第61話 私に出来る事

 アルスは言った。


 その目的自体が本能レベルに刻まれている。そうしなければならないという使命という形になっているんだと。

 それがアルスという種族の定めなんだと。


「……そうか……」


 私はその言葉を聞いて、ただ受け入れた。


 アルスにとって長い旅が使命なら、私には止める事が出来ない。それにメロ君から言われたからショックはそんなに大きくなかった。


 それがアルスの意志を尊重するという物だ。


 もう決められた事は変えられない。ならばそれに耐えるしかない。


 今の私に出来るのは、それしかない。




 ――それからしばらく経って、私達は元の世界に帰る事になった。


「いやぁ、ヒック! 本当に美味しかったですわぁ! ヒッ! また飲みたいですね~!!」


「いえいえ、アヒッ!! こちらこそ!! フヒン!!」


 森さんとメロ君のお母さんが度々ひゃっくりを繰り返している。どう見ても飲み過ぎだ。

 とりあえず二人は置いていて、お父さんとリジロが前に出てきた。


「今日はいいお客さんが来てくれて楽しかったよ。またいつでも遊びに来ていいからね」


「オレはトリアエズここのお世話になるからナ! いつでも会いにキテモいいぜ!!」


「……ええ。こちらこそありがとうございます」


 私は二人に対して頭を下げた。さらにお父さんが「君も元気で」とアルスの肩を叩く。


 その様子を見ていた私だったが、ふと足元に感触がしたのに気付いた。確認してみると子アルス達がそこに集まっている。

 相変わらずキュウキュウ鳴ってくれて、私にじゃれてくる。


「あなた達も今までありがとう。楽しかったよ」


「キュウ!」


 その内一体が、私の胸に飛び掛かってきた。

 私は抱きかかえて、その子の顔と見合わせた。さらに頬に甘噛みしてくる。


「フフ、ありがとう。ではメロ君のお父さん、お母さん。私達はこれで」


「ああ、気を付けて。メロ、ちゃんと彼女達を送り届けるんだぞ」


「分かってますって。では皆さん、さっきのように目をつぶって下さい」


 帰る時も同じ方法だ。私は子アルスを降ろしてから目をつぶろうとする。


 これで異世界の体験は終わりだ。子アルス達、メロ君のご両親……彼らに出会って本当に良かったと感じる。

 そうして目をつぶる前、私はご両親方が育てた畑を一瞥した。何となく、それが気になっていただけだ。

 


 

 -------------

 

 


 あれからは私は目を覚ました。


 アルスと別れた後にアパートに帰宅。それから寝て、夜明けを通過した。閉めた窓から、ほんの少し日差しが差し込んでいる。


 昨日までの異世界体験が、まるで夢のような感覚だ。でも確かに私は異世界に行っていたし、メロ君のお父さんの言葉も覚えている。「アルスの真意を受け止めろ」と。

 私はその言葉通り、アルスにどうしたいのかを聞いた。そしてそれを受け止めた。それで終わり……ではない。


 寝るまでの間、私は考えた。


 私が今後、何をするべきなのか。


 アルスにとって何をしてやるべきなのか。


 私に出来る事とは一体何か。


「……行くか」


 そして私に考えが浮かんだ。

 ある程度の時間が経ってから、私は外出をした。この場合は一人で集中したかったので、ユウナさんには留守を頼んである。


 やや数分経った後、目的地に着いた。図書館だ。


 勉強とかは家でするので、あまりこっちは利用していない。久々の図書館の中に入った私は、しらみつぶしに資料をかき集めた。

 表紙を見てから軽くページを一覧。これだと思う奴から全部借りて、家に持ち帰った。


「? 瑛莉、どうしました?」


 私は家に帰った後、借りてきた本をテーブルに並べた。

 今すぐ勉強しようという気持ちだった為か、ユウナさんへの挨拶を言いそびれるほどだった。


「こんなに本を……これは一体?」


「これから将来必要になる物。今から勉強するつもり」


 私が借りたのは……そう、農作物関連の本だ。

 今からでも間に合うはずだ。これを今すぐ頭に叩き付けて、農作のいろはを学ぶんだ。




 -------------




 そして学校の日。


「……随分と珍しいな。こんなの初めて見たぞ」


 私は廊下で先生と話し合っていた。ついでに未定で出した就職希望調査紙を渡している。


 改めて希望を書いたそれに、先生が眉をひそめていた。それも当然――普通女子高生がこんな職業なんて付く訳がない。


「はい、これで大丈夫です。伝手もあるので何とかなるかと」


「いやでも……田舎の農作なんて。本当にこれでいいのか?」


「ええ、もちろん。変える気はありません」


 もう決めたのだ。今の私に出来るのはこれしかないと。

 先生へと真っすぐな目を見て、そして先生がやれやれと顔を緩ませた。


「沢口なりの事情があるんだな……。分かった、なるべく先生も協力しよう」


「ありがとうございます」


 何とか納得してくれたようだ。

 その後、先生が「じゃあこれは預かっておくな」と私の元から離れた。と同時に、ポケットにしまってあったスマホが振動する。


 なるべく人の少ない所に移動して電話に出ると、大きな声が通話から発した。


『沢口ちゃん! さっき松本さんに連絡したら面倒見てくれるって! 何なら一緒に暮らしてもいいってさ!』


 実は長谷田さんを経由してお願いをしていたのだ。

 相手は千葉県岩屋村に住んでいる松本さん。以前に友人さんの誕生日パーティーでお世話になった方だ。


「本当ですか! ……色々とすいません、助かります」


『いいんだよ。これもアルスの為なんだろう? だったら協力しない訳にはいかんよ』


「……恩に着ます。ありがとうございます」


 電話越しなのに頭を下げて、それから電話を切った。

 そして私はすぐに別の電話番号を打ち込んだ。お母さんの奴だ。


『……はい、瑛莉ちゃん?』


「あっ、お母さん。今さっきOKもらったよ。これで大丈夫だと思う」


『本当? よかったぁ……これでもう安心ねぇ』


 もちろんお母さんには事前に話していた。

 その報告を聞いて、安堵している顔が目に浮かぶ。


「……お母さん、あの……」


『ありがとうはいいわ。だってこれはあなたが決めた事なんでしょう?』


「でも本当に大丈夫なの? さすがに娘が農家なんて……」


『言ったでしょ? 私はあなたとアルスちゃんの事を応援するって。それが二人にとっていい事なら、例え農家だろうがなんだろうが関係ない。お母さんは全力で応援するわ』


「…………」


 お母さんはいつも通りだ。親馬鹿かってくらいに優しい。

 でもそれが本当に嬉しい。


『だから胸張って目指しなさい。あと育てた野菜はたまにでもいいから届けてきてね』


「うん、分かった……ちゃんと送っておくね」


 恩を返し切れない。お母さんの言う通り真っすぐ進まなければ。

 電話を切ってから、すぐに教室の机に戻った。それから勉強開始だ。


 農作物、農業、育てるのに必要なテクニック。そして農作用の機械。


 それらの本をノートに記して、頭に叩き込む。それと時間があったら農作用機械を触れてみたい。

 それも松本さんにお願いしてみようかな。




 -------------



 

 この通り勉強をした私だけど、まだこれで終わりじゃなかった。

 必要なのは学力だけじゃない。田んぼや畑といった農作物にはある事をしなければならないのだ。


「……………………っっっっ」


 ――ガクガクガクガク……!!


「え、瑛莉……震えてますよ!? 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫だよ! いやぁこんなの朝飯前だって、ハハハハハハハ!!」


「と言いつつも、涙と汗が滝のように溢れていますけど!?」


 家に帰った私は図鑑を開いていた。それも動物とか鳥類とかじゃない、世にもおぞましい昆虫図鑑だ。

 で、見ているページは農作物の害虫である芋虫とかそういうの。この世の物ですらない不気味でキモい姿……そういったのがページいっぱいに映り込んでいる。


 正直覚悟がなかったらSAN値直葬、精神崩壊していた所だ。というか今でも発狂しそうだ。


「……うう……!」


「え、瑛莉……何もそこまで……」


「いやこうしなきゃなんないの……! 農作物を育てる以上、必ず害虫駆除が必要なんだから……!」


「それは分かりますが……」


 ユウナさんがオロオロしてしまっている。

 でも私はこれを絶対を止めない。これが私に出来る事、アルスにしてやれる事なんだから。


「……大丈夫、絶対に乗り越えられる」


「えっ?」


「十年もあれば……乗り越えられるんだから……」


「瑛莉……」


 そうだ。十年もあるんだ。必ず克服出来る。

 戸惑っていたユウナさんは、それ以上何も言わず、でも私を見守ってくれた。私は彼女の期待になるべく応えたい。


 立派な農家になるんだ。アルスを安心して帰れる場所を作るんだ。


 アルスと、人生最期まで幸せに暮らすんだ。




 そう思い続けてから数日後、遂にその時がやって来た。

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