第59話 この壺臭うよ!!(某CM風)

「キュウ!」「キュウキュウ」


 アルスの周りを小さいアルス達が囲んでいた。いや、重複とかではない断じて。


 その子達は種から成長した……いわゆる幼体と同じ姿だ。私のアルスみたく、植木鉢を器用にピョンピョン跳ねさせている。


「どうしたの沢口ちゃん……うぉ!? 何こいつら!?」


「……か」


「か?」


「可愛い!!」


 何この天国!? やばいんですけど!!

 あの可愛かったアルス達がいっぱいいるんだよ!? それが「キュウキュウ」と声を上げながら集まってきているなんて、これはマジで尊い!!


 森さんが「えっ?」とポカンとした顔になっていても気にしない。それはもう夢中になって、子アルス達に向かった。


「君達可愛いね! 何歳!?」


「いやエリ、この時は喋らないと思うよ」


「あっ、そうだった。でも可愛いなぁ~、こっちおいでぇ」


 中腰になって子アルス達へと手招きをした。

 それはもうにんまり顔になって。


「……キュウ」


 しかし子アルス達がアルスの陰に隠れてしまった。

 どう見ても怯えてしまっているようだ。これはショック……もしかして表情が怖かったりしてたのだろうか。その辺は気を付けたはずなんだが……。


「ご、ごめん……表情がアレだったかな。じゃあこうは?」


 にまー……と満面な笑みを浮かばせた。だけど子アルス達がビクッと震えて、姿を隠してしまう。

 あれま逆効果……? 一体どうしてなんだろう……。


「いやあの沢口ちゃん、笑顔過ぎてえげつなくなっているよ……ニタァって感じの」


「えっ?」


 私がそんな顔を? なんて思っていると、森さんがスマホをこっちに近付けた。

 画面がカメラの自撮りモードになっていて、自分の顔がよく映し出されている。……ああ、目と口が笑い過ぎて三日月っぽくなっている。これはアカンな笑顔だ。


「まだ生まれても間もない幼い子達だからね。未だ人に慣れていないんだよ」


 私が笑顔を直そうとした時、そんな声が掛けられた。


 アルスの陰から誰かが現れてくる。全貌が現れていくと、どうも男の人のようだ。

 金髪をして、青い瞳が特徴的。着ているのは布を中心とした服。


 およそ三十代といった所で、シワが少しあるけど若々しい印象だ。

 そして何と言っても、どことなく容姿がメロ君に似ている。


「紹介しますよ。私の父です」


 後ろからメロ君がやって来た。

 考えていた通り、彼のお父さんだったらしい。その人が私に近付き、握手を求めてくる。


「初めまして。君達が来るのは分かっていたよ。話はメロから聞いているしね」


「は、初めまして……私は……」


「沢口瑛莉。アルスの友達……って所だよね」


「え、ええ、おっしゃる通りで……」


 私達の世界にいる時、メロ君がたまに異世界故郷に戻っているとは言っていた。その時に話を聞いていたに違いない。

 お父さんと握手を交わしたところ、にっこりと微笑んできた。何だがメロ君のお父さんとは思えない……本人がアレ過ぎて。


「ところで父上、母上はどちらに?」


「確か食料を取りに行くとは行っていたな。それまで中でゆっくりしていくといい。……あっ、そこのアルスとリジロはこの家の裏を回ってくれないか」


「ん、ああ分かった」


「オッケー牧場!」


 言われた通り、アルス達が家を回った。後ろでは子アルスがアヒルのように付いて来ている。可愛い。


 私達が改めてメロ君の家に入ると、お父さんが奥へと案内してくれる。そこに行ってみると、外と繋がっているテラスが広がっていた。

 なるほど、これならアルス達と遊べる。暗い緑色をした二個のテーブルや椅子が並べていて、周りの森林によく似合っている。


「今、お茶入れるからね。少し待っててくれ」


「あ、はい……あの、違っていたらすいません。あなたが植物の学者さんなんでしょうか? 何かそういった事を前に聞いた事がありまして……」


「ああ、それか。まぁ君の言う通り、この世界の植物を研究している。メロせがれは僕の弟子でもあるんだ」


 お父さんが水を入れたポットを、アルコールランプのような物で沸かした。

 この世界にガスコンロないから、ああするしかないのか。


「君も聞いたと思うけど、我々は植物学に身を置きつつ、アルスという植物生態系の主に奉仕している。今、妻と一緒に幼体アルスの世話をしている所だ。……弟である彼より、かなり成長が遅いけどね」


 彼の視線が、アルスに戯れている子アルス達に向いていた。

 アルスの体表を噛み付いたり、背中に乗ったりとはしゃいでる。アルスの方は困っているみたいだけど、特に嫌がっている訳でもなさそうだ。


 というか、この人の最後の言葉が引っかかった。明らかに「弟である彼」って。


「それってもしかして……」


「あなた、ただいまぁ! いやぁ、今日の魚が大量に釣れたよぉ!」


 今度は女性の声だ。私達が入ってきた玄関から聞こえてくる。

 すぐさま、その声の主と思われる人がこちらにやって来た。赤毛のショートや人懐っこそうな童顔が特徴的な、ほんわかそうな女の子。その手には縄で吊るした数引きの魚を持っている。


 見た目が私と同じくらいだから、もしかしたらメロ君の姉だったりとか。いやこの人、今さっきお父さんを「あなた」と言っていたような……でもそういう呼び方をするというのなら矛盾はないか。


「ああ、お帰り。沢口さん、皆さん、彼女が僕の妻だ。メロの母でもある」




 …………えっ?




「「え、えええええええええええ!!?」」


 この人がメロ君のお母さん!!?

 いやだって、身長が私とほぼ同じだよ!? どうみても中学生か高校生辺りにしか見えない! そりゃあ、私はおろか森さんも驚くよ!?


 対してお母さんと言うその人は、私達の反応を理解してないのか至って落ち着いていた。


「あれ、もしかしてお客さん? というか大きいアルスがいるって事は、あなたもしかして沢口さん?」


「え、ええ……。あと、こちらは森彩夏さんと森誠君……それと知っていると思いますがユウナさんです……」


「どうもです……あ、あのすいません!! あなたおいくつ!?」


 案の定、森さんが私達の言葉を代弁してくれた。

 お母さんはそれを聞いて「歳ですかぁ。恥ずかしいなぁ~」と照れ臭そうにする。


「まぁ、二十三歳ですよぉ。そんなに驚く事じゃないと思いますけど」


「二十三!? メロ君、今何歳!?」


「十三です」


「という事は十かそこらでメロ君を産んだって事!? さすがに子持ちでその年齢はおかしいですって!!」


「ええー、そう? そう見える、メロ、あなた?」


「いえ、母上は至って正常です」


「僕もそう思うよ」


 メロ君とお父さんが「それって当然ですが何か?」と言いたげな顔をしていた。

 あまりにも追いつけない……常識人だったお父さんがまさかのロリだったなんて。そんな事が現実にあっていい物なのか……?


「……沢口ちゃん、どう思う?」


「異世界の人ってたくましいんですね……もしかしてユウナさんの両親もそうなの?」


「い、いえ……普通に二十代で結婚しましたね。ごくたまにメロ様のお母様のように、十代で結婚する場合がありますが……」


「やばいっすね……異世界」


 本当にもうそれしか言えない……。

 ここに来る前に「異世界と私達の世界の常識は違う」とは言われたけど、それは本当の話だったようだ。そう実感するしかない。


「何こそこそ話しているの?」


「あっ、いえ何でもないです! あの、もしかして釣りをしていたのでしょうか!?」


「うん。主人がアルス達の世話や植物の研究している間、私が畑の仕事や食糧確保しているの。ここのお魚は美味しいからねぇ」


 お母さんが縄で吊るした魚を掲げてきた。

 数はざっと十匹で、姿形はアユに似てなくもない。塩焼きにしたら絶品なのかも。


「これを煙でいぶして保存したり……あっ、それよりも沢口さん」


「はい?」


「あなたの事はメロから聞いているよ。姿とかはよく分からなかったんだけど、まだ若いとはびっくりだよ。あまり私より離れてない感じかな?」


「え、ええ……そうなりますかね……」


「私、前にメロからあなたを連れて行くって聞いて打ち解けれるかなぁって思ったけど、何だが大丈夫そうだね! もしよかったら遠慮なく私を頼ってね!」


 それはもう眩しい笑顔をして、私の手を握ってきた。


 年齢の事でまだビックリしているけど、こちらもいいお母さんじゃないか。ますますメロ君が突然変異にしか見えてこない。

 一体メロ君の腹黒はどこからやって来たのやら……まぁ確かめようがないので、それは後回しにしよう。 


「じゃ、じゃあ……この子達と仲良くするにはどうしたら……」


 頼ってくれと言うのでお言葉を甘えて。私はお母さんに、子アルス達との和解方法を聞いてみる事にした。

 するとお母さんが「ああ、なるほどぉ」と不意に移動。近くにあった棚を開けていた。そこから何やら重そうな壺を取り出してくる。


「そんなの簡単。この壺に入れた発酵草を与えるだけだよ。この子達、これが好物なの」


「へぇ、そうなんですか。それは助かり……」


 私が取り出した壺の中を覗いてみた。

 そこには黒ずんだ葉のような物と鼻に突き刺さるにおいが……臭い!!?


「くっさあああああああああ!!?」


「沢口さん!?」


「瑛莉どうしました!?」


 人目は憚らず転がり込んでしまった……!!

 この壺臭うよ!? というか発酵草から汚物のような激臭がしてくる! こんなおぞましい物、嗅いだ事がない!?


「アハハハ! 最初はそうなるよねぇ。でも慣れれば問題ないから。ほらっ!」


「ええ! そんな急に持たされても……臭っ!? やばす!?」


 壺を持つだけでも臭い! まるで動物の腐った内蔵とか嘔吐物とかを混ぜた感じみたいな……これでは身体中が蝕まれてしまう!!

 私嫌だよ!? 臭さで即死してしまうのは!?


「キュウ!」「キュウウ!!」


 ただ悶える私の足元を、子アルス達が集まってくる。物欲しがる仕草が、まるでゼロツーソーセージにたかっていた子供達みたいだ。

 ……えーいままよ! この子と仲良くなるにはこれしかない!


「ほ、ほら! 臭い! ご飯だよ! マジで臭い!!」


「キュウウ!!」


 手で発酵草を持って、子アルス達に与えてみる。

 その子達が嬉しそうに首を伸ばし、手に持った発酵草を食べた。そして美味しそうに咀嚼する。


「モグモグ……キュウウ!」「キュウ!」


「美味しかった!? よかった! そしてやっぱ臭す!」


 嬉しそうで何より! でもよく食べれたね!

 私は我慢しながら全員に与えた。そうして食べ終わった子から、私の足を甘噛みをしてくる。


 ああ、これだよこれ……私が望んでいた最高のパラダイス。子アルス達が無垢な子供達のように、私の周りに集まってくれている。アルスと愛を確かめ合っている時と同じく幸せだ……。


「えへへ……可愛い……ね……臭い」


 子アルス達と打ち解けれたみたい……これは嬉しい……。

 でも自分の周りが臭いしかなくて……ああもうダメ……。


 ――バタン!


「瑛莉!?」


「エリ!? 大丈夫か!?」


 いつしか私の身体がぐらり倒れる。

 アルス達に囲まれながら、意識が遠のくのを感じた。

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