第58話 岩と対峙して
あれからいくらかの時間が過ぎて、八房による浄化が無事に終わって……そうして善右衛門は八房と共に、遊教を発見したあの場所へと向かって足を進めていた。
浄化の途中、権太達から話を聞いたけぇ子達が神社まで駆けつけてくれたが、瘴気に呑み込まれてしまう可能性の高いけぇ子達をあの岩の下へと連れていく訳にもいかず、頼りとするのは握りしめた錫杖と、神気を纏う八房だけとなる。
以前に見た欠片とは全く違う、誰かが組み上げでもしたのか大きな岩となっていた殺生石。
あれを前にして果たして善右衛門が耐えられるのか、まだまだ未熟な八房の神気でどうにか出来るのかは全くの未知数であったが、だとしても瘴気を振りまくそれを放置などしておけぬと、一切の躊躇なく森の奥へ、山の奥へと足を進め続ける善右衛門。
そうして遊教が暴れまわったことにより出来たと思われる痕跡の残る一帯へとたどり着くと……善右衛門の腰ほどの高さの大きな岩が、鎮座している姿が善右衛門の視界に入り込んでくる。
「……うん? 少し縮んだ……か?」
その岩を見るなり、そんなことを呟く善右衛門。
つい先程、暴れる善右衛門の側で鎮座していた時は、もう少しばかり大きい、見るからに岩らしい岩だったような気がするのだが……と、首を傾げつつも、
「あの時は遊教の姿にばかり目を向けていたからな、勘違い……か」
と、一人で納得して、錫杖を両手でしっかりと握って構え……錫杖の先端をぐいと岩の方へと向けて、その飾りをしゃんと鳴らす。
あの大きさの岩を、階段の下にある『あの便所』までえっちらおっちら運ぶというのは、瘴気の件がなかったとしても、そう簡単に出来ることではない。
以前こまに聞いた話によれば、砕かれたことによりその力を失ったという話であったし、そういうことならば砕いてしまって、持ち運びやすくしてからあの便所まで持っていけば良いのではないか。
そんな考えでもってここまでやってきた善右衛門は、瘴気に呑まれぬようにと心を強く持ち、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出しながら気持ちを整えて、じりじりとその岩へと近付いていって……間合いの内に岩を捉える。
「確か遊教は殺生石に触れたその時に、女を見たとか言っていたな……」
誰に向けているのか、そんなことを呟いた善右衛門は、ならば触れなければ良いのだろうと錫杖を振り上げて、精一杯の力を両腕に込める。
「ひゃわわん!」
善右衛門の足元で、善右衛門の脚へとその身を寄せながら、一吠えする八房。
それはまるで『やってしまえ!』とそう言っているかのようで、その声に背中を押された善右衛門は、全力での一撃をその岩へと叩き込む。
瞬間―――それは岩の上げた悲鳴なのか、錫杖の上げた悲鳴なのか、凄まじい音が周囲に響き渡る。
その音を受けてなんとも煩そうに表情を歪めた善右衛門は……傷一つ、ひび一つ入っていない岩を見るなりすぐさまに錫杖を振り上げて、ならばより一層の力を込めてやろう、何度でも殴りつけてやろうと、そんなことを強く思いながら錫杖を持つ両腕に力を込め始める。
それから二度三度、四度五度と殴る善右衛門と、その度に「ひゃわん! ひゃわん!」と声を上げる八房。
そうやって善右衛門がひたすらに岩を殴り続けていると、岩の周囲の空気がぐにゃりと歪み、岩の中から何かが……湯気のような何かが滲み出てくる。
その湯気は、善右衛門の方へと近付いてこようとするも、
「ひゃわん!!」
と、八房に強く吠えられたことで怯んだように蠢き……善右衛門へと近付くのを諦めて、その場で蠢き続けることで形を成し、人の姿にも見える、女の姿にも見えるもやのような何かを作り出す。
それはまず服をはだけさせて、色気を放って善右衛門を誘惑しようとする。
が、善右衛門は気にした様子もなく錫杖を振るい続ける。
次にそれは泣き真似をして善右衛門の同情を引こうとする。
が、善右衛門は全く意に介さず錫杖を振るい続ける。
ならばとそれは、もやの中から金銀財宝を作り出し、それを差し出して善右衛門を買収しようとする。
すると善右衛門は馬鹿にしているのかと静かに怒り、一層の力を込めるようになる。
色気も泣き真似も金銀財宝も、その全てがぼやりとしていてあやふやで……遊教は一体これの何処が良かったのだと、呆れるやら情けなくなるやらで、善右衛門はもはや言葉を発する気にもなれず、ただただ無言で錫杖を振るい続ける。
そうして……もうどのくらいの時間錫杖を振るい続けているのか、もう何度岩を殴ったのか、分からなくなってしまった頃に、
びしり。
との悲鳴が岩の中から聞こえて来て、岩の表面に一本の筋が入り込む。
そのひびを見て取った善右衛門は、錫杖を振るう手を止めて一旦休み、乱れた呼吸を整えて……そうしてから再び錫杖を振り上げて、残った力のすべてを込めた一撃をそのひびへと叩き込むのだった。
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