第51話 高所恐怖症にはヤバイ

 一昨日ぶりに見たリジロは、明らかに大きくなっていた。


 前まではアルスとほぼ同じだったのを覚えている。でも今の彼は、私達が見上げるほどの巨体になっていた。

 この路地裏を突き付ける訳じゃないので、目安としては5~6メートル辺りか。


 そして何と言っても、腕が蝙蝠こうもりのような翼になっている事だ。

 前の恐竜チックな姿と違い、まるでファンタジーのワイバーンを思わせる。実際にこれで空を飛べるらしい。


「飛ぶゾ? 飛ぶゾオイ?」


「えっ、ちょっと待って……! まだ心の準備が――キャアアアア!?」


 まだ飛ぶなって言ったのに! もう飛んじゃったよこの子!


 メロ君の考えとは、このリジロでアルスの場所に向かうという事だ。リジロが私達を乗せた後、空へと飛び立った。


 だけど私は交渉恐怖症なんだ! アルスの上に乗った時は我慢出来たけど、さすがに空はちょっと!


「うわっ! うわっ!? うおおおお!!?」


 リジロが街の上を飛んでいる! 絶対に100メートルとかそんなんじゃないよこれ! というか雲とほぼ高さだよ! 凄い速さで飛んでる!

 落ち着け瑛莉、そんな事よりもアルスが最優先なんだ! 下を見なければいいだけなんだ!!


「大丈夫ですよ。アルスもそうですが、リジロには反重力を発生する能力を持っています。この大きさで空を飛べるのがその証拠。しかも自身を中心に発生させているので、乗っている我々が飛ばされるという事はないんですよ」


「そういえばアルスもそうだったね!!」


 アルスの背中に乗った時、落ちる感覚がしなかった。つまり反重力を発生しているからGで飛ばされないと。

 というか恐怖で声が張ってしまっている。ユウナさんはこういう事に慣れているのか平然としているけど。


「と、ところでリジロってどういう子なの!?」


「ああ、言い忘れてました。こいつは言わばアルスの眷属に当たる『リジロ・ジナリティ』です。アルスの生み出した自然生態系の守護及び、アルスの成長の促しを目的としています。

 そしてアルスが脱皮する時期でしたので、ワタクシは一旦リジロを異世界に連れ戻し、故郷本来の環境で成長させたのです。仮にこの世界でしたら成長が遅れていた事でしょう」


「アルスは元の世界で成長遅かったのに?」


「感情を吸い取るのは同じですが、恐らくあらゆる環境に馴染もうとする主とそうじゃない眷属の違いかと思われます。それに主の成長を見る為には、一足早く成体になる必要がある」


 なるほどね……そういう理屈という事か。


「成長……。前に襲ってき……ああいや、喧嘩仕掛けてきた事と関係あるの?」


「大ありですね。そもそもけしかけたのは私なんですが、まさかユウナさんを丸呑みするなんて思わなかったです。あの時は本当に申し訳ありませんでした」


 つまりあれはメロ君の指示という訳じゃなかったんだ。

 様子から嘘を言っているようにも見えない。


「いえ、私は大丈夫ですが……。それにリジロ様がやって来た理由を、知っていて黙っていた私も……」


「それはもう水に流しましょうや。ともかくとして、私にはアルスの居場所を特定する感知魔法を持っています。と言っても範囲がおぼろげですので、アルスが具体的にどこにいるのかというのは無理なんですがね」


「……だったらあなたが頼りだね、メロ君」


 感知魔法と言えば、前に私達のアパートを特定した事がある。アルスの居場所が分からない以上、メロ君に賭けるしかなかった。

 

 今まで彼には疑いを持っていた。何か隠してて、悪い事をしているんじゃないかと思った事さえある。

 その彼がある程度の真実を語ってくれた。まだ全部とは言えないだろうけど、それが本当ならまだメロ君を信じたい。


「そりゃあもう頼りにしてほしいくらいですね。なんせこれを持ってきたんですから」


 メロ君が見せ付けるように、背中のリュックを指し示した。

 何でも、この後に必要だからと持ってきた物らしい。まだ何が入っているのかは聞かされてもいない。


 でもアルスが見つけられるなら、そんなの構わなかった。


「アルス……待ってて」


 私はポケットに手を入れた。取り出したのは、ぎこちない一羽の折り鶴。

 昨日、大切なあの子がくれた……大切なプレゼント。


 私はアルスの無事を祈って、折り鶴を握り締めるしかなかった。何があったのか分からない……それでもアルスには会いたい。


「……ところで、この飛行どれくらい掛かるの?」


「うーん、およそ30分から1時間くらいかと。それまで我慢して下さいよ」


「モシ落ちても、ちゃんと助けるからダイジョウブ! 多分だけド!」


「…………」


 ごめんリジロ、全然大丈夫なんて思えない。




 -------------



 

 よくドラゴンの上に乗って空を飛ぶなんて、空想があったはず。


 ファンタジー好きなら、必ず一回夢見るはずだ。少々違うんだけど、私はこの現代社会でそんなシチュエーションを堪能する事になった。


「さて着きましたよ。降りて下さい」


「……ああ……地面だ……数十分ぶりの地面……こんなにも地面が恋しく感じちゃうなんて……」


「……大袈裟ですよ、沢口さん」


 かれこれ40分。やっと地面に着いた私は、人目憚らず思いっきりそれを撫で回した。

 空を飛んでいた間、もう涙目になるほどビクついていたんだ。地面にこう思ってもいいじゃないか!


「やはりアルス様はこちらに……」


「そうですね。やはりワタクシの思った通りでした」


 ユウナさんとメロ君の会話に、私は顔を上げる。


 眼前には、見渡す限りの樹木が広がっていた。周りを見ても、奥を見ても、無数の樹木が立ち並んでいる光景。

 地面にはカーペットのように広がっている苔。樹木と相まって、まるでこの空間だけ緑色をぶちまけたような密度感だ。


 どこかの山か森林みたいだ。飛んでいる時は目をつぶっていたんだけど、まさかこんな所に来ているとは思ってもみなかった。

 明らかに人の手が加えられていないし、目印になる看板とかも当然ない。正確な場所なんて分かりやしなかった。


「ここどこなんだろう?」


「調べればいいじゃないですか。そういう時のスマートフォンなんでしょう?」


「ああ、そうか。えっと……」


 地図を見れば一発のはず。ただ山奥とかだと、ネットが繋がらない可能性が無きにしもあらず。

 繋がる方に賭けながら開いてみた所、失敗だった。ネットおろか地図も開かない。


「無理みたい」


「そうですか。でもそれは別にいいでしょう。問題はここがどこかではなく、アルスがどこにいるのかなんですから」


「それはそうだけど……。ところで、どうしてアルスがこんな森に?」


「脱皮したアルスはこういった自然地帯に移動します。ある事をするのが目的ですが、それが人を傷付ける恐れがある。だから人気のない場所を選んだ……という訳なんですよ」


 にかわに信じがたい言葉が返ってきた。

 人を傷付ける恐れ……あのアルスがそんな事をするというの? そもそもわざわざここに来て、その行為をする意味があるのだろうか。


 すぐに理解など出来なかった。受け入れろと言われても無理な話だ。


「リジロ、列の前をお願いします。しんがりはワタクシがやりますので」


「オレが前? イヤだなぁーナンか」


「そんな身体を持って嫌とかはないでしょう。沢口さんとユウナさんはワタクシから離れないように」


「……うん」


 アルスを捜すだけなら、わざわざリジロを前に必要がないはず。やはり何かあるんだ。

 でもそれを問い掛ける前に、メロ君達が前に行ってしまう。私は足元に気を付けながら進むしかなかった。


 辺りは苔むした岩と樹木でいっぱいだ。地元とは違った湿った空気が漂っていて、周りには名前すら分からない羽虫が飛んでいる。

 以前千葉県の里山に行った事があるけど、それとは全く違う感じだ。まるで本当に異世界に来たんだと思い込んでしまう。


 ともかく前に進んだものの、風景があまり変わっていないようにも見える。まるで同じ場所をぐるぐる回っているみたいに。

 こんな不思議な所にアルスがいる……。アルス、あなたは一体何をしているの? 何の為にここにやって来たの?


「……! 止まって下さい!」


 突如、後ろにいるユウナさんが叫んだ。

 すぐに止まって、それで何でそう言ったのか分かった。目の前の樹木が微かに揺れ動いているのが見えたのだ。


 樹木の間を何らかの影が動いている。次第にガサガサとかき分ける音が、こっちに近付いてくる。


 もしかしてアルス? 




 ……いや、これは!




「ギュイイイイイイイイ!!」


 樹木をかき分けてきたのは、何と蜘蛛だ。

 それも単なる蜘蛛じゃなく、まるで大型車のような巨体をしている。それが奇声を発しながらこっちに襲い掛かってきた。


 どう見てもそれは、モンスターのそれだ!


「め、メロ君!!」


「大丈夫ですよ、これも想定内。やりなさいリジロ」


「合点承知の助!!」


 意気揚々と巨大蜘蛛に向かうリジロ。

 躊躇なく蜘蛛に接近して、身体全体で体当たり。叩き飛ばされた蜘蛛が背後の樹にぶつかってしまう。


「ギイイ!! ギイイアアアア!!」


「アヒャヒャヒャ!! このリジロに勝テルと思うなヨ、このムシ野郎!!」


 もう一回向かってきた蜘蛛。対して巨体で伸し掛かるリジロ。

 彼が翼が生えた両腕で、何度も蜘蛛を殴っていく。殴るたびに体表から透明な体液が飛び散っているようだ。


 蜘蛛が鋭い牙でリジロを喰らい付こうとした。するとリジロが顔を掴み、容赦なく握り潰す。


 ――グチャア!!


「ギィイアアアアアアアアアアアア!!」


 顔面を潰された蜘蛛からの悲鳴。

 確かにリジロ、強くなっている。あの時の間抜けな姿とは程遠いし、同一個体と思えない。


「……さて、我々は先に行きましょう」


 と、私が呆然としていたら、メロ君が軽くそう言ってきた。

 そんなんでいいの!?


「リジロは!? まだ終わってないけど!?」


「別に蜘蛛にやられるようなヤワな奴じゃないですよ。リジロ、先に行ってますね」


「エッ!? コイツ倒していないノニ!? アッ、顔に蜘蛛糸やめ……ふが!? ふごごご!?」


 ……うーん、確かにリジロなら大丈夫なのかな。

 本当は待っていたいんだけど、メロ君とユウナさんが先に進んでしまう。私も……行こうか。


「い、行ってくるね……」


「プハァ!! 行ってらっシャイ!! てかこの蜘蛛、脚ヒッコ抜くぞこら!!」


 行ってらっしゃいって言っちゃったよあの子。

 やっぱり間抜けなのは変わってないな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る