第49話 身体が熱い
結局の所、何でリジロが襲ってきたのかというのが分からなかった。
メロ君が知っているからと、あまりリジロから聞かなかったのが痛手だった。多分、彼はメロ君と一緒に異世界に行った事だろう。あれから全く姿を見せてない。
何にせよ、この話は後回しにしてもいいだろう。問題は文化祭の方だ。こちらは土日二日分やる事になっている。
二日目はアルス達が来ないんだけど、その分仕事に没頭しなきゃいけなかった。生徒はもちろん外からのお客さんがいっぱい来るからだ。
メイド喫茶も常に行列。料理の手を止める隙なんてほとんどない。
「はい、1番のナポリタンとパンケーキ!」
「はい、どうも! お待たせしました~!!」
正直しんどいと言えばしんどい。でも二日目だから調理の感覚……というかスピード感に慣れてきた。
これを経験にレストランの厨房でもやろうかなと。
「いやぁ、文化祭って忙しいんだねぇ」
「本当ですよ。調理し過ぎて腕が痺れますって。ところでそれ病みつきになっているんですか……?」
近くでは、森さんが壁に寄り掛かっていた。
しかも何故か、さっき女子生徒から渡された茹でてないパスタをかじっているという。
「いやぁ、これも悪くないなぁって。食べてみる?」
「いえ、いると言ったら人生終わりそうなので。ところで森さんが学生の頃、文化祭何してたんですか?」
「私? 確か簡易レストランやってたけなぁ。まぁサボったりして皆に叱られた事があったけど」
「はぁ……森さんらしいですね」
「真面目に仕事するのがだりっつうの。ところでさ、昨日アルスと遊んでたっぽいけど、どうだった?」
「えっ? ああ、もちろん楽しかったですよ。あの子も文化祭気に入ってくれたからよかったというか」
「そっかぁ。にしてもアルスと文化祭回るなんてねぇ。沢口ちゃん可愛いから、男と回りゃいいのに」
「……アルスがそうなんですけどね……」
「ん? 何て?」
「いや、何でもないです」
後々話そうとは思っているけど、やはり恥ずかしい。
これはお母さんの時みたく、落ち着いたらでいいか。
「ならいいけど。それよりも家に帰ったらびっくりする事があるかもね」
「びっくり?」
「ちょっといい事。そんでさぁ、私の所で打ち上げしようぜ! 沢口ちゃんと誠へのお疲れ様的な! 誠いいよね!?」
「えっ? ああ、別にいいけど」
誠君(女装モード)は女子生徒の相手の最中だ。二日目でも人気が衰えてないってマジで凄い。
この後休憩に入ったので、私は森さんと回る事になった。
まず体育館の出し物に向かってみた。こっちは昨日が演劇中心だったのに対して、漫才やロックバンドが主である様子。
漫才はともかくロックバンドには全く付いていけなかった。森さんはそういうのが好きらしくて「これが若さか……」と意味不明な事を言っていた。
そして数時間後、文化祭は本格的に終了。森さんは一足早くアパートに帰っていった。
今回は土日にやったので月曜と火曜が休み。後片付けも水曜にやる予定だ。
クラスには疲れきった顔をした人、「打ち上げでボウリング行こうぜ!」とはりきっている人が散見している。もちろん私と誠君はささっと家に帰るだけだ。
「……はぁ」
「今日は疲れたね。そりゃあ、ため息出るよ」
「うん、本当」
学校から出てから、ぐったりとした感触が襲い掛かってきた。
そのままアパートに着いたけど、思わず足を止めてしまう。
「あれ、アルス? というかユウナさんも?」
何故か階段近くにアルスとユウナさんがいた。
様子から見て、ここで私達を待っていたのだろうか?
「お二人ともお疲れ様でした。今日、どうしてもアルス様が待てないというので、外に出る事になったんです」
「そうなんだ……アルス、どうしたの?」
私はアルスに目線を合うよう、腰を屈んだ。
その子は返事はしなかった。ただ私に対して手を伸ばしてきて、
「はい、あげる」
「……えっ?」
その手には、折り鶴が一羽あった。
「これ……」
「その辺の紙使って折ってみた。やり方は大家に教わってもらった」
森さんが……?
よくよく見ると、森さんが扉から顔を出していた。してやったりな表情をしながら。
鶴は多分メモ帳用の白紙だ。折り方はぎこちないものの、ちゃんと折り鶴だってのが一目で分かる。
というかこれ、昨日見た迷路の残念賞だよね?
あれに興味を持って、それから私の為に作って……
「……っっっっっっ!!」
思わず手で口を覆ってしまった。
この子……健気過ぎる!
「うお、顔赤い。どしたの?」
「う、ううん……嬉しく感じちゃって……本当にもらっていいの?」
「うん、いいよ。文化祭お疲れ様」
やだ、涙が出そう……そのまま死んでしまいそうだ。
アルスが私の手を握って、ぽんと折り鶴を置いてきた。大事に保管しなきゃ……もうガラスケースに厳重にしまいたい位。
「ありがとう……」
私はアルスをぎゅっと抱き締める。
「苦しー」と声がしたのでちゃんと緩めはしたものの、もう離さないとばかりに密着させた。それほど、私の胸の中は嬉しさで一杯だった。
「いやぁ、初々しいなぁ。ともかく早い事打ち上げやろうよ! 寿司もあるよ!!」
「はーい! 行こう、アルス」
「うん」
アルスの手を握って、階段を一緒に上がった。
その後はもう楽しかったとしか言えない。森さんが用意した高級寿司を食べてどんちゃん騒ぎ。久々の寿司は疲れた精神には格別だった。
あとアルスとユウナさんがわさびで悶絶したのには、中々萌えてしまった。もちろん脳内フィルムに保管済み。
それで誠君が持っているゲームをして、もう風呂に入る事が億劫なくらいに眠くなって。その時にはアルスと抱くように添い寝した。
こういう日が、アルスと一緒にいる日が続くといいなぁ……。
「熱い……ムズムズする……」
夢の中で、そんな声が聞こえてきた気がする。
ほんのり温かったけど、多分気のせいと思う。
『――――。―――』
鳥のさえずりと共に、何かが聞こえてくる。
恐らく外からだろうか。かなり遠くて、何言っているのか分からない。でも通りすがりの人かもしれないし、そこまで問題はないはず。
『―――! ―――!』
急に騒がしくなった気がする。
この声、聞く限り女性のらしい。というかもしかして……ユウナさん?
『キャア!?』
「えっ!?」
突然、悲鳴と謎の打撲音が響き渡った。
聞いた途端、眠気が一瞬にして消えてしまった。部屋には森さんと誠君が雑魚寝している。しかしユウナさんとアルスの方は影も形もない。
という事は、やっぱりあの声はユウナさんなんだ。彼女達は今外にいる。
そう判断した時には、玄関に向かって走り出していた。扉を開けると、階段下にユウナさんの姿がある。
「……うっ……」
うずくまっていた。
苦しそうに腹を抱えながら倒れていた。
「ユウナさん!」
私は階段を降りた。そうしてアルスがいるのを見つけたけど、そっちもぐったりと倒れている。
一体何があったの!?
「アルス! アルス!!」
もう夢中で、アルスに向かった。
そして私は足を止めてしまった。今見ている光景が全く信じられなくて、呆然としてしまう。
アルスの背中が、中身を抜き取られたようにぱっくり開いていた。
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