第55話 口に出す事は出来ない
やがて日が暮れる。
最後の巨大生物を倒した後、アルスがまた疲れ切ってしまっていた。今日の所は、これ以上動く事はないとは思う。
私達は水浴した滝つぼ近くでキャンプ……というか野宿をする事になった。
「はい、沢口さん」
「あ、ありがとう……」
暗闇の中で焚火が燃える。
メロ君は即席のスープを煮た後、私とユウナさんにくれた。コップの中に入ったスープから湯気が立っているのが、食欲をそそらせてくる。
飲んでみると、身体の芯から温まった。市販らしいけど普通に美味しい。
「あれからアルス様、寝てしまいましたね」
「色々あったからねぇ……」
アルスはリジロと一緒に寝てしまっている。
リジロのいびきが異様にうるさいけど、アルスの方は全く気にしていないらしい。疲れ過ぎて耳に入っていないんだろう。
「リジロはともかくとして、アルスは明日になれば回復すると思います。しばらく放っておいて大丈夫でしょう」
「うん、分かった」
私達も歩き疲れている。アルスと同じように体力を回復すべきだ。
またスープを飲んで、ほっと一息。それでおもむろに顔を上げたら、そこには青い夜空と無数の星。
綺麗……。
地元では星なんて数個あれば奇跡だった。空気が綺麗な所だとハッキリしていると言うのは本当の話だったんだ。
もしアルスが起きていたら、一緒に見れたのに。
「……沢口さん」
「ん?」
星を見ていた私にメロ君が言ってくる。
私は彼へと向く。
「スープを飲みながらでよろしいです。ワタクシの話を聞いてくれますか?」
「…………」
私は今、険しい顔をしているだろう。
これから言うメロ君の話は、絶対にたわいもない物なんかじゃない。その証拠に、彼は至って神妙な表情を浮かべていた。
「アルスが生態系を担う神獣だってのは説明しましたね。アルスの存在は、自然にとって重要な鍵と言っても過言ではありません」
「……うん」
「なので……」
メロ君が伝えたその話。
私は最後まで聞いて、そして仮面のように表情が固まってしまった。
「今は返事しなくて大丈夫です。ただその日が来るのを……覚悟しておくといいかと」
「…………」
今、自分は何を思っているんだろう。
正直言って、今の頭の中は真っ白だ。一体どういう気持ちなのか、よく分かってない。
「……そろそろ寝ましょう。明日には我々の街に戻りますね」
メロ君がすぐに寝袋に入ってしまった。
ユウナさんは彼に思う所があったのか、呆れた視線を投げていた。それで心配そうな表情を私に向けてくる。
私は彼女に対して何も言えなかった。
何も言えないまま時間が過ぎていって、残ったスープから湯気が消えてしまった。
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「エリ、もうすぐ着くよ」
「…………」
「エリ?」
「……あっ」
今まで何をしていたのかすら分からなかった。それどころか、あれからいつ寝たのかも覚えていない。
気が付けばアルスの背中に乗っていて、空の上を飛んでいる最中だった。あまり下は見たくなかったんで一瞥程度だけど、ちゃんと地元の街が広がっている。
「ごめんアルス……ボォーとしてた」
「そうか。これから僕達は川に降りるから」
「川……?」
「なるべく、人目の付かない川に降りた方がいいと判断したのです。それにあそこにある橋の下なら、アルスを隠す事も可能です」
私が疑問に思った時、メロ君が答えた。
確かに川は街から少し離れた距離にある。それに周りの空は夜明け辺りだ。多分早朝なら、外にいる人が少ないとメロ君が判断したんだろう。
私達を乗せたアルスとリジロが降下していく。徐々に川と橋が眼前に近付いてきた。
降り立った私達はすかさず橋の下に移動。さすがに人が少ないと言っても、隠れてなければ意味がない。
「……そうだよね。今のままじゃアパートに戻れないよね」
「ん、何か?」
「ううん何でもない……それでアルス、ここにいて大丈夫なの?」
分かっているんだ。アルスの巨体ではアパートは無理なんだって。だからここに隠すしか方法がない。
問題はここに置いて変な事が起こらないかだけど。
「多分こうやればやり過ごせれる。動かなきゃいいんだし」
アルスが頭と尻尾を丸めて、地面に寝転がる。
まるで緑色のドームみたいだ。何かの置物にも見えなくもない。
「うーん、ちょっと苦しいですが何とかなるでしょう。ここに物を廃棄するってのはおかしな話じゃないですし」
「メロ様、アルス様に廃棄というのは……」
「ああ、すいません。沢口さん、どうか気を悪くしないで下さい」
「うん、大丈夫……」
別にメロ君、悪気があって言ったんじゃない。
ともかく私は気を取り直して、出てきたアルスの頭に向かった。頬に軽く手を触れたりする。
「一旦アパートに戻るね。ちゃんと毎日はこっちに来るから」
「分かっている。アパートの皆によろしく」
「……うん、ごめんね」
そっとアルスの口に近付いて、キスをする。
私達はアルスと離れ、アパートに帰る事になった。一方でメロ君とリジロはビランテに戻るという。
それから惰性的に道なりに進んだ。何だか頭が空っぽになってて、ただ『歩く』という事を機械的にやっていた。
もうアパートに着いたと知ったのは、目の前に現れたのを気付いてからだった。
そのまま自分の家に戻ろうとした時、横から声を掛けられる。
「沢口ちゃん? 沢口ちゃんじゃないか!」
「……長谷田さん」
敷地内にダンベルを持った長谷田さんがいた。
たまに早朝に筋トレしているって聞いた事があるから、まぁそういう事になる。
「心配だったぞ、何か大家さんがアルスがどうたらって……あっ、ちょっと待ってな!」
急に自分の家に戻る長谷田さん。
そしてしばらく経って、頭を抱えている森さんと一緒に戻ってきた。
「うう……飲み過ぎたぁ……って沢口ちゃん、やっと戻ってきたんだね!」
「あの、ご迷惑を掛けて……うわっ!」
「いいのよいいのよ! 昨日帰ってこないから心配しちゃって……それでヤケ酒しちゃってさ」
「そ、そうですか……」
抱き締めるのはいいのですが、森さん酒臭いです……。
でもヤケ酒するくらいに心配していて……本当に面目ない。
「それでアルスの奴は? 一緒じゃなかったのか?」
「……いえ、ちょっとこっちに来れないというか……でも今は無事なので」
「そうかそうか。あの子にも何かあったんじゃないかと思ったんだが杞憂だったな。まぁ、何事もなくてよかったよかった」
ケラケラと笑う長谷田さん。森さんも「ですよね~」と同じように笑った。
私も笑うとはいかなくても微笑んだ。確かにアルスの身に何事もなくてよかったと、ここに着いてから思うようになってきた。
でもアルスはもう、この街にいられないんだ。
そう思っても、口に出す事は出来なかった。
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