成長記録 終了

第56話 子供には餌付けが一番

『アルスが生態系を担う神獣だってのは説明しましたね。アルスの存在は、自然にとって重要な鍵と言っても過言ではありません。なので、あなたと離れなければならない時が来ます』 




『……それはアルスが異世界に帰るから? これまでの説明からしてそうじゃないの?』




『いや、それは違いますね。むしろそれだったら、あなたを異世界に連れて行こうと考えてたのですが』




『えっ?』





『アルスはこの世界に留まります。異世界に帰るという事はありません』





『じゃあ……』





『しかし目的があります。アルスという種には、自然の植物を促進させるという行動原理……それが遺伝子レベルに刻まれています。なのでこの世界に起きうるだろう温暖化などを防ぐ為、遅かれ早かれその目的を行う時が来る。

 これが、ワタクシ達植物学者が、この世界に彼を解き放った目的なのです』




『この世界の植物を促進って……じゃあ』




『ええ、つまりを回るという事になります。かなり長く、果てしない年月を掛けながら……』




『……どのくらい、掛かるの?』










『――約3833日。十年と半年になります』


 


 それがメロ君から告げられた、私とアルスの長い別れの日だった。




 -------------




 冬の季節になった。


 私の学校では皆、長袖になっている。あれだけ暑かった教室や廊下も寒くなっているし、中には手をいつも擦っている人もいた。


 私はそんな中、自分の机に座っていた。

 特に何もしていない。何もない所を見つめてばっかりだ。


「なぁ最近の沢口、何か様子がおかしくね?」


「せやな。ここんところずっとあんなんやで。一体どないしたんだか……」


 私から遠巻きに見ているのが牧君と矢口君。

 二人して心配しているのは分かっている。でも私は聞こえない振りをするしかなかった。今は返事する気力も、説明する気力もない。


「仮にも同じクラスメイトやし、元気付けなあかん。牧、頼んだで」


「はぁ!! 何で俺が!!?」


「文化祭で一緒に回ろうって誘った事あったやろ。お前、あの子に気があるんちゃうの?」


「そんな訳……ない……だろ……? あれ……?」


「ほなやっぱり。とりあえず元気ん付ける為に、カラオケにでも誘っとき。俺は傍から見守っとるわ」


「……はいはい、やりますよやりますよ。ったくお節介焼きだなお前は」


 何か話をしている内に、牧君が私の元に向かってきた。


「あー、沢口。何か元気なさそうだから、俺とカラオケ――」


「ありがとう牧君……でも今は大丈夫だから……」


 気持ちは嬉しいけど、とてもそんな気持ちにはなれないので断った。

 それから矢口君の元に戻る牧君。


「呆気なく撃沈されたなぁー」


「もう一生童貞でいいや……。そんでリア充に呪殺してやる……」


「全国のリア充に迷惑やろそれ……」


 本当にごめん牧君。

 でも誘ってくれた事は本当に嬉しいと思っているから……伝わればいいけど。

 

「二人とも、あまり沢口さんにちょっかいはやめた方がいいよ?」


「うお、森か。別にちょっかいなんて……」


「……今は、沢口さんを一人にさせた方がいいと思う」


 二人の元に誠君が来たようだ。

 彼には事前に、を話している。だからなのか私を気遣ってくれた。


 誠君には心配かけて申し訳なかったけど、一方でありがたい気持ちもあった。今は一人で考えたい気分なんだ。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 チャイムが鳴った。そろそろ帰りのホームルームが始まる。

 誠君達が席に戻った後、担任の先生が大量の紙を持ちながら入ってきた。


「席に着いたな? 皆が前聞いた通り、この時間は進路希望調査をやる。この紙に就職したい職業を書いて、先生に提出してくれ。まだ決まってない場合は『未定』と書くように」


 その紙が私達に配られた。

 進路希望調査……高校生の私達にとって大事な事だ。後々に響くからちゃんと書かないと。


 書かないと……


 


 …………




 ……あれ、頭の中が真っ白だ。職業のしょの字すら出てこないなんて。

 大事な事なのに参ったな……。先生が未定でも言ってたからそうしとこうか。とりあえず職業欄に『未定』と。


 何と言うか、今の自分には就職なんてどうでもいいのかな。もう投げやりと言うか。


「うぉ、ほとんど未定とはこれ如何に。まぁとりあえず、後日改めて先生の所に来るように」


 それから先生の話を黙って聞いていた。

 すると裾を隣の女子に掴まれたので、訝しながら振り向いてみる。


「どうしたの?」


「これ、窓際から男の子がやってきて『沢口さんにあげて下さい』って……なんだろうねこれ?」


「…………」


 女子の手に三本の花が握られていた。これは……フイエスの花じゃないか。

 フイエスはビランテにしか売られていない。という事は今言った男の子って……。


「お、おい、聞いたかいな牧?」


「ああ……沢口に花をあげる男の子って……」


「もしかしてもしかしたらちゃう? 牧、一大ピンチやん」


「だから何で俺が……!」


「おーいそこ、静かにしろー」


 ……あの子ったら本当に。


 先生に見つからないよう、花をカバンの中にしまった。それと、ちゃんとカバンにが付いているのも確認。……よし、ちゃんと付いている。OK。

 そのまま下校の時間になる。誠君とは挨拶を交わさなかったものの、それはそれで失礼だから目線だけは交わした。


 私は学校を出た。向かう先は川の橋だ。




 ――と、そこに着いた私は早速唖然としてしまった。


「よぉしもう一回!!」

 

「キャー!!」


 子供が……寝ているアルスの上を滑っている!?


 子供達は遊具か何かと思っているのだろうか……。にしても背中滑っても反応しないアルス、ある意味すごっ!

 でもこれじゃ私と話せないし、何とかして説得させないと。あれは私が置いた物だからって言えばいいかな。


「あー……ちょっとごめん君達」


「ん? お姉ちゃんもしかして一緒に遊びたいの?」


「いやそうじゃなくて、これは私が置いていった物なんだよね。出来ればそろそろ終わりにしてほしいなぁって……」


「えー、これお姉ちゃんが? こんなでかいの持てる訳ないじゃん」


「いや、案外筋肉ムキムキだったりしない? 力入れれば服がちぎれたり」


 君達にとっての私って何なんだよ。

 こういう場合、お菓子で餌付けってのが定番だろうけど、生憎そんなのは持ってない。かといって思う存分遊ばれたら時間が経ってしまう。さてどうすればいいのやら。


「やぁやぁやぁ、そこの元気な君達ー」


「ん? またお姉ちゃん?」


 呑気な声と共にやって来たのは、何と森さんだった。

 森さんがポケットに突っ込んでいた手を取り出すと、子供達から驚きの声が上がる。


「あっ、それ!! 今人気のゼロツーソーセージ!!」


 確かそれ、話題の特撮ヒーローとタイアップしたソーセージなんだっけ。

 何か子供に人気とか聞いた事あった気がする。


「ただいま君達分を持っているんだけど、さてどうしようか。このまま私が全部食べちゃおっかなぁ~」


「ええ~!! ずるい~!!」


「アッハッハ、冗談冗談! こっちに来たらちゃんとあげるからさぁ。ほーらゼロツーソーセージだよぉ~、美味しいよぉ~」


「あっ、ちょっと待ってぇ!」


「ヒャッハー!! 新鮮なソーセージだぁ!!」


 この場から離れる森さんと子供達。何か一人世紀末がいたけど、きっと気のせいだ。うん気のせい。

 その森さん達が土手から消えた後、アルスの隠していた顔がもたげてきた。


「全く、少し重たかったな。ともかくお帰りエリ」


「た、ただいま……。あの、滑り台にされて大丈夫だったの?」


「まぁ何とか。別にいたずらはされてなかったしな」


 そうか。さすがに身体に落書きしてたら、鬼の形相で涙を枯らしていたかもしれない。

 なんて冗談をしていたら、アルスの目線がバッグに向く。


「それ、ちゃんと持っているんだね」


「……うん、そりゃあもう肌身離さず」


 カバンには、あの折り鶴をストラップ代わりに付けていた。

 これは私にとってのお守りのような物だ。これさえ付けていれば、アルスが近くにいるような気持ちになってくる。


 私がじっと折り鶴を見ていたら、ふと森さんが帰ってきた。子供達は一緒にいない様子だ。


「いやぁ、やっぱ子供って単純よねぇ。あの子らはそのまま帰ったから心配しないでね」


「あっ、はい。えっと……森さんありがとうございます」


「いいっていいって。どうせ休みだしアルスの所行こうと思ったら、あの子達が遊んでいたからさ。急いで買ってきた奴で釣ろうと思った訳ってね」


 ケラケラ笑う森さん。

 それからアルスに近付いて、その顔に手を触れる。


「何度見てもごついよねぇ。何か一瞬にして喰われそう」


「さすがにそんな事はしないよ」


「分かっているって。ほら、沢口さんも」


「ええ。あっ、アルス。これ持ってきたんだけどさぁ」


 私はカバンからフイエスを取り出した。

 最近買ってもいなかったからどうなのかなと思ったら、アルスが「おっ」と興味を示してくれた。


「久々だね。ちょうど甘い物が欲しかった所なんだ」


「本当? そんなに数はないけど、よかったら食べて」


「うん」


 嬉しそうにフイエスを口にくわえて、モグモグと食べてくれた。あれから成長したものの、仕草とかが今までと変わってなくて、思わず口元が緩んでしまった。


 でも私の胸内に、重い不安が伸し掛かってくる。

 何故なのか分かっている。しかもアルスには言いにくいと来た。多分これが躊躇という気持ちなんだろう。


 でも私は……それでも聞きたい。


「……アルス」


「ん?」


 メロ君からあの話をされた時、アルスは寝ていた。つまり話は聞いていないはず。


 アルスという種に、その目的が遺伝子レベルに刻まれているとは言っていた。しかしアルス自身どう思っているのか分からない。

 だから聞かなければならない。この子自身がどう思っているのか。


「えっと……その……ごめん何でもない。食べてる所邪魔してごめん」


「そ、そう……? 本当に大丈夫なのか?」


「……うん」


 口にする事が出来なかった。『アルスは本当に世界を回るの?』って言葉、簡単なはずなのに。

 

 もしかしたら私、怖がっているんだ。

 それを聞いて「そうだ」と返されるのを……きっと。

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