫌われている……という訳でも無いのですよね?」
「そーなんですよ! むしろ善右衛門様は気遣ってくれているつもりのようなんですよ!
自分は三行半(離縁状)を突きつけられたような男だから、嫁入り前の女とは距離を取った方が良いだろうという、そんな気遣いのつもりらしいんですよ!」
「獣扱いでもなく妖怪扱いでもなく、そういう扱いをしてくれること、それ自体は喜ばしいのですが……なるほど、そう来ましたか」
「そーなんですよ!! 離縁した奥さんとは善右衛門様が忙しすぎたこともあって、子供も作れていなかったみたいで……それで善右衛門様はご自分のことを、旦那失格男失格と考えちゃってるみたいなんですよー」
「それはまた……。
お奉行様というお仕事は、善右衛門様にとってお心の負担となっていたようですし、そのことも影響していたのでしょうが……」
「私達は人じゃぁないんですから、そういう気遣いとかはいらないんですけどねぇ。
というかもー、一緒に湯殿に入っておいて、今更何を! とも思うんですよ!
いえ、たしかに湯殿には獣の姿で入っていますから、別の話だというのも分かるんですけどね!!」
「……その件に関してはあなたの失策でしょう。
わたくしはしっかりと人の姿で入ろうとしましたが、あなたが獣姿で入っているから……」
「ま、まだあの時は、そこまでのことまで頭が回っていなかったんですよ!
色々と、色々とありすぎた後のことでしたから……!」
三人集まるまでもなくかしましく、そんな会話を続けるけぇ子とこま。
その話を聞いているのかいないのか、たくさんの供え物がされた厠の扉がかたかたと揺れて……その後に強い風が山から吹き下ろされてくる。
山の香りをたっぷりと含んだその風を浴びたけぇ子とこまは、つんと上げた鼻をひくひくと動かし、その香りをめいっぱいに吸い込み……存分に味わう。
「ああ、柿の良い香りが……そろそろ秋ですねぇ」
「……秋になって冬になって、春になれば恋の季節。
それまでには、どうにか一歩二歩前に進みたいものですね」
そんなこまの言葉に頷いたけぇ子は、急にぱたりと動きを止めて、鼻をひくりと動かし、耳をぴくりと動かし……そうして何かに気付いてそそくさと屋敷の方へと足を進める。
その様子をみたこまは、自分も一つ挨拶をしておくかと、山から帰って来たらしい善右衛門の下へと足を進めるのだった。
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