第29話 友達だと思っていたけれど……

 地面には痙攣している子供の群れと、体液を流している巨大カナブン。

 その有様に呆然と眺めていた私だけど、そこに声を掛けられた。


「エリ」


「…………」


 アルスがこっちに向かってくる。

 さっきとは姿がまるっきり違うし、目に見えて強くなっている。正直今でも戸惑っている。


 でも、そんな事なんて棚に上げたい気分だ。


 自分の中でふつふつと感情が込み上げてきて。それを胸にアルスへと走った。


「アルス……!」


 もう無我夢中で、アルスを抱き締めた。

 この子に触れたかった。向き合いたかった。それが叶えて、本当に胸が熱くなってくる。


 私の目に、また涙が流れてきた。


「エリ……ごめん、遅くなって。それと……」


「いいのアルス……! あなたは悪くない、何も言わなくていい! 

 ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 私は何度も謝った。一回だけでいいのに。

 アルスは何も言わなかったけどちゃんと聞いてくれて、それに口元で頬を擦ってくれた。この子なりに慰めていると思うと、凄く嬉しかった。


「……それと……助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら私達……」


「うん、無事でよかった」


 アルスの口元が微笑んでいるのが分かった。今までは無表情だったのに、今はこう出来るんだね。

 私は改めてその顔を見た。さっきとは違って怪物的だけど、全然怖いなんて思わない。むしろたくましい方だ。


 ――胸の熱さがさらに上がった気がする。

 

 事態が収まったはずなのに、心臓がバクバクしてきた。そんな中、アルスが私の顔を覗き込んできて、何だか恥ずかしくなってくる。


 何だろう私……こんなに熱いのを感じた事なかったのに。

 

「……アル……」


「あっ、いたいた! 大丈夫沢口さん!?」


「うおぉ!? びっくりした!?」


 急に声がしたから、マジで飛び上がってしまった。

 草むらからやって来たのは誠君と松本さんだ。二人の姿を見て安心するけど、これって松本さんにアルス見られているような……。


「あの誠君……松本さんは……」


「ああ、松本さんなら大丈夫だよ。アルスの事をちゃんと秘密にしてくれるって」


「どうせあたしの話なんて誰も信じやしないさ。それに沢口ちゃんが無事でよかったよ」


「……すいません、ご迷惑お掛けしました」


 申し訳ない気持ちだ……二人へと頭を下げる。

 元はと言えば、私が虫に対しての警戒を怠っていたのが原因だ。次は徹底的に管理しないと。


「別に大丈夫だよ、それよりもユウナさんは?」


「……あっ! ユウナさん!?」


 そういえばアルスに吹っ飛ばされたんだ!

 すぐに落ちた草むらに向かうけど、何故か「来ないで下さい!」とユウナさんの声が。


「ど、どうかしたの? 怪我とか……?」


「ち、違うんです……アルス様の咆哮が頭に響いて……ア゛ア゛アアアアアアア……」


「……ああ……」


 草むらから疲れ切ったようなかすれた声、微かに聞こえる水っぽい音。

 これは確かに行かない方がいいな……。




 -------------




 誠君から聞いた話なんだけど、アルスの植木鉢は子供のカナブンに壊されたらしい。

 それからまるで、リミッターが外れたみたいに身体がああなって、子供の大群を一掃したという。足も付いているから前よりも速くなって、誠君達を置いて行くように走ったとか。


 さらに化け物カナブンの匂いはもうないと、アルスが言った。つまりあれで全滅という事だし、そこまで産み落とされたという訳ではないようだ


 ユウナさんが酔いから覚めた後、すぐに私達の擦り傷に薬を塗ってくれた。それから当初の目的だった山菜を集め、長谷田さん達の元に戻った。


「沢口ちゃん、油はねに気を付けてなぁ」


「ああ、はい」


 戻った後、すぐに昼食作りだ。


 昼食は山菜の揚げ物にしている。揚げ物は久々なんだけど、まぁ何とかやっている。

 カナブンの件については不安を与えないよう、森さん達には言っていない。破れた服や擦り傷も、山菜採りで出来てしまったと説明する事にした。


 ちなみに森さん、ユウナさんと卵焼きを作りながら「砂糖がいいのになぁ……」とか呟いている。かくいう私は出汁派だ。


「はい、これで全部です」


「おお、ありがとうね。あとは森ちゃんの所も手伝ってくれないかな」


「はい。……あっ、ちょっとすいません、花摘みに行ってきます」


 時計を見た後、調理台から出た。

 この時間はアルスの水飲みだ。誠君が外にいるって言っていたので、すぐにミネラルウォーターを持って向かってみる。


「アルスー」


 縁側から外に出た後、アルスを呼んだ。

 ただ返事が来ないし、影も形も見当たらない。どこ行ったんだろうあの子……ひとまず家を一周して探してみる。


 それで裏口辺りで足を止めた。アルスが壁に寄り掛かるように寝ていたんだ。


「……あれから大変だったんもんね」


 私達を捜すのに頑張っていたんだ。むしろ落ち着いて寝てくれてよかったと思う。


 全くもう、寝息を立てて可愛いんだから。微笑ましく思いながらも、そっとアルスの頭を撫でる。


 やっぱりというか肌触りも変わっていて、さらにごつくなった気がする。それに何度見ても、本当に顔がたくましい。むしろその辺の男の人よりもずっと……


 ずっと……。


「……アルス……」


 また胸が熱くなってきた。身体も頬も火照ってしまう。


 何でこうなっていくんだろう、正直自分でも分かっていない。それに何だが、この火照りを押さえ付けられない。

 起こさないよう、そっとアルスの頬に手を添えた。そうしてその口元に







 キスをした。




「……ん? エリ、どうかした?」


 顔から離れた途端、アルスがむくりと起き上がってくる。

 まだ色々と熱いけど、私は笑いながら首を振った。


「ううん、何でもないよ」


 本当は何でもなくないけどね。

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