第54話 僕は変わりたくない
あの後だろうか。僕の全てが変わった瞬間というのは。
僕はユウナによって、文化祭という場所に連れてこられた。公園とかと違って人間がたくさんいて、僕は最初戸惑っていたとは思う。
それからエリと一緒に文化祭を回って、色んな物を見てきた。アトラクション……だっけか。そういうのを遊んでいたけど、どちらかと言えばご飯が美味しかった記憶が強い。
でも、アトラクションをやる事よりも、ご飯を食べる事よりも、エリと回って楽しかった。
僕を愛してくれる人、僕が愛している人。
一緒に文化祭を回った時、エリは楽しそうに笑っていた。それが何となく面白くて、嬉しく思ったりもした。
だけどその後、リジロという奴と出会った後、何かが変わった。
そいつを追っ払っている内に、身体の中から何かが疼いてきて。家に帰った時も全然収まらなかった。
夜が明けた時には、身体が熱くなったのを覚えている。僕は少しでも冷やそうと外に出たんだけど、全然容態がよくならない。
でもどうしてか、
まるでこうなる事を最初から知っていたような……記憶レベルに刻み込まれていた。そんな感覚があった。
「アルス様……」
身体がさらに熱くなった時、ユウナがやって来た。
ユウナは医者だから、容態にはすぐ気付いているはずだ。だけど何故か手を出してこない。
「ユウナ、もしかしてこの事……」
「……ええ、身体の発熱は急成長の兆しです。あなたはこれから成体……自然生態系の神獣に成長するでしょう」
「やっぱりか」
何となくそんな事だろうとは思っていた。
僕自身、単なる植物の怪物じゃないとは薄々感じていた。メロの奴、それが分かってて黙っていたんだ。本当にアイツは嫌いだな。
「成長した後に闘争本能に侵されますが、わずかな理性を使って山などに向かいます。一時的なんでしょうが、恐らくは私達の事を……」
「……そうなんだ」
何て不便な身体なんだ。
そう不満を抱きつつも、自分でもどうする事も出来ない。身体の中から……何か強い物が渦巻く。
「……エリの事も……忘れてしまうのかな……」
「……えっ?」
不安はないとさっき思っていた。でもそれは身体の異常に対してだ。
僕が不安がっているのは、エリを忘れてしまうのではないかという事。
一時的にとは言っていたけど、もしその間にエリに何かあったら? 僕がエリに傷付ける事があったら?
僕が全く別物に変わってしまったら?
「……忘れたくない……」
込み上げてくる。
エリを忘れるという恐怖、何かに変わってしまうという恐怖が込み上げてくる。
僕の大切な人が頭の中からいなくなるなんて……そんな事があって……
「グウウウ……!!」
「アルス様……!」
背中からギチギチという音が聞こえてきた。目の前の視界が揺らいできて、意識も朦朧している。
ああ……これから変わってしまうんだ。何もかも……。
「大丈夫です! アルス様が瑛莉を忘れるはずなんてありません!! アルス様は瑛莉の事が好きなんですから!! だからどうか、自身を見失わないで!!」
「……ユウナ……」
「勝って下さい!! 自身のその状態に勝つのです!! 勝って、もう一度瑛莉と向き合って下さい!!」
「……勝つ……カ……ツ……グルルル……!!」
この時、ユウナを弾き飛ばしていたとは思う。
それ以外で覚えているといえば、自分の背中が割れた事くらいか。
《アルスside》
-------------
《瑛莉side》
「しっかり掴まってて」
あれから水浴を済ませた後、私はアルスの背中に乗っていた。背中の体毛のような物をしがみつきながらも、アルスが森の中を駆けていく。
やりたい事があるから付いて来て欲しいとは言われたものの、未だ具体的な事は言われてない。それでも何となく分かっていたので、私は黙っていたが。
しばらくアルスが走っていると、目の前に巨大な影が見えてきた。
「ギチギチ……」
やっぱりかという気持ちが出てきた。
ある一本の木をかじっている巨大生物がいる。
見る限りクワガタムシの変異種。どこか前に見たカナブンの化け物によく似ていた。
アルスがやろうとしているのは巨大生物の掃討だ。まだ生き残りがいたのは分かっていたので、大した衝撃なんて抱いていない。
「耳塞いで」
急いで耳を塞ぐ。同時にアルスが強く吠えた。
可視化された咆哮がクワガタムシに直撃。周りの樹木ごとバラバラに砕いてしまう。
咆哮が終わった後に残ったのは、凪ぎ倒れた樹木、抉れた地面、そして化け物の肉片と体液。
「…………」
「これを見せたかった」
私が呆然としていた所、アルスが意味深な事を言ってきた。
「これ……?」
「明らかに前より強くなっていると思う。それに、後ろを見てみなよ」
言われた通り後ろを振り向くと、すぐに意味が分かった。
草木が大きく成長していた。さっきまではアルスの足元ほどの大きさだったのに、今は背中にいる私に届きそうになっている。
アルスが通った後はあんな風になる。さっきメロ君が生態系云々というのは、こういう事なんだ。
「今までにはなかった力が芽生えているんだ。正直自分でも驚いているけど、神獣って言われる理由も分かる気もする」
「…………」
「だからこそ、変わってしまった今の自分をエリに見せたかった。エリに僕の全部を明かして……そうして理解してほしかった。だから今は戸惑ってもいいから、それだけは覚えていてほしい」
長い首で私を振り向いてくる。今までになかった瞳で見つめながら。
確かに戸惑っていると言えばしている方だ。でもアルスがそう言うのなら、私は受け入れるまでだ。
私は無言で頷く。アルスはそれを見た後、前方に向き直る。
「……まだ化け物はいる。一気に片付ける」
「どれくらいいるの?」
「匂いからして三体ほど。今の僕ならそんな苦戦はしない」
アルスが言い終わった時、ブウウン……と音波のような音が聞こえてきた。
――アルスが浮いた。目を凝らしてみると、微かに周りから陽炎みたいな物が見えている。これがメロ君が言っていた反重力だろうか。
私が思っている内に、アルスが森の上を飛んでいた。同時にまたもや高所恐怖症が発動してしまう私。
「ちょっと怖いかも……」
「ああ、ごめん。少し降りようか?」
「……ううん、大丈夫。ちょっとだけ我慢出来ると思う」
嘘じゃない。
怖いは怖い……でも何だが、リジロに乗っていた時ほどじゃない。それは多分、アルスを信じているから。
飛んでいたアルスが急に降下を始める。その森の中に巨大なトカゲ二体がいて、何かを捕食している。
あまり想像したくないけど、恐らくは動物の肉かもしれない。
「ウオオオオオオオ!!!」
アルスが吠えて二体の間に入る。
唖然としていた一体に、尻尾の串刺し。首元を突き刺されたからか、ほぼ即死となっていた。
直後、背後から二体目が迫ってくる。
アルスは尻尾を振るって、一体目の死体を奴にぶつけた。そのまま巨体を使ってタックル――背後の巨大な岩に叩き付ける。
――ドオオオオンン!!
とてつもない音が響く中、岩の大部分が粉砕された。
二体目の巨大トカゲが、砕かれた岩の中で倒れる。身体が妙な方向に曲がっているから、多分骨ごとやられたんだと思う。
戦いが終わった後、アルスが大きく息を吐く。身体を揺さぶってほぐしたりもした。
「……ん。エリ、その手」
「えっ?」
手を見てみたら、いつの間にか切り傷が出来ていた。
枝かなんかに引っかかれたのかな……特に痛くはないけど。
「別にこれくらいは平気だよ。つばを付ければ……」
と言いかけた時、アルスが口を手に付けてきた。
いきなりで驚くのはおろか、私の顔が熱くなったのが分かった。そんな大胆な事をするなんて……。
「……はい」
アルスの口が離れると、切り傷が治っていた。
これは驚いた。アルスにこんな力があったなんて。
「あ、ありがとう……」
私が戸惑いながらも返事した。すると、アルスの目が少しだけ微笑む。
目が出てきた事で、表情が分かりやすくなったみたいだ。それにこの表情を見てみると、
「……アルスはやっぱり……」
「……?」
それをアルスに言おうとした。だけど森の奥から、かき分けるような音が発してくる。
気付いたアルスが目の色を変えて、音がした方に向いた。
「最後の一体だ。すぐに終わらせる」
「……うん」
最後まで言えなかったのが残念。
でもアルスの戦いを見届ける義務があるんだから、それは仕方がない。
『アルスはやっぱり……変わってないよ』
私が言いたかったのは……その言葉だった。
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