第60話 アルスの真意

「………………ハァッ!?」


 いつの間にか私は、目が覚めるという行動をとっていた。

 何が起こった? ……いや、そういえば今さっき、発酵草の激臭にやられていたんだった。嗅ぎ過ぎたせいか頭がモヤモヤとする感じだ。


 ともあれ自分がテラスのテーブルに座っている事に気付く。それで周りを見たら、


「あっ、起きたんだね」


「大丈夫沢口さん?」


 メロ君のお父さんが隣に座っていた。

 他にはアルスとリジロと子アルス達、そして誠君とユウナさんがいる。


「多分大丈夫っぽい……まさか臭いで失神するなんて思わなかったけどさぁ」


「そうですか。一応薬がありますが飲みますか?」


「ああいいや、それは必要ないと思う」


 誠君へと答えたら、ユウナさんが心配そうに聞いてくる。

 もちろん飲むほど参っていない……はず。後遺症とかなんてないと思いたい。というかあったら嫌だわ。

 椅子から立ち上がってみた所、特に異常はなかった。激臭のせいで立てない身体になってたらどうしていたか。


「キュウキュウ!」「キュウ!」


「わっ!」


 そう思った途端、子アルス達が私に飛び掛かってきた。

 一体は私の胸元に来たので、すかさずキャッチ。その子が胸に、そして兄弟達が足元に頬ずりしてきた。


 可愛い(確信)。


 やっぱり最高だね君達……。発酵草に耐えて与えたのが正解だったよ。


「エリ、そんなにあの草が臭かったのか?」


 そんなパラダイス気分な私に、アルスが怪訝そうに聞いてくる。


「臭いなんてもんじゃないよ……あれ絶対嗅いでいい物じゃないって。さすがにもう一度はやだかな」


「そうか。さっき食べた所、意外といけたけどな」


「マジでアルス!? よく食べれたね!?」


「ああ、割と臭みがいい感じにアクセントになっていた。なぁ?」


「オオ! あれ結構美味だったゾ! 食べれば食べるホド味わい深かった!」


 リジロもか!? すげぇな!?

 というか、あれは人間で言う納豆みたいな物なのだろうか。臭みが旨味になっているとかそんな奴?


 私とアルス達の違いに改めて実感してしまった所、メロ君のお父さんが申し訳なさそうな顔をしてくる。


「改めてすまなかったね。最初あれを扱った人は大抵臭いとか言うんだよ」


「い、いえ……こちらこそすいません……変な所を見せてしまって」


「いやいや謝らなくてもいいよ。むしろこっちがちゃんと忠告すべきだったさ」


 そう言われると、自分の方が申し訳なくなってしまった。

 やはりというか、お父さんは本当に優しい。何で息子があんなスケベでエロガキな性格なんだろう……。


「……あれ? ところで森さん達は?」


「家の前で野外食をしているよ。お客さんが来ると、妻がいつも外で食事を振舞ってくれてね」


 そうだったのか。

 言われてみれば微かに声が聞こえてくる。何の会話しているのか気になったので、そっと耳を澄ませてみた。


『このワイン美味いですね! 奥さん、いい趣味をしてらっしゃる!』


『でしょう!? 何年も熟成しているから後味も最高なんだよ! ささっ、焼いたお肉もどうぞ!』


『おお、あざます! うめ!! うます!! 酒もやばす!!』


『ハハハ、森さん実に血に飢えたケダモノになっていますね。愉快愉快』


 ……会話を聞くだけでも、森さんがどんな状態になっているか分かる。それをメロ君が軽く流しているが、こちらとしては笑い所じゃない。

 この状態で近付いたりしたら、また乳首を噛み切られそうだ。


「すいません……姉がどうしようもないちゃらんぽらんで……」


「別にいいよ。それで沢口さん、起きて早々すまないけど、少し僕に付き合ってくれないだろうか?」


 誠君の酷い言葉にお父さんが笑って許す。

 そして私に振り返るなり尋ねてくる。


「へっ? 付き合うって……」


「君に見せたい物があるんだ。ここからそう離れていない。よかったら君達も付いて行くかい?」


 お父さんがそう言って外に向かおうとする。

 今さっき言った君達とは、もちろん誠君達の事だ。私達が互いに顔を見合わせた後、おもむろに椅子から立ち上がる。行くのに言葉を交わす必要などなかった。


 私達はお父さんの後を追う形で、家から出た。そうすると最初にキャベツに似た野菜畑が見えてくる。その畑の中へとお父さんが「ちょっと待ってて」と言いながら入った。


「……ん……今年の野菜も悪くないな」


「見るだけで分かるんですか?」


「長年畑をいじっているからね。それに畑はある意味では子供なんだ。子供の世話は怠ってはいけない」


「…………」


「おっとすまない。脇道逸れてしまったね。見せたい物はあっちにある」


 畑をひと段落済ませてから再び移動。

 自分から見て右には、古代の帝国があったという湖が広がっている。今にして思うと、元々帝国があった場所に水が湧いた感じに思える。


 きっと栄華的で、素晴らしい街だったに違いない。何が原因で滅んだかはさておき、物悲しい寂しさを感じてくる。こういうのを『盛者必衰じょうしゃひっすい』と言うんだっけか。


「見えてきたよ」


 私が帝国跡を見ている間、目的地に着いた。

 改めて前を見てみると意外なものがある。


「……木?」


 湖の岸に、一本の木が生えていた。文字通り何の変哲もない。

 でもよく見ると、木の形が変だ。普通木というのは例外はあるけど、真っすぐ伸びている形になっているはず。


 この木は人間で言うなら太っているような状態だ。まるでアートのような不自然な形になっていて、表面がやや緑色になっている。


「変な形をした木だな……」


 誠君が呟くように言った。今まで異世界の植物を見てきた訳だから、これもそういった物なんだろう。

 これを背に記念撮影なんて出来そうだ。


「――これは、先代アルスの亡骸なんだ」


「……えっ?」


 そう楽観的に思っていた私に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 これが……先代アルスの亡骸?


「そんなまさか……」


「神獣であるアルスにも寿命が存在する。長い時を過ごした個体が死んだ後、少しずつその姿を変えていく。この不自然な形の木にね」


「……これが……」


 私はその木を見上げた。言われてみれば、不自然だと思った形や色がアルスに似てなくもない。

 さらにお父さんが、足元にあった落葉を拾う。


「そして子供はどうやって生まれるのか。それは木の葉が種になる所から始まるんだ。ほら、この落ち葉が黒く丸まっているのが分かるね」


「え、ええ……」


 確かに落ち葉が黒ずんでいる。それに丸まって固くなる様子が見て取れる。

 今まで不明だったアルスの種は、こうやって生み出される。その真実に私は何とも言えない気持ちになる。


「そして樹皮の欠片はリジロになる。せがれはここから取ってリジロを成長させたという訳だ。

 ここまで来れば分かると思うが、要はこの先代アルスが彼らの親。僕達がこの場所を住む事に選んだのも、この木があったからなんだ」


 その先代の亡骸を触れるお父さん。さらに私に振り向き、無言ながら触るよう促してくる。

 私もおそるおそる表面に手を付けた。感触は至って普通の木で、ざらざらとしている。でも、心なしか暖かさが感じた。


 しばらく触っている内に、アルスも木の方に近付いた。何か思う所があるように、それを見上げる。


「アルス、何か分かるの?」


「いや……でも僕、ここから生まれたんだ……」


「……そうだね」


 普通記憶なんてないはずだ。

 でもアルスが何かを感じ取っているのは、傍から見ても分かる。目の前に親がいるとしたらああなるだろう。


 そしてもう一つ理解した事が出来た。この木は私のアルスだけじゃなく、子アルス達にとっての親でもある。

 今さっきお父さんが「弟であるアルス」と言ったのはその為で、つまる所アルスは子アルス達の末っ子だと思われる。感情が入り乱れる現代世界で急成長したので、兄達より早く大人になってしまったといった所だろうか。


「へぇ、オレってここから生マレタんだぁ! 何かスゲェな! もしかしたらオレもコウナルノカ!?」


「残念ながら。この木になれるのはアルスだけだよ」


「エエエエ!! ソリャアねぇよ!!」


「そう言われてもねぇ。生態は生態なんだから……」


 駄々こねるリジロに困り果てるお父さん。

 私はその人に対して、ある疑惑が浮かび上がる。それに気付いたのか、お父さんが私に告げてきた。


「何でこれを自分に見せたのか……って顔をしているね。もちろん、君がアルスのパートナーだからというのもある。でもそれ以前に、知ってほしかったんだ」


「知ってほしかった?」


「うん。アルスを愛している君にこの事を……彼らのルーツをね」


「……はぁ……」


 前なら、アルスの事を愛していると言われると戸惑っていたけど、今はそうでもなかった。

 もう慣れたという事もあるし、お父さんがメロ君から聞いただろうという考えもある。


「それに知っているんだろう? 彼が君の世界を回るのを」


 そうしてお父さんが、私へと小声で囁いた。

 その言葉が、私に刃物のような形になって突き刺さる。アルスの方は木を見上げたままで、聞こえていない様子だった。


「……はい」


「その事を彼とちゃんと話し合ったかな?」


 その問いに、私は首を振った。あの時は聞こうにも言葉が出なかったのだから。

 するとお父さんが私の前に立つ。まるで真っ向から対峙するように、私の目を覗いてくる。


「長い事別れなければならないんだから、その前に彼の真意を聞いた方がいい。十年という長い年月の中で、その真意が忘れ去られてしまう可能性だってある。それを聞くのが君の役目だ。

 アルスを君の世界へと送る――これは元々あのメロが始めた事なんだが、それでも君達の間にあった時間は価値のある物だった。そうメロは確信を持って僕に言っていたよ。そして君達の様子を見て、それが本物だと分かった」


「…………」


「だから沢口さん、今からでも遅くない。君はアルスからちゃんと聞いてやりなさい。聞いて、それを受け止める。君にはその義務がある」


 そうして一呼吸置いて、お父さんの話が終わった。


 義務……私の義務……。


 話を聞いてから、その言葉が私から離れられない。


「まぁ、これは無関係なおじさんのたわいもない話だ。どうするのかは……」


「あなたぁ!! そんな所で何しているのもう!!」


「うおっ!」


 その時にお母さんがやって来て、お父さんの背中に抱き付いてきた。

 何か酒の匂いがするし、顔が天狗のように真っ赤だ。


「君……酔っぱらっているじゃないか。飲み過ぎじゃないの?」


「だってぇ! ワインがすっごく美味しいんだもん! いやぁもう、あなたの背中って大きくていかついわぁ! ハァハァしちゃう!」


「そんな服越しに触れられても……」

 

 ……なるほど、メロ君の性格は母譲りなのかもしれない。

 セクハラのベクトルが違うけど、どことなく似ていなくもない。


「あなたもワイン飲みましょうよぉ! ほら早くぅ!」


「はいはい……沢口さん達も一緒にどう?」


「……いえ、しばらくここにいます。気が向いたらそっちに行きますので」


「そうか。じゃあ僕達は――」


「はいはい行こう行こう! 沢口さん達、いつでも来てもいいからねぇ!!」


「じゃあ俺も行こうっカナ! ほいじゃオサキ!」


 そのまま家に戻る二人。ついでにリジロも行ってしまった。

 アルスと子アルス達は、未だ親である木を眺めている。私はというと、先ほどのお父さんの言葉が未だ脳裏に残っていた。


 アルスの真意。私が怖がって足を踏み入れなかった、その子自身の真意。


 聞くのは怖い。ショックを受けるのも怖い。でもそうしてまで躊躇していたら、お父さんの言葉通り忘れ去られてしまう。

 

「瑛莉?」


 私はアルスに近付いた。

 ユウナさんには不思議がられても、ただただ近付く。


「アルス」


 私の言葉に、アルスがこっちを振り向いてくる。


「アルスは……十年離れるんだよね?」


 私は覚悟をもって聞いた。


「あなた自身は……どう思っているの?」


 そして彼は……







「……僕は、やるしかないと思っている」


 そう口にした。

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