成長記録 七日目

第30話 メロ君の風評被害(間違っているとは言ってない)

「よおし、期末テストを返すぞ。赤点になった生徒は、あとで先生の所に来るように」


 真夏となった。


 もう皆して半袖を着用、教室の中はクーラーがガンガン効いている。そんな中、担任から英語の期末テストが返された。

 ここで赤点の30点以下だった場合、学校で補習を受ける事になる。しかももう少しで夏休み、つまり夏休み半分が補習で消えるという訳だ。


 クーラーが効いているのに冷や汗が出てしまう。

 

 これまで私の実績は現代文79点、数学45点、歴史70点、科学38点。ここまでは問題はないけど、英語だけは自信がない。

 私にとっての英語は、赤点出てもおかしくないほどの強敵。


 どうか赤点にはなってませんように……!


「沢口。……沢口!」


「ん? あっ、はい!」


 考え過ぎて聞こえなかったみたいだ。反省。

 先生の所に行って期末テストをもらう。大した意味はないと思うけど、わざわざ裏面にしてあるのが歯がゆい。


 机に戻って表面を見てみる。最後の英語は……





 31点。


「……はあ……よかった……!」


 ギリギリ! 赤点ギリギリだったけどちゃんと免れている!

 よかった……必死に勉強した甲斐があった! これで補習は免れた!


「オ゛オ゛オオオオオオ……」


「ア゛アア……ア゛アアアアア!!」


「アウ……アアウ……ウア……アウ……?」


 ちなみに赤点だったのか、周りの生徒が泣き崩している。

 しまいには幼児退行している人までいる始末。


「先生、この点数間違っていると思いますけど」


「いや、合っているんだが? ちゃんと確認はしたぞ」


「その確認が正しく合っているという根拠はあるんでしょうか? そもそもその答案自体が間違っているという可能性も否定しきれません。人間はこういった決めつけをするのがいけ――」


「そんな現実逃避されても……」


 可哀そうに……そんな事を言うくらいにショックだったとは。

 そういえば誠君がどうなんだろうと見てみると、やけに不満そうな顔でテストを睨んでいた。


 そんなに点数が悪かったのかな。


「誠君、テストどうだった?」


「ああ、今回はあまり上達しなかったなぁって思ってさ」


「へぇ、どれどr……」


 誠君のテスト点数を見た途端、私は固まってしまった。

 現代文95点、数学99点、英語98点……


「いやぁ、割りと勉強したんだけどこうも上手く……」


「これはあり得ない……いや、これは幻覚なんだ……今の私は夢を見ているんだけど、きっと目を覚ましたら……」


「沢口さんが何かおかしくなってブツブツ言っている!?」


 こんな現実なんてありえん……!! 私は必死に勉強してこの点数だぞ、何故こんな開きがある……!?

 

 でもどちらにしても、誠君も赤点を免れたという事になる。それはそれで嬉しいですけど、でも納得出来ない。


「そ、それよりも沢口さん、夏休みはやっぱ旅行するの?」


「ん? ああ、その辺は分かんないかな。というかまずはバイトすると思う」


「えっ、バイトを?」


「うん、夏休みの間なら出来るしね。それに仕送りだけじゃなくて働いた方がいいかなって」


 この高校はバイトOKだ。なのでバイトする場所を前々から考えていたけど、中々いいのが見当たらない。


 接客業は緊張しないかと不安、工場勤務は論外、デスクワークはパソコンが苦手。

 唯一出来そうなのは接客業だから、その辺を集中したいと思うけど……。


「僕もバイトしようかな。最近欲しい物があるし」


「じゃあ、一緒の所でバイトする? 別々にやるよりマシだし」


「それもそうだね。アパートに帰ったらノーパソで探してみるか」


 誠君、パソコン持っているんだ。私も一応欲しいって思っているけど高いからなぁ。


「そしたら家に帰ってから……あっ、その前にスーパー寄っていい? 買いたい物があって」


「別にいいけど。今晩のおかずとか?」


「それもあるけど、芽キャベツが欲しいんだよね」


「……芽キャベツ?」


「うん、芽キャベツ」


「芽キャベツ」


 芽キャベツは、ご存知ピンポン玉サイズの小さなキャベツだ。

 買うのはちゃんとした理由がある。




 -------------




 誠君がこっちの家に、パソコンを持ってくるという。

 私が部屋に戻った後、すぐに彼がノートパソコンを持ってきた。それで調べさせてもらっている傍ら、私はある事をしていた。


「アルス行くよー、はい」


 ――ヒョイ。


「アム……!」


 芽キャベツを投げた後、アルスがジャンプしてパクり。

 今度は別方向にもう一回投げたら、宙返りしつまたパクり。


 そして天井に向けてやった所、アルスが壁を蹴って三角跳び。ヤモリのように天井に張り付いてからパクり。


 お見事グレイドォ! 素晴らしい動き!


「すごいすごい!」


「アルス様、さすがです」


 それはもうユウナさんと一緒に盛大に拍手。


 植木鉢がなくなってから俊敏になっている。なのでこういう風に出来るんじゃないかと思ってたら予想通りだった。

 いやぁ、今のアルスってかっこいいわぁ。


「ううむ、パッとしたのがないなぁ」


「本当? ……うーん、確かにこれは」


 誠君のパソコンを覗くけど、なるほど、これといったバイトがない。

 数がそんなに多くないし、場所が遠いとかそんなのばかりだ。こういうのって本当に面倒くさい。


「エリ、さっきから気になってたけど何それ?」


「これは『ぱそこん』という物です。私も初めて見ましたが、こんな事が出来るんですね……」


 私達が悩んでいる時、アルスとユウナさんもパソコンを覗いてきた。

 どっちも異世界出身だからパソコンなんて分からないよね。


「今これでバイトを探しているんだけど、いいのが見つからないというか……。はぁ、バイト探しって苦労するなぁ」


「バイトは一時的に働く事ですよね? ……あっ、でしたらビランテはいかがでしょう?」


「ビランテ?」


「はい、前にメロ様が人手が欲しいとおっしゃってました。この際行ってはいかがでしょう?」


「……ビランテかぁ……」


 ビランテと言えばメロ君。そのメロ君とは、岩屋市からの帰宅以来から話していない。


 あの時、私は彼にアルスの事を話していた。




『おお、アルスが成長しましたかー。これはワタクシにとっても嬉しい事ですね』


『……それはそうだけど、でもちょっと不安だよ。あそこまで成長するとは思わなかったし……それに何だが植物らしくなくなってきたというか』


『アルスは動物と植物の混合ですので、植物らしさがなくなるのは道理です。あっ、あの時期になれば人間と同じような複雑な食事でも大丈夫です。もちろん太り過ぎにはご注意ですが』


 メロ君がそんな事を言って、本を読んでいたのを覚えている。

 ただ私は、彼に対して思う所が出来てしまったんだと思う。


『……メロ君、あなたの事を疑っている訳じゃないんだけど、もしかして隠し事していない?』


『それはしてますよ。企業秘密って言葉があるじゃないですか』


『だったら……!』


『ただこれだけは言えます、沢口さんには悪い事はしません。エルダーの名に誓って宣言いたします』


『エルダー……?』


『異世界における最高神です。今はどうか、ワタクシを信じて下さいな』

 

 怒りが湧いてきたんだけど、メロ君の微笑みにたじろいてしまった。

 文字通りまっすぐな目をしていた。ただそうした顔をして私を騙しているという可能性も否定出来なくて、複雑な心境になってしまう。


『……本当? 信じるよ?』


『そうしてくれると助かります。ワタクシも、あなたがアルスを愛してくれるのを信じておりますゆえに』


『愛し……!? い、いや、それを信じても……』


 急に何言ってんだと思いつつも、顔を赤くしてしまった事も覚えている。


 それからメロ君の真面目な表情を見て、私は下がるしかなかった。

 納得していないというと嘘になるけど、仮にも彼は友達だ。出来る事なら信じたい。




「どうしたエリ?」


「……キャアっ!?」


 考え事から抜けた途端、アルスが目の前に!?

 思わず私はそっぽを向いてしまう。


「な、何でもないよ……! 何でもない……」


 実は何でもなくないですはい……頬が熱くなっているよこれ。

 目の前に出てきたからとかそんな理由じゃない。アルスが私の顔を覗いたからに違いない。


 岩屋村の時からずっとそうだ。この子に見られると急に緊張してしまう。

 やっぱりこれ、そういう事なんだろうか?


「……と、とにかく明日にでも行ってみようか。もしかしたからメロ君、すぐに採用してくれるかも」


「確かメロって男の子、沢口さんが前々から言ってたよね。どんな子なんだ?」


「誠君は会った事がないんだっけ。えっと、どう言ったらいいんだろう……」


「金に汚くて、人を騙して、それを見ながらあざ笑っている奴」


「えっ、何それヤ○ザ?」


 私が言うの迷ってたらアルスが説明してくれた。まぁ間違いじゃない。

 苦笑してしまう私だったんだけど、ふと目がアルス向いてしまう。よく分からないけど、ただそうしたくなったんだと思う。


 それで視線に気付いたアルスが振り向いて、私は目を伏せてしまった。胸の高鳴りが止まらない。





 やっぱり私、アルスに恋しているんだ。

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