第49話 鬼祓い
伝説に語られるあの『鬼』が実在し、これまでの日の本の歴史に深く関わっていたとの話をけぇ子から聞かされて……その話については深く考えないことに決めた善右衛門は、ぎこちない笑みを浮かべながら投げやりな半分な言葉を吐き出す。
「しかし鬼祓いか。
遊教め、柊や南天をそこいらに植えて回っているのではあるまいな」
昔から伝わる鬼除けと言えば、柊と南天を庭に植えて、イワシの頭を玄関に飾り、鬼は外と声を上げながら大豆をそこいらに撒くのが定番中の定番。
しかしそんなことをしたところで、先程けぇ子から聞かされた『鬼』という存在に効果があったとはとても思えない。
そんなことを考えての一言だったのだが、けぇ子はそんな善右衛門の言葉に対し、意外な反応を示す。
「はい、善右衛門様のお言葉の通り、町の要所要所に柊の挿し木をしているみたいですね。
南天は秋にならないと実をつけないので、そちらについては秋に行うようです」
まさか本当にそうしているとは思ってもいなかった善右衛門は、けぇ子の言葉に驚愕の表情を浮かべてしまう。
その暴虐さから人と動物の脅威となった上に、歴史の大人物達と激しい戦いを繰り広げたという、それ程の存在だというのに柊と南天に祓われてしまう鬼とは一体どんな存在なのか。
善右衛門がそんなことを考えていると、けぇ子がてんてんと手を叩いて音頭を取りながら歌を口ずさみ始める。
「北東ひいらぎ、南西なんてん、植えて鬼門封じたなぁら。
匂い立つ鰯をたかぁくかざし、よく効く鬼鼻、潰してしまえ。
仕上げに魔ぁ目で鬼目を潰したなぁら、後は刀で串刺しだ」
なんとも軽い明るい調子でとんでもない歌詞を口にするけぇ子。
そんなけぇ子を善右衛門がなんとも言えない顔でじっと見つめていると、見つめられたからなのか、歌を聞かれたからなのか、その頬を朱に染めたけぇ子が慌てた様子で声を上げる。
「こ、これはですね!
昔から私達に伝わっている鬼祓い歌なんですよ!
効果的な鬼祓いの方法を歌の形で伝えつつ、物騒な歌を周囲に響かせることで鬼を恐怖させて追い払うとか、なんとか。
柊と南天で鬼の力を封じ、鰯……じゃなくても良いんですけど、兎に角きつい匂いのするもので鬼の鼻を封じて、邪気を祓う大豆でもって鬼の急所でもある目を潰し、そうしてからトドメを刺す、という感じですね。
柊や南天はそこにあるだけで効果を発揮してくれるので、たくさんあるとそれだけで安心出来ますね」
けぇ子の顔から視線を逸らし、天井を見上げながらけぇ子のそんな言葉の意味、一つ一つを噛み砕き飲み込んだ善右衛門は……朝餉の膳へと視線を下ろす。
「大豆が邪気を祓うとのことだが……そうすると大豆から作った味噌や豆腐、納豆なんかもその力があるのか?」
「はい、ございますよ!
そのおかげでお味噌汁やお豆腐、お納豆をよく食べる方は健康になり長寿になるんですよ。
私達のような、人に寄り添い、神になりたいと願う妖怪変化達も自らが邪気を纏わないように積極的に食べるようにしています。
逆に虫やお魚、お肉を食べ過ぎたりとかは、お酒を飲みすぎるのは邪気を溜め込んじゃうので良くないです。
程々なら力を得られるので良いんですけど……特にお酒が過ぎるのはよろしくないですねー」
「……酒は邪気を祓うとかで、神事などでも使うものでは無かったか……?」
「神様が口にしたり、土地に撒いたりするのは全然良いんですけど……人が飲みすぎるのは良くないですね。
程々なら神様を近くに感じることが出来るので、悪いことばかりでは無いですけどね」
まさか鬼の話からこんな話に繋がるとは、ひょうたんから駒が出たなと驚く善右衛門。
そうして善右衛門は膳の中にあった味噌汁をじっと睨み……椀を持ち上げてがぶりとその中身を飲み干す。
「……これで邪気が祓えた、のか?
全く実感がないというか……ただ美味いだけだがなぁ」
そんな善右衛門の行動と言葉を受けて、うふふと小さく笑ったけぇ子は、なんとも楽しそうにしながら言葉を返す。
「それはそうですよ。
元々善右衛門様は邪気が薄い上に、最近は八房ちゃんと遊んだりしているのですから、邪気が溜まるはずがありません。
むしろ最近……というか、例の八房ちゃんが力を開放した一件があってからは、わずかながら神気をまとっていらっしゃるようですし……邪気とはすっかりと縁遠くなられたかと思います」
けぇ子にそんなことを言われてしまって、少しの間硬直した善右衛門は、恐る恐るといった様子で口を開く。
「……その神気とやらを纏ってしまった人間はどうなるのだ?
まさか神仏の類に化けることになるのか?」
「いえいえいえいえ、まさかまさかそんなそんな!
ちょっと神気を纏ったくらいでそんなことになっていたら、神職の方々は大変なことになっちゃいますよ!
善右衛門様程度の神気ならー……ほとんどこれといった影響はないと思いますし、あるとしたらそれこそ邪気を纏った存在を前にした時とかに、その神気でもって対抗できるとか、その程度じゃぁないですかね?」
そう言ってからからと笑い声を上げるけぇ子。
そんなけぇ子を見つめながら善右衛門は、どうやらまだまだ自分は人間でいられるようだと、安堵のため息を吐き出すのだった。
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