成長記録 十日目
第50話 アルスの行方
嘘……何で?
私の目の前でアルスが倒れている。しかも背中がぱっくり割れているという異常な状態になりながらもだ。
一体何があったの? 私が寝ている間に何が……。
「アルス……」
呆然としながらも、倒れているアルスを担いだ。それで私はある事に気付いた。
アルスの表面がうっすらと透けている。背中の割れ目も中から飛び出したような開き方だし、それに中身が全くない。
これはどこかで見たような……そうだ、蝶の蛹。ちょうど蝶が飛び出した蛹のようだ。
「……うっ、瑛莉……」
「……! ユウナさん大丈夫!?」
うずくまっていたユウナさんがこっちに向かってきた。
腹が痛いのか、辛そうな顔をしながらそこを抑えている。
「何があったの!? アルスは……アルスは!?」
「……瑛莉、申し訳ありません!!」
私は面を食らった。ユウナさんが私の前で頭を下げてきたのだ。
何が起こった分からないけど、ともかく何故謝らないといけないのか。彼女がそこまでの事をしたとは思えない。
「お、落ち着いて! 一体アルスに何が……」
「やはりこうなりましたか。今すぐ来てよかったです」
「!」
振り向いてみれば意外な人物がやって来た。メロ君だ。
何故彼がここに? いやそんな事よりも。
「アルスはどうしたの!? あの子はどこに!?」
「見ての通り、その脱げ殻を残してどこかに消えたみたいです。恐らく彼の事だ、人のいない遠くの場所に……」
「話は後でいいから! 早く何とかしないと、アルスが……!!」
「――落ち着いて下さい!」
「っ!」
メロ君の口から出る、静かながらも威圧的な怒鳴り声。
初めて聞いたそれに、思わず気圧されてしまう。メロ君はというと、今までにない鋭い目で見つめてくるだけ。
私は何も言えず、泳いだ目で彼を見るしかない。
「付いてきて下さい。今からアルスの後を追い掛けます」
その沈黙の中、彼が背を向けて歩き出した。そのまま曲がり角を曲がってしまう。
私は戸惑った。今、メロ君がアルスの後を追い掛けると言った。一体どこに行ったのか分からないのに、どうやってアルスの後を追い掛けるのか。
「ユウナちゃん大丈夫!? てかアルス何があったの!?」
「アルス大丈夫か!? ってこれ中身がない……どういう事?」
その時、階段から森姉弟が降りてきて、この状況に動揺する。誠君に至ってはアルスの身体を持って、呆気に取られていた。
私はその間考えた。相変わらずメロ君に対する不信感はある。あるはあるけど、この状況をどうにか出来そうなのが彼なのも事実。
――彼に託すしかない。アルスがどうなったのか知るにはそれしかない。
「誠君、アルスを預かってて。あと森さんはユウナさんを見てくれませんか?」
私は覚悟を決めた。
ここで手こまねいていても何も始まらない。早くメロ君の後を追わないと。
だけどそう思った時、ユウナさんが私の腕を掴んできた。
「いえ、私も行きます!」
「えっ? でもユウナさん……」
「私の事でしたら心配ないです。それに、あなたには全部話をしたい……」
「……分かった。その、立てる?」
「ええ……何とか。森様、行ってまいります」
その話をしたいという言葉に、引かれなかったというと嘘になる。でも今のユウナさん、多分どう説得しても付いて行くと思う。
まだ腹を抑えながらも、私の後を付いて行った。森さん達はというと、呆然と私達を見届けてくる。
「遅かったですね。歩きながら話しましょうか」
曲がり角で待っていたメロ君。
そんな彼が私達を連れて歩き始めた。行き先からして、多分ビランテに向かっているんだと思う。
「さて、どこから話しましょうか。まずアルスが単なるモンスターじゃない――恐らく沢口さんも薄々感じていたはずです」
「妙な特別扱いとかね……やっぱりアルスって……」
私が問うと、メロ君が軽く頷く。
「単刀直入に言いましょう。彼の本当の学名は『アルス・リュウギア』。我が世界における生態系の上位者であり、言わば神獣の類。彼には植物の成長を促進させるという重大な役割を担っています」
いきなり小難しい事を言われた。けれど、特には驚かなかった。
何となくそういう事なんだろうと、頭の中で理解していたかもしれない。今までの事を考えれば筋だって通る。
「神獣アルスによって、我が世界の植物は繁栄されるのです。ワタクシはそんな植物を研究する傍ら、アルスを信仰し、共存する一族の一人。
ここまで来るともうお分かりと思いますが、ワタクシは単にアルスを販売していた訳じゃない。この世界でアルスを成長させる為、沢口さん……あなたにあの種を託したのです」
「……何でこの世界じゃないと駄目なの?」
「感情です。アルスの成長には人の感情が必要です。なので我ら一族の感情を糧に成長していましたが、それでも成体になるまでのスピードが遅い。そこで我々はこの現代社会に目を付けたという訳です。
この世界は色んな感情がせめぎ合っている。怒り、悲しみ、ストレス、そして愛情。まさにアルスにとってのごちそうなんですよ」
そういう事か……だからアルスと一緒にいると憂鬱とか和らぐんだ。
前にお兄ちゃんとかが「ストレスがすっと消えた」とか言ってたんだけど、あれは消えたんじゃない。アルスに吸い取られたんだと考えると合点が付く。
「だからあの時、あなたを選んだのです。学校で上手く行かず、なおかつアルスを愛してくれるような人材。裏を返せば、ワタクシはあなたを利用した事になりますね」
「…………」
「そしてユウナさんもまた、アルスの正体を知っていた。それでワタクシが彼女を呼んだ時、こう口添えしたんですよ。『アルスの正体を沢口さんに伝えないように』ってね」
私はユウナさんに振り向いた。
ユウナさんは気まずそうに顔を伏せていたけど、ゆっくりと私に向き合ってきた。
「この時期に脱皮して成長する事を分かっていました。6時辺りでしょうか……その時にアルス様が発熱を訴えて、それに気付いた私はあの方を監視したのです。
この時の事は、メロ様から何も手を出さないでほしいと言われたのですが、それでも私は見るに堪えかねて……何とかしようとしたのですが……」
「…………」
そこからユウナさんが黙る。
その『何とか』というのは把握出来ないけど、ユウナさんがアルスをどうにかしたかったというのは分かった。アルスの容態に黙って見るほど、彼女は冷酷な性格じゃない。
そんなユウナさんが足を止めた。
そして急に、私へと頭を下げてくる。
「私もまた瑛莉を騙していた一人です。しかもアルス様を止める事が出来ず……瑛莉、本当にごめんない!!」
「……そんな、別にユウナさんのせいじゃ……というか、その成長とアルスがいなくなった事に何の関係があるの? 聞いた感じいなくなった理由になってないけど……」
ユウナさんはあくまで傍観者だ。彼女に非がないのはよく分かっている。
でも一方で、アルスがいなくなった理由が不明のままだ。脱皮の事とその行動、どう考えても接点がないように思える。
「これには訳があるんですよ。そしてそれを説明がてら、彼を捜しに行きます」
メロ君が振り返らずに言う。と同時に、ビランテへの路地裏に差し掛かってきた。
吸い込まれるように入っていく私達。そのままビランテに行くのかと思った矢先、頭上が暗くなってきた。
見上げると……何か落ちてくる!?
「ドスこーい!!」
私達の前に落下、埃や紙屑が舞う。
色々と口に入ってむせてしまう中、前を見てみると、
「また会ったなニンゲン! 今度のオレは強いゾ!!」
何と巨大化したリジロがそこにいた。
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