第45話 新たな、おかしな町人
「だっはっはっは!
あの善右衛門が蹴りをくれるたぁなぁ!
まるで別人じゃねぇか! 憑き物でも落ちたか? えぇ?」
善右衛門に蹴倒され、道に寝転がり大の字になっていた遊教がそんな声を上げる。
そうしてそのまましばらくの間、夏の空を……太陽を見つめていた遊教は、がばりと体を起こし、大きな笑顔を作って大きく吼える。
「決めた! 決めたぞ! 善右衛門!
拙僧もこの町に住むことに決めた!
こんな面白おかしい町を前にして住まない方がどうかしてるってもんだ!」
そう言って大きく笑う遊教に善右衛門は呆れ半分の声を返す。
「……なんだ、江戸で大層な借金でもこさえたか?
それとも何処ぞの女房に手を出してお江戸にいられなくなったのか?」
「んな訳あるかぁ!?
……そ、そりゃぁ旅費の為にちったぁ借金はあったが、そんな下らねぇ理由じゃぁなくてちゃんとした理由があるんだよ!
良いか? まずひとつ目の理由は殺生石だ。お前が破片を始末して九尾の狐の復活が無くなったは良いが、まだまだ殺生石そのものは何処かに残っている。
残った殺生石を使えば九尾とまではいかないまでも、六尾、七尾の妖怪が生まれるかもしれねぇ。
そこで拙僧が殺生石の捜索と対策をやってやろうって訳だ」
指を一本立ててそう言う遊教に善右衛門は胡乱げな視線を浴びせかける。
「そしてふたつ目の理由は、こちらのおいぬ様……八房様だ。
今この町には神職が居ねぇんだろ? お祀りも何もかもが不十分で、このまんまじゃぁいけねぇよ。
神職では無いとは言え、神仏習合って目でみりゃぁ拙僧もまぁそれなりのモンなんでな。
それなりの祭祀とそれなりの知識、礼法を弁えた、この拙僧が八房様をお祀りして、八房様の神力の回復の一助となって……って、おい! 善右衛門! またかその顔か! その胡乱げな顔を止めろ!
拙僧に恋女房が出来るかもしれねぇと、話してやったあの時より酷ぇ顔をしてやがるぞ! てめぇ!」
二本目の指を立ててそう言った遊教は、言葉の途中で善右衛門の表情がどんどんと胡乱げになっていることに気付き、怒りも顕に大声を張り上げる。
そんな遊教の大声に対し鼻で笑って返した善右衛門は、
「……話はそれで終わりか?」
と、冷淡な声を返す。
そんな声を受けて苦い笑顔を作った遊教は、その笑顔を酷く歪めて、歪めた笑顔を善右衛門へと向けて、三本目の指を立ててから言葉を返す。
「みっつ目の理由なんてな、そりゃぁもう言うまでも無いだろう?
この面白おかしい町で、面白おかしく生きる友人を拝む為だよ。
お江戸の毒が抜けたか、憑き物が落ちたか、まったく小奇麗な顔をしやがってよぉ。
これから先、お前がどんな面白おかしい事をしでかしてくれるのかと思ったら、此処に住まずにはいられねぇってもんだ」
全くもって酷いとしか言い様がない、そんな理由を立てられてしまった善右衛門は、胡乱げな顔を渋い顔へと変えて遊教に尖った言葉を投げかける。
「……そんなことを言われて、俺が素直に許可を出すと思ったのか?」
「だっはっはっは! 甘い、甘いな! 善右衛門!
お前の許可が無くたってぇ、拙僧はかまう事無くここに住んじまうぞ?
空き家が一杯、隠れ家が一杯、なんであれば件の神社で寝泊まりしたって良いし、そこらの洞穴で寝泊まりしたって良い。
この拙僧が一度こうと決めた事を曲げる訳がねぇだろうがよ。
……それと、あれだ。さっきも言ったが九尾の狐に関しては日の本中が関心を集めているんだよ。
ここは一つ拙僧を抱え込んでだな、拙僧に上手く殺生石を処理させて、そんでもって頭のお硬い面倒で余計な連中が此処に来ないようにするってのもありなんじゃねぇかと、拙僧はそう思うぜ?
面倒な連中に此処のことを知られちまったら面倒なことになることは請け合いだ。
そうならねぇ為にも、頭が柔らかくて融通がきいて、お前の友人でもある拙僧に頼るのが一番だと拙僧は思うねぇ?」
くいと顎を煽り、首をひねってそう言う遊教に、善右衛門は何も言い返せなくなって黙り込む。
善右衛門のその様子を見て『了承』の意思を受け取った遊教は、大きく笑い「それで良いそれで良い」と何度も頷く。
そうして善右衛門と遊教の話が一段落した折、
「善右衛門様! 変なお客さんが来たとのことですが、大丈夫ですかー! ご無事ですかー!」
と、遊教の来訪を聞きつけたけぇ子が、その髪を着物を乱しながら善右衛門達の下へと、とととっと駆けてくる。
そしてそんなけぇ子の姿を見た遊教は、くわりと両目を見開き、その坊主頭に青筋を立てて、両手の平を天へと向けて、わなわなと震わせて大声を張り上げる。
「てめぇ! 善右衛門!!
美人に可愛いに、狐に狸に、両手に花かよ!?
滅茶苦茶に可愛いじゃねぇか、出鱈目に可愛いじゃねぇかよ、えぇ!?
こんにゃろうてめぇ、てめぇこんにゃろう!!
拙僧にどっちかを、分けるべきだと―――」
と、遊教がそこまで言葉を吐き出した所で、再び善右衛門の草履が遊教の顔へとぶち当たる。
そうして遊教を蹴倒した善右衛門は、けぇ子とこまと、八房に向かって「帰るぞ」と一言だけを口にして……そうして倒れた遊教をそのままに屋敷へと帰っていくのだった。
―――第九章 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます