第58話 初めて訪れた異世界

 私が目を開けると、そこにあったのは、


「ヨぉ」


「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!」」」


 化け物の顔!! 喰われる! 喰われる!!

 ……って、よく見たらリジロだった。思わず森さんと誠君と一緒に叫んでしまったよ。


「もうびっくりしたじゃない……。誠君、森さん、この子は大丈夫……」


「この際だから言っておくね! 私、あんたが隠し持ってたSMプレイの本見ちゃったの! 黙っててごめんね!!」


「そういう姉さんこそ、早く彼氏を見つけるべきだったよ! 婚期逃しそうだったしさ!!」


「喧嘩売ってんのかい!? もう喰われるけどさ!!」


 リジロに食べられる前にと思っているんだろうか。二人が抱き合いながら遺言を残している。

 というか誠君、どういう本持ってんだよ。森さんは確かに彼氏作らないと後悔しかねないけどさ。


「ナニあれ?」


「ああ……姉弟同士で秘密を明かしているんだよ。気にしないで」


「ああソウ。ところでエリ、前にメロッチを追い出シタらお菓子アゲるって言ったヨナ? ちゃんと持ッテきた?」


「えっ? ああ、ごめん。持ってくるの忘れちゃった」


「エエエエ!! 何でダヨォ!! お菓子期待シテタノニー!!」


 私の前でリジロがバタバタと駄々をこねる。相変わらずの子供っぽさに、思わずため息を吐いてしまった。


 でも転がり回るリジロを見て、ハッとした。地面がレンガのような固い物で敷き詰められている。それで周りを見回した時、自身の目を疑ってしまった。


 私達がいるのは、さっきまでの土手じゃない。ここはどう見ても、何かの建物内だ。

 白いレンガを積み上げたらしい石造り。壁には窓らしき大きい穴があって、そこから日差しが入り込んでいる。窓はないみたいだ。


 それに所々苔むしているし、レンガの間から雑草が顔を出していた。多分人がいなくなってから長い間放置されたんだと思う。


「転移成功しましたね。この神殿の廃墟から離れた距離に、私の住居があります。離れずに付いてきて下さい」


「へぇ、神殿なんだ。ファンタジーって感じがするなぁ」


 確かに森さんの言う通り、神殿というとファンタジーなイメージがある。

 目の前に光が差し込む出入口があった。メロ君を先頭に進むと、やがて外が見えてくる。


 ――呆気に取られてしまった。これまで見た事がない草原があったのだ。


 青い空の下に、見渡す限りの草原が広がっている。そよそよと吹く風で草が舞っているのも分かる。

 あと匂いだ。いかにも自然だという感じな新鮮な匂い。以前、アルスを探しに自然の奥地に行ったんだけど、それとは違う匂いだ。


 ちなみに後ろを振り返ると、やや縦に長い建物があった。確かに言われてみれば神殿のようにも見える。


「……本当に異世界に来たんだ……私達……」


「ええ。と言っても、ワタクシとユウナさんにとっては故郷なんですが。印象はどうでしょう?」

 

「ちょっと……すごいなぁって思う。ねぇ、アルス?」


「ああ、エリの言う通りだ」


 アルスも、呆然とした表情で辺りを眺めていた。

 というかここって、


「ある意味では故郷でもあるんだよね。でも種のまま来たから覚えてないか……」


「まぁ。……でも懐かしい感じがする」


「……そっか」


 種のままと言っても、何かしら思う所があるんだろう。アルスの懐かしむような顔がその証拠だ。

 そういえば種で思い出したけど、アルスの種はどうやって作られるだろうか。異世界に来たらそんな事を考えてしまった。


「キャッホーイ!! すげぇ転げれるよこれ!!」


 ふとはしゃぎ声が聞こえてきた。

 見てみると、森さんが草原を転げ回っているらしい。子供か。


「森さん、今そんな場合じゃ……」


「それは思いつかなかった……それ!」


「オレもヤルやる!! ひゃっほいいい!!」


「あんた達もかい!!」


 メロ君とリジロもはしゃいでどうする!?

 リジロは大き過ぎるせいか、転がるたびにこっちまで振動が伝わってきた。


「……アルスもやってみる?」


「いいや。馬鹿っぽいし」


 残念な人を見る目をするアルス。それを聞いたユウナさんが苦笑していた。

 結局一分くらい、森さん達が転がりながら楽しんでいた。おかげで服が草だらけになっている。


「いやぁ、我ながら楽しんじゃいましたね。これを思いつくなんて森さん中々ですな」


「そっかなぁ? 小さい頃にこんな遊びした事があったからさぁ」


「別世界人故の発想という訳ですね。よし、特別として、あなたに最高級のお酒を堪能させてもらいましょう」


「えっ、マジ!! 沢口ちゃん、お酒だって!! お酒最高!!」


「……は、はぁ……。まぁ、とにかく行きましょう」


 酒と聞いて森さんが大喜びだけど、そろそろ先に行くべきだ。

 メロ君も「それもそうですねぇ」と引き続き先導をしてくれた。この草原を道なりに進めば目的地が見えるという。


 平坦な場所があったと思ったら、急に坂になったり、逆に降りたりする場所があった。辺り緑色だから凹凸が分かりにくい。

 かれこれ数分は歩いていても、未だメロ君の言う住居が見つからない。

 

「えー、このたび異世界日帰りツアーにお集まりいただきありがとうございます。ガイドはワタクシメロになります」


 何か始まったいきなり!?


「では皆様、右手をご覧下さい。空にある物が飛んでおります」


「右?」


 言われた通り見てみると、確かに何かが飛んでいた。

 三体の鳥みたいな生物だ。翼があって、顔が爬虫類っぽくて、尻尾がある。


「あれってもしかしてワイバーン!?」


「おお、森さんの弟さんは分かりましたか。その通り、この世界に君臨するドラゴンの眷属であり、生態系中位を担う存在。はるか古代から生息している存在なんです」


「へぇ、そうなんだ! というかドラゴンもいるんだね!」


「いるというかワイバーンと同様、この世界にとっての支配生物なんですよ。元々この世界にはドラゴンとワイバーンくらいしかいなかったのですが、年月を掛けて様々な生態系や生物が出現したのです。その中の一体がアルスという訳ですね」


 それを聞いた途端、目を輝かす誠君。


「なるほどなるほど……何かワクワクするなぁ」


「やっぱり誠君、こういうの好きなんだね」


「そりゃあもちろんだよ。まさかこの目でワイバーンが見られるなんてなぁ」


 男子が異世界ファンタジーが好きなのは知っている。色々な意味で変な誠君でも、そういう所があったりするはずだ。

 かくいう私も少しワクワクしていた。来る前にあった不安なんてとっくに消えている。


「続きまして左手をご覧下さい。恐鳥ディアルマの群れが草原を駆けています」


「「「おおおお……!」」」


 ダチョウのような巨大な鳥が草原を駆けていた。色が灰色で数頭はいる。

 誠君が興味津々にスマホ撮影をしていたので、私も同じようにしてみた。何回もディアルマの群れを連続撮影……うん、これは良い絵だ。


「オオオオ!! エサだあああああ!!」


「こらぁ! そこのお客さん!! 列から離れない!!」


 リジロも楽しんでらっしゃるみたいだ。


 その後、私達ツアーの前に森が見えてきた。中に入ってみると鬱蒼として、草原と比べてやや薄暗い。

 モンスターに襲われるのではと心配があったけど、その私に気付いてか「この辺は凶暴なモンスターはいませんよ」とメロ君が言ってくれた。もし襲われてもアルスやリジロがいるから大丈夫だと。


 森の中を歩く事数分。少しずつ周りの樹木が減ってきた気がした。それにつれて開けた空間が見えてくる。


「……あれは?」

 

 森林の中に大きな湖があった。向こう岸が遠くに見えるくらいとんでもなく広い。

 その湖の中に、大きな城というか建物というか……明らかに人工物のような物が浮かんでいる。

 

 その周りを同じような物が点々としている辺り、まるで湖の上に街があるかのようだ。


「千年以上前ですかね。その時に大災害があって滅亡した帝国なんですよ。もう古い事だからあまり詳しい事は分かってないのですが」


「ふーん、そうなんだ」


「元々別の国で住んでいたのですが、この人の少ない自然に目を付けた両親が、この帝国跡の近くを住居にした訳です。帝国跡には幽霊が出るーなんて言われてますけど、一回も見た事がないですね。まぁ、その代わり買い物などは、定期に来る馬車を利用しないといけないのですが」


 メロ君とご両親が植物の学者だってのは聞いている。メロ君達にとっては、都会よりもこういう自然の場所で生活しやすいんだろう。

 私達は帝国跡という湖に向かった。すると確かに、その岸に木造の家が建てられていた。


 周りには奇妙な植物が植え付けられたガーデニング、野菜と思われる畑、檻に入れられたニワトリもいる。人気のない場所だから自給自足の生活をしているって事か。


「ただいま帰りました……って留守ですか」


 家の中に入る私達。


 中は概ねビランテのような感じだった。まるで御伽噺に出てくるような洋風な趣で、かなり快適そうな感じ。台所とかテーブル、そして暖炉もあるみたいだ。


「両親はそう遠くには行ってないと思います。それまで休んで下さい」


「あっ、じゃあ私、アルスと一緒に外に……」


「エ、エリ!」


「ん?」


 アルスの焦った声が聞こえてきた。

 不思議に思いながらも外を出てみると、




「キュウキュウ」「キュウウウウン」「キュウ」


「!?」


 アルスが……小さいアルスがいっぱいいる!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る