第4話 最悪のプロット
というわけでヒドイ出版社にムチャブリされた10万字小説に挑むのだが、カルチャロイドの彼女はぼくが原稿を書いてる間は暇そうにマンガ読んでたり、目に見えない方法で紅茶を入れて飲んでいる。あくびまでして。いかにも退屈そうだ。
それで前にぼくもその紅茶飲みたい、と言ってみたら「ヤダ」と一刀両断に断られた。
それを聞くぼくの顔はヘラヘラと笑っていたかもしれないが実は地味に深く凹んでいた。
「なんであなたなんかと紅茶飲むの? キモッ」
ひどい。これじゃラブコメになりようがないじゃん……。
そして出来上がった原稿を読んでくれるのだが、ほんとに容赦のないツッコミが入り、ぼくは毎回ズタズタになる。
「このプロット、すかすかすぎるわりに破綻してる」
「この伏線、最後まで回収してない」
「この係り受けはおかしい」
「このキャラクターの心理描写が雑」
「ここどのキャラクターが喋ってるかわかんない」
「ここ誰がどう思って見てるのか不明」
「ここ誤字」
「ここ死語」
「この用語はこの時代にはそぐわない」
「ここ文意通らない」
「ここ読みにくい」
「ここ修飾関係が無駄に複雑」
「このギャグつまんない」
「このシーン無駄に冗長」
「このシーンとシーンの間の時間経過が感じられない」
「このタイトルは雑い」
「この作品世界は無理がありすぎる!」
この調子である。そして毎回ズタズタに凹む。
ただ、これに比べればどんな読者の酷評も『結局はちゃんと読んでないじゃないか』という感じで、全くたいしたことないと思える。
彼女のチェックは容赦がないが非常に正確精密だ。だから信頼が置ける。優秀な校正校閲さんである。正直、今、校正校閲でここまで優秀な人は少ないんじゃないかと思う。出版の世界が崩壊しかかっているのは間違いないのだ。
その優秀な彼女に、そんな不出来なぼくの原稿をなんで読んでくれるのかと聞いたことがある。
「私のホントの仕事に関わるから読んでるのよ。今更つまんない自明な質問しないで」
冷たい声でまたこんな調子である。やっぱりぼくは凹む。というかそれ自明なことなのか? なんもわかんないよぼくには。
そしてこの辛辣さが快感になるほど、あいにくぼくはそこまで変態にもなれないのだ。
それでもプロットを書き、それを原稿にしていく。
ぼくの文章がうまくないのは思い知らされているのでひたすらど根性で書くことを粘るしかない。
ただ……彼女がいてくれることは、にもかかわらずぼくのココロに大きな救いなのだった。
書くことはどうやっても孤独な作業なのだ。
だからPCに向かって書いて、疲れてふっと振り返ると……彼女の優しい視線、が待ってればいいのになあ。
現実には絶対零度の冷たい侮蔑の眼がこっちを向いていた。
「あなた。まさか書き手がまともに扱われるなんて思ってるわけ?
書き手は読み手に食い散らかされるしかないのよ。書物という環境系では書き手は草食動物。捕食動物である読み手に喰われるしかないの。
まず放置される。それが運良く少し読まれたら『つまんない』と言われる。
面白がられたら今度は際限なく書くたびに『失望しました』『がっかりしました』『ファンやめます』と言われる。
そのせいで、ほんとうに喜んでくれる人が現れても『ほんとうに喜んでくれてるんだろうか』『社交辞令じゃないだろうか』『なにか企みがあって近づいてくるんじゃないか』と疑心暗鬼になってしまう。
書くってことはそういう地獄へ向かう道なのよ。
まさかあなた、『書いて幸せになれる』なんて本気で思ってたわけ?」
容赦のない彼女の言葉だけど、本当にそうだから返す言葉も見つからない。
なんでぼくが物語を書きたくなったか、忘れそうになる。
書くのが好きになってしまったからだと思うけど、なぜ好きになったのかも忘れそうになる。
ああ、そうだ。ぼくの思ったほら話がきれいなフォントになって、かつて憧れたいろんな物語と同じように組版されて画面に出るのが楽しかったからだ。
「ワープロの操作をするのが楽しいわけね」
そう、なのかもしれない。
「じゃあ、なんで読んでもらえないことでそんなに鬱になってるわけ?」
ド正論である。ただ文字を打ち込むだけで楽しかったのに、いつのまにか読んでもらえないことでヘソを曲げたり悪態をついたり、他の人が読んでもらえてることに嫉妬するようになっている。
結局は贅沢な話なんだろう。でも。
「そりゃ書いたら読んでほしいよ。そもそも物語って、そういうもんじゃないかな」
ぼくはそう言い返す。
「あなた、あなたは物語について語れる『なにか』なわけ?」
そう言葉の刃を返してぼくを切り刻むのを楽しむような彼女の口調に、またズタズタになる。
それでもぼくは書くのだが、今回の10万字小説には気合が入った。
そしてその気合は案の定、空回りを始めた。
せっかくだから現代の世相や現代思想を入れたい。
SFなハードさも欲しいけどラブコメソーンもほしい。
シャープな推理要素も入れたい。
かっこよく叙述トリックも入れたい。
文学としての格の高さも出したい。
異世界ものは流行りすぎてるけどああいう世界の広がりを出したい。
無双シーンもハーレムシーンもあったほうが書いてて楽しいと思う。
できればちょっとムフフ♡なシーンも入れたい……。
グーグルドキュメントのメモにどんどんそうやって作品に入れたい要素を集めていく。
そして当然、ちっともまとまらなくなった。
「このプロット、迷走してるわね」
彼女にそう指摘されるが、ほんとうにそうだった。
それでもう時間がない。締切の令和のはじまる5月1日まであと数日。それなのにぼくの頭はパンパンに膨れ上がって知恵熱どころか吐き気がしてきた。
ただ原稿を打つだけでも時間がかかるのに、モチーフすら決まらない。
うう、死にそう……。
「そうやって死んだ人はいないわ」
カルチャロイドの彼女と組んでの執筆作業は、こんなめちゃめちゃブラックな環境なのだった。
思い切って言ってみた。
「そういう君が書けばいいじゃない」
彼女のアメジストの澄んだ目が、きゅっと吊り上がった。
「はあ?」
その容赦ない呆れ声が、ぼくのハートをするどく槍のようにぐっさりぶち抜いた。
そうなるとわかっていたのに、そこからぼくは立ち直るまで20分かかった。
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