第5話 最低の審判
ぼくは相変わらず10万字小説のプロットに苦しんでいたが、もたもたしているうちに、バイトの出勤シフトが容赦なくきた。
締切の近づいた原稿を抱えているのにバイトにも行かないといけない。
だがバイトに行っても最低時給でしかも役所のケチな方針でまともな収入にならない。
かといってその収入を諦めたらカードの支払で詰むのでそうはいかない。
典型的なワーキングプアのどん底状態なのだった。
それでもシフトどおりに中古軽自動車に乗ってバイトに行くしかない。
そして、途中で飲み物を買おうとコンビニに寄った。
コンビニのなかで飲み物を選んでいる時。
パンという破裂音とともに、コンビニの中が真っ白い煙に包まれた。
火事!?
ぼくは混乱したが、そのなかハンカチを口にあてて、煙の中、逃げようと出口を探した。
しかし煙に巻かれてしまってなかなか出口が見えない。こんなコンビニ広かったっけ、と思うほど出口が遠い。
そのとき、さらにバリッ! という音とともに窓ガラスが次々と割れ、衝撃がぼくを襲った。
なんで? なんでこうなるの?!
そして、ぼくの目の前が全てさらに真っ白に変わっていく。
気がとても遠くなってきた。
これ、ぼく、死ぬの?
あっけないけど、これで……死ぬのか。
だがその白が吹き払われ、そこに人影があった。
そこにいたのは、ネービーブルーの制服姿をボディーアーマーで固め武装し、サブマシンガンを構える特殊部隊姿の人々だった。
それに立ち向かうように、ぼくに背を向けて剣を構えているのは……。
なんで!?
「下がってて」
彼女はその吊目をさらにするどく吊り上げ、口を真一文字に引き結んで怒りの形相で特殊部隊を威嚇している。
「なんで?」
「黙って下がって」
直後、特殊部隊が一斉に発砲した。発砲の煙と火花が眩しく、この店内をさらにひどい混乱に陥れる。ガラス扉の向こうのペットボトルが撃たれて盛大に中身を飛び散らせる。特になぜか多めに入荷していたトマトジュースのせいでまるで鮮血が飛び散るような精算な風景になる。
その射弾はコンビニの中の商品や什器を撃ち抜き引き裂いていく。
だが、それにかまわず彼女がそれに対して振るった剣の放つ衝撃波がそれを一瞬で押し返し、吹き飛ばす。
特集部隊が一瞬ひるんだ。
彼女は口の端に残酷な笑みを浮かべると、そのまま踊りのステップを踏むようにトリッキーに駆け、特殊部隊員を剣で切り裂いていく。
彼らは銃でそれを防ごうとするが、剣がその銃を焼き切ってしまう。
それどころか彼らのボディーアーマーすらバリン!という破断音をあげて飛び散ってしまう。
アーマーのセラミックが熱で割れてしまうのだ。恐ろしい高エネルギー!
彼らも必死に撃ち続けるが、彼女は圧倒的だった。
「待ってくれ!」
彼らの隊長が声を上げる。その鼻先に彼女は容赦なく剣の切っ先を突きつける。
「だれの裁定でこんなことを?」
彼女が冷たく聞く。だが傍若無人にコンビニを襲撃した彼らに対するその冷たさは、今は間違いなく頼もしかった。
「主幹業務対策課だ。君たちが汎基幹著作権データベースへのクラックを仕掛けているといわれ、その阻止を命令された」
「私達がそんなことをすると思ったわけ?」
「命ぜられたら従うしかないんだ!」
「あなたたちの頭は、その帽子をかけるためのものなの?」
「どうにもならないんだ!」
「みんなそう言うものよ。きっとかつてのナチスの虐殺指揮官もそう言っていたでしょうね」
彼女は容赦ない。
「この誤認行動の責任、だれがとるの? それをあなたは確認した?」
「それは……」
そのとき、警察の覆面の黒塗りと、白黒のパトカーがコンビニに殺到した。しかしそれから降りてきた刑事や警官は皆戸惑っている。
「失せなさい」
そう冷たく言うと彼女は剣をしまい、傍らの紅茶のペットボトルを平然ととると、それをコンビニのセルフレジに突っ込んで精算した。
そしてぼくに振り返って言った。
「行きましょう。あなたの勤務時間に間に合わなくなるわ」
「でも」
ぼくも戸惑った。
「これ、どういうこと?」
「説明している時間がもったいない」
彼女はそうぶっきらぼうに言った。
ぼくは足が震えたが、それでもコンビニの駐車場に止めていたぼくの軽自動車に彼女と乗った。
普段は目に見えないしどこにどういるのかわからないのだが、今、彼女は憮然として助手席に座っている。そういえばこの彼女、足がスラリと長いのだった。
「説明、してくれない?」
「やだ」
相変わらず彼女の拒絶は強かった。
「でも」
「でももなんもない」
彼女は拒絶しながら、その眼は何かを考えている。
「あの」
ぼくは何かをいいたかった。でも、そのとき前の信号が青に変わった。あんな銃撃戦があったのに、ぼくらは警察に咎められることもなく、いつものようにこの町の文化会館に移動し始めた。
「あの」
ぼくはまた言った。
「なんなの、あれ」
「説明がめんどくさい」
彼女はさらに不機嫌そうだ。
ぼくは戸惑った。
「じゃあ、あの人たちはだれなの? 警察じゃなさそうだけど」
彼女は答えない。
「どこの所属なの?」
彼女は答えた。
「文化庁よ」
ええっ。
「文化庁にあんな組織があったの?」
「知られちゃいけないことだったのに」
彼女は不機嫌に言った。
「知られちゃいけないのにのこのこあんなとこに出動しちゃってるから、心底ムカつくのよ」
彼女がそう言い放った。
「出動のイミもわからずにこんなことするのがバカよね。警察は今回のこのことをブレーキとアクセルを踏み間違えた車が店に突っ込んだってことにして隠蔽することにしたみたい。文化庁と警察でそうする合意になった。こんな手が何度も使えると思ってるから頭が痛いわ」
ええっ。
こういうこと、これまでに何度もあったわけ?
彼女は答えなかったが、否定はしなかった。
どうやらそういうことらしい。
だけど、なぜ文化庁なんだろう?
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