秋が終わり

完敗だった――――――――――――――。






秋季東京都大会1回戦・対都立大山台おおやまだい高校戦。渋谷しぶや学院は1回表・先頭の大橋さんが二塁打で出塁すると、続く中島さんも四球を選び、ノーアウト1,2塁。


そしてここで打席に立つのは今日3番に座った俺。しかし、大山台のエース・2年生左腕の西村にしむらさんのフォークに手を出してしまい空振り三振。続く高橋さんと矢作さんも凡退し無得点。西村さんを勢い付けてしまった。




渋学の先発・田所は3回まで1人のランナーも出さない完璧なピッチングで抑えるも、打順が2巡目になった4回裏に3点を失う。そうなると完全に小山台のペースだ。いくら都立と言っても大山台は強豪。甲子園常連の私立に引けを取らない。


打線の方も西村さんと7回から登板した背番号10・1年生右腕の今井いまいに封じ込まれ、終わってみれば0−5の完封負け。俺自身も4打数ノーヒットという結果に終わった。先発の田所は6回4失点でマウンドを降り、7回からは佐藤さんが登板し2回1失点という結果だった。




◇ ◇ ◇




秋の大会が終わると、一応11月までは練習試合が可能なのだが、12月に入ると来年の3月まで練習試合を組むことが禁止され、オフシーズンに突入する。


ちなみに、都立大山台は準決勝で。目大三めだいさん高に敗れ、ベスト4止まり。そして、その大山台を下した目大三高は和瀬田わせた実業との決勝にも勝ち、秋の都大会を制した。






同点で迎える9回裏、この回から和瀬田実業は、背番号11の中村裕樹なかむらゆうきがマウンドに上がる。中村は簡単に2アウトを取り、この秋の大会、7番ライトで全試合スタメン出場している永井友春ながいともはるに打席が回る。俺から見れば、中学時代のチームメイト同士の対戦だ。


中村と永井は左対左の対決になるが、永井は左投手相手の方が打率が高い。それは中学時代からそうだったし、この秋の大会でも左投手の方が打率が高いというデータがテレビで紹介されていた。


永井は初球のカーブは見送り、次のフォークはボールとなった。3球目はストレートだったが、一塁側スタンドに入りファールボール。これで1ボール2ストライクと追い込まれた。そして4球目・・・中村の投げたストレートが甘く入ってきた。


打球はライト方向へぐんぐん伸びていった。そしてスタンドイン。文句なしのホームランだ。目大三、サヨナラ勝ち。これで目大三の選抜甲子園出場が濃厚となった。






秋の都大会を制した目大三はその後の神宮大会も制し、東京地区が神宮大会優勝の特別枠を獲得した。それによって、和瀬田実業も来年春の選抜甲子園出場が有力になった。




◇ ◇ ◇




12月24日、この日俺は安達からデートに誘われた。季節は冬休み。この日俺は日中、普通に練習があり、安達も朝からテレビ番組の収録がある。


そして夕方、それぞれ寮に戻ったところで、2人は渋谷の街に繰り出すことになった。




「お前、変装しなくていいのかよ。有名人だろ」


「大丈夫だよ。現に誰も気づいてないし。私、誰にも気づかれない自信あるよ?」


「そうだけどさぁ・・・」


「そういう優くんだって有名人じゃん。野球のサイトで紹介されてたよ?」


「トップアイドルのお前に比べたら天と地の差だ」




寮から渋谷に向かう途中、俺は安達にヒソヒソと小言を言う感じで言った。


という感じで渋谷に到着。さすがはクリスマスイブ当日。街は綺麗に彩られ、見渡せばカップルであふれかえっていた。




「優くん、これからどうしようか・・・」


「今何時だ?」


「もうすぐ7時」


「遅いな。飯にするか。腹減った」


「そうだね・・・あ、そうだ」


「どうした?」


「渋谷にメンバーでよく行くレストランがあるの。今から行っても大丈夫だと思うよ」


「お、楽しみにしてるわ」




というわけで、俺たち2人はレストランに入ることにした。レストランは都内でもかなり有名な高級ステーキレストランであり、芸能界や政財界の大物が常連客として通っているとか。入った先は個室だった。ニューヨークやパリで修行したというシェフが目の前でお肉を切り、料理をしてくれる。




「・・・つーか安達、そんなお金どこから出てきたんだ?」


「これでも私、トップアイドルなんだから、それくらいのお金は出せるわよ」




即答だった。俺は念のため安達に「先月どれくらい稼いだんだ?」と聞いたが・・・それが相当な額だったのは言うまでもない。しかもここ半年くらいずっとそんな感じだと安達は言っていた。


食事はただ、純粋に美味しかった。国産の最高級ステーキ。俺も安達も元々、肉類が好きだということもあって満足して食することができた。そして・・・




「優くん、メリークリスマス!」




安達は俺にクリスマス仕様にラッピングされた箱をプレゼントされた。結構大きい。そして俺はその箱を開ける。中身は・・・




「これ。私、野球のことそこまで詳しくないから気にいるかわからないけど・・・」




野球のグローブだった。・・・すげえ嬉しい。




「・・・うわ、ありがとう!俺、安達にプレゼント貰えてめっちゃ嬉しいわ。一生大事にするからな」


「うん。優くんが気に入ってくれて、私も嬉しいな」




安達は最高の笑顔を俺に見せてくれたのであった。




◇ ◇ ◇




食事が終わると、もう夜の9時になろうとしていたので、寮に戻ることにした。しかし、寮まであと少しというところで安達が急に立ち止まり、「人目に付かれたら大変なことになるから・・・」と言われ、俺は安達に半ば連れ去られる形で裏路地に入った。そして、安達は俺にこう言ってきたのだ。




「私、優くんにとっても、とっても大切な話があります」


「何だよ安達、急に改まって・・・」


「・・・私は相川優あいかわゆうが大好きです。世界で一番大好きです」




え、それって・・・




「ですから、よろしければお付き合いして頂けたらな・・・って思います」




・・・俺は生まれて初めて女性から告白された。それも世界一可愛いトップアイドルから。それに・・・両想いじゃん。そして俺は意を決して、安達に想いを打ち明ける。




「俺、安達から好きだって言われてめっちゃ嬉しい。俺も安達のことが大好き。世界で一番愛してる。だから玲香さん、僕からも付き合ってください」


「ありがとう、優くん・・・うん、付き合おうか。でも、これからは玲香って呼んでね?」


「そうだな・・・玲香、せっかく付き合い始めたんだし、キス・・・くらいはしようか」


「うん・・・そうだね」




俺は玲香にそう言う。ファーストキスだ。そして玲香と互いに顔を合わせ、唇が触れ合う。それは脳が溶けるような、すっごく甘くて、すっごく柔らかい感触だった。・・・キスの味って、そういう味だったんだな。




そして俺と玲香は寮に戻った。そして・・・




「優、なんで私にはデートに誘ってくれなかったん?」


「優くんの裏切り者!私、もう知らないから!」


「玲香もズルいよ!玲香だけ、優っちを独り占めにして!」


「私も優くんのこと狙ってたのに・・・もう知らない!」


「玲香さん、アイドルは恋愛禁止なんですよ!」




俺と玲香が付き合い始めたのが即攻でバレ、2人揃って他のメンバーから一斉に糾弾されたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る