第47話 遊教と沙汰 その2
「それの刑罰の騒動があったから善右衛門様と遊教さんは仲良くなったと、そういう事なんですか?」
昔を思い出して小さく笑っていた善右衛門は、けぇ子のそんな言葉を受けてその首を左右に振りながら言葉を返す。
「……いや、あれと交流を持つようになったのは沙汰の後のことがきっかけだ。
敲き刑を受け終えて堂々たる宣言をし終えた遊教だったのだが、その後すぐに刑場となった牢屋敷の奥……町民の目の届かぬ所までへと駆け込んで来たと思ったら、そのままそこでぶっ倒れてしまってな。
御仏の加護というやせ我慢もそこが限界だったようだ」
背中全体の皮が破れ、肉が裂け、血まみれとなって真っ赤に腫れ上がり……それはもう見るも無残な姿だったと重い声で唸るようにつぶやいた善右衛門は、少しの間を置いてから言葉を続ける。
「すぐに牢屋敷雇いの医者に診せた所、死にはしないが数日間の治療と静養をする必要があるとのことだった。
静養、となれば家に帰してやるのが一番なのだが……こちらとしても遊教としても、そうするのは些か以上に拙いことになってしまう可能性があった。
誰かに今の遊教の姿を見られてしまったら……こちらとしてはお上からのお達し以上の罰を下してしまったと知られてしまい、遊教としては仏の加護云々が嘘だったと知られてしまう事になる。
それは困る。かといって人の出入りが多い牢屋敷に置いておく訳にもいかない。
……という訳しばしの間、牢屋敷の近くにあった、余人が立ち入ることの無い奉行屋敷にて遊教を匿い、静養して貰うことになったのだ」
奉行屋敷の一室に遊教の為の寝床を作ってやり、そこで治療を受けさせ、飲食などの世話をしてやり……それが二十日程続き、その二十日の間で善右衛門と遊教は様々な言葉を交わすことになったのだと善右衛門。
「なるほどー。
その二十日間でお二人は仲良くなったのですね」
その説明を受けて何度も頷きながらそう言うけぇ子を見て、善右衛門は自嘲するかのような笑みを浮かべて、鼻を鳴らし鼻で笑う。
「確かに。あの時があれと一番仲の良かった時期だろうな。
刑を受けての態度、その後に語った言葉に理想論、その全てに感心して……一時期はあれを尊敬してしまってもいた。
だがその後すぐに俺は、あの遊教という男の本性を知ることになってな……そこからの俺達の関係は……果たして仲が良いと言って良いのやら、なんとも言い難いものとなったな」
「えぇっと……一体何があったのですか?」
何処までも自嘲的な善右衛門に対しけぇ子がそんな問いを投げかけると、善右衛門は再び小さく笑ってから、それからの話をし始める。
「治療が済んで怪我が治り、それなりの傷跡が残りはしたもののこれ以上の静養はいらないだろうとなって、奉行屋敷を出ていった遊教は『仏に感謝しての二十日間の荒行を行っていた』とかなんとか、そんなことを触れ回りながら町へと戻っていった。
……刑罰を受けた遊教と、その後関係者がどうなったかの話は既に町中に知れ渡っており、町中の全てがそんな遊教を歓迎し……そうしてあの男をもてはやし始めてしまったのだ。
もてはやされた遊教は有頂天となり、それはもう存分に、好き勝手に振る舞うようになり、遊びまわるようになり……そうして遊教は再び俺の前に、町奉行、暖才善右衛門の前に座すこととなったのだ」
「……ま、また誰かを殴ってしまったのですか?」
「いや、違う。
二度目の時の遊教は加害者では無く被害者だったからな。
……まぁ、被害者といってもまぁ、完全な被害者では無いというか、同情する価値の無い被害者というか、加害者同然の被害者というか、そんな形だったがな」
「えぇっと、それは、どういう……?」
勿体ぶった言い回しをする善右衛門に、けぇ子が恐る恐るそう言うと、善右衛門はなんとも言えない……笑顔とも苦い顔とも取れない表情をし、そうしてから言葉を返す。
「あの男……有頂天となってしまった遊教は、十二人の女子にのべつ幕無しに手を出し……何日間か遊び倒した挙げ句に自分は僧であるから祝言は挙げられぬ、これは遊びの関係であったとそう言い放ったのだ。
十二人はその言葉に大層驚き、一緒になりたい、責任を取ってくれと騒ぎ始めたのだが、そこで自分と同じような被害者が他にも居ると知ることになった。
遊教の愛は自分だけのものと思い込んでいた女子達はそれを受けて激憤、共謀し十二人がかりで遊教に襲いかかったんだ。
そのうちの一人が包丁を持ち出していて、それがあの男の腹にざくりと刺さり、そうして奉行預かりの事件となった……と、そういう訳だ。
いやはや全く……あの時の白洲の場のかしましさといったら……他に例を見ない、それはもう酷いものだったのを今でも覚えている」
なんとも言えない表情の善右衛門が語る、そんななんとも言えない話を受けて、けぇ子もまたなんとも言えない表情となる。
そうしてその話を噛み砕き、飲み込んで、どうにか理解したけぇ子は、
「あぁー……あの方、そういう方なんですねぇー……」
と、呆れ混じりの、今までに善右衛門が聞いたことの無いような重い声を吐き出すのだった。
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