第31話 手伝いという名の拷問

「ほぉ、アルバイトですか。採用」


「はっっっや!?」


 その翌日ビランテに行き、アルバイトの申請をした私達。

 それで話を聞いたメロ君からすぐに採用されてしまう。そんなんでいいのだろうか。


「早いも何も、あなたの事は知ってますから大丈夫でしょう。ただ知らない方が一人おりますが」


「ああ、ごめん。僕は森誠、沢口さんと同じ学校に通ってて」


「つまりクラスメイトって事ですね。じゃあちょっと質問しますが、あなたの好きな食べ物は?」


「ん? 梨かなぁ」


「おっ、果物系ですかぁ。ワタクシもリンゴが好きでしてねぇ。でしたら付き合いたい女性のタイプは?」


「うーん、包容力のある人」


「胸大きいのはお好き?」


「あー、胸もそうだけどお尻も大きくて柔らかいと嬉しいかも」


「その女性に踏みつけられたりいじられたりするのは?」


「好きだな結構。あと縄でキツく縛られたい」


「…………」


「…………」


 ――ガシッ!!


 何故か二人で熱い抱擁を交わす。

 本当に何しているんだあんたらは。というかキツく縛られたいっておま……。


「よし、森さんも採用しましょう。ところでアルスとユウナさんは?」


「家で待っているよ。ユウナさんがアルスの面倒見てくれるって」


「それならある程度の時間、問題ないですね。仕事は夏休み開始日から七月末、その月と木となります。時間は朝の9時から夕方の3時くらい」


「えっ、今月だけ?」


「その間だけで仕事して下されば十分ですので。ちゃんと給料は弾みますから」


 てっきり八月もやるかと。

 でもこの店、あんまり人来なそうだから妥当か。


「じゃあ、その日ね。誠君も大丈夫?」


「僕も大丈夫だよ」


「話が早い。では夏休みが始まりましたら、隣町の谷市3-5-7に11時集合。決して遅刻はしないように。ほら、今言われたのを紙か何かでメモして下さい」


「メモ!? いきなり!?」


「仕事する上でメモって大事ですよ? あっ、アルスはなるべく連れてこないように。仮にいると色々と面倒になりますので」


「わ、分かったから! ちょっ、ちょっと待って!」


 えっと、谷市3-5-7で11時集合……とりあえずスマホで書き残しておこうっと。

 ちなみに誠君の方はメモ帳でやっている。なんて用意がいい……というか几帳面。


「ではメモりましたね? ではその日までお待ち下さいな」


「う、うん」


 この日はバイトの約束だけして、ビランテを後にした。

 夏休みはこの一週間後。それまでにちゃんと住所の場所を把握しないと。




 -------------

 



 それから待ちに待った夏休み。


 私達は、初っ端から遅刻してしまいました。


「えっと、遅刻しないでって言ったじゃないですか……」


「すいません……昨日ゲームやり過ぎまして……」


「僕もそんな感じで……勘弁して下さい……」


 約束の時間から三十分。その間、メロ君が暑い日差しの中待ってたんだからそりゃあ怒るわな……。

 本当にごめんメロ君!


「全く、ここが現代社会でよかったですね。異世界だったらスライムプレイという拷問をやらせてましたよ」


「あっ、僕ちょっとやってみたいかも」


「……すいません。口にした自分が悪かったです」


 ぼそりと言った誠君に、メロ君ドン引き。

 それを聞いたら撤回したくなるよね、うん。


「ともかく早速仕事をさせてもらいます。この中に入りますんで、これを持ってワタクシの後を付いて来て下さい」


 あの住所に着いた所、大きなマンションが見えてきたのだ。メロ君はこの出入り口で待っていたらしい。


 さらに彼から台車を渡される。上に乗っているのは三個ほどの培養土袋で、軽く押したり引いたりすると結構重い。


「今から何するの?」


「ビランテの商品を買った客の家に行くんです。色々とする事があるので、ワタクシの指示通りにやってくれれば」


「客……ああ、前にやったあれか」


 前にメロ君が私の家に入ってきて(ちなみにベランダから)、アルスの観察をしていた事がある。要はそれと同じ事をするという訳か。


 それで言われた通りマンションの中に入っていく。


 エレベーターで四階に上がった後、ある扉の前に着いた。105号室……インターホンを押すと、扉がすぐに開いた。


「はい……あれ、あの時の店の子?」


 出てきたのは眼鏡を掛けた女性だ。

 赤いジャージ姿で髪は若干ぼさぼさ。あまり見た目を気にしない人なんだろうか。


「おはようございます。今日はですね、あなたが購入した花の観察しに参りました。これからの課題として研究したいのでどうかご協力を」


「花の? まぁ別にいいかぁ……どうぞ中に入って」


「「お邪魔しまーす」」


 家の中に入っていくと……物が散乱しています。あまり他人様の家にどうこう言いたくないけど、靴が片方ないとか色々アレだ。


 培養土袋は誠君が持ってくれるそうなので、そのまま中に入る。居間でもやっぱり物がいっぱいだ。

 コンビニの弁当とかごみ袋があるし、足の踏み場もない。


「あれ、もしかして漫画家なんでしょうか?」


 机に大きなタブレットとパソコンが置いてあった。タブレットの方は、漫画を描くのに使う奴だったはず。

 さらに墨とかペンとかそれらしき道具も揃っている。


「んあ? まぁそうだね。一応『玄野げんのカケル』ってペンネームで通っているけど」


「もしかして『最後の幻想転移』を描いている!? 私、全巻持ってます!」


「僕も読んだ事があります。まさかこんな近くに住んでいるなんて思わなかったなぁ」


「はは、どうも」


 好きな漫画の作者さんが近くにいるとは!

 サイン用の色紙、持ってくればよかったなぁ。でも今は仕事中だから無理か。


 それはともかく、メロ君が窓近くに腰かけている様子だ。どうも植木鉢を見ながらバインダーの紙にメモしている。


 百合のような白い、でもほんのり輝いている花。凄い綺麗だ。


「……花びらの生気、土の状態、香り……意外や意外。あなた、漫画を描きながらもちゃんと世話しているんですね」


「そりゃあ大事な花だもん、むしろ枯らせたら私が困るし」


 困る……どういう事だろうか?

 玄野さんは「さて、続き書こうかねぇ」とパソコンの前に座った。さっきの気だるけさとは違って真剣に漫画を描き始めて……やっぱ生で見る制作はワクワクする。


「お仕事中申し訳ないですが、ただいま替えの培養土をお持ちしまして。1000円となりますがお買いなられますか?」


「うん、あとでね…………ああクソ! 全然いいシーンが書けない! 構図がクソってる!」


 ペンをバンと叩き付けた。やっぱり漫画家ってそういう悩みするんだね。

 と、玄野さんが白い花の方に向かった。花に癒されたいのかなと思ったけど、見た感じそうでもない。


「何をしているんですか?」


「ああ、漫画に行き詰まったらこうやるんだ。これが結構気持ちよくて」


「?」


 玄野さんが花びらに近付いてから、鼻を密着させて、


「スゥーハァー……スゥーハァー……」


 吸っている!!? 何やっているんだこの人!!?


 というかもう絵面がえげつない事になっている!!


「スゥー……みwなwぎwっwてwきwたww!! よし、さっさと完成させよう!! それとそこの二人、暇だったら制作手伝って!」


「えっ? えっ!?」


「僕達もですか?」


「うだうだ言わない!! 大丈夫、猿でも出来る線引きだから!」


 有無言わさずとはこの事だろうか。テーブルにページとペン、それと定規を叩き付けられてしまう。

 いきなり何だろうこの人……でも拒否ったら面倒ごとになりそうだし、言われた通りにしよう。


「えっとじゃあ、この枠の線ですか?」


「そう、そこ! 大丈夫、ただ線という境地に至りつつ、無心に引いておけば成功するから! 自分の精神の強さを信じて!」


 マジで何言ってんだこの人。


 ともかくこの線を引けばいいのか。そこに定規を合わせてから、ペンをゆっくり引いていく。

 確かに簡単だけど、玄野さんの気迫で失敗しそうだ。とか考えたら、誠君が「あっ」と声を出していた。


「すいません。ズレてしまいまして……」


「何!? 線如きで失敗するなんて精神の強さが足りてない!! こうなりゃ、あんたも花への献身を示さなくてはならない! さぁ、こっち来て!!」


「いやいやいや! さすがにそれは遠慮しときます! 引っ張らないで!?」


 怖い! もはや狂人にしか見えないよ本当!!


「メ、メロ君! 玄野さんどうしちゃったの!?」


「あの花の花粉には、精神高揚の効果があります。依存性や後遺症はないんですが、吸引した後しばらくあんな感じになるんですよ」


「あんたはそういう売人かい!?」


 依存性や後遺症とかそういう問題じゃないと思うけど!?


 結局の所、私達は玄野さんの手伝い……という名の拷問をさせられる事になった。

 作業が終わった後、正気に戻った玄野さんから「いやぁ、ありがとうねぇ。助かったよ」とのほほんと言われるけど、私達はくたくただ。


「何とか締め切りまでは間に合ったわぁ。よかったらお茶でも――」


「あっえっと……すいません……次の仕事がありますので……誠君行こうか……」


「う、うん……」


 それから、さっさと逃げるようにアパートを出たのは言うまでもない。

 道を歩いている時も、誠君はおろか私までもがぐったり状態になってしまっている。


「……もしかしてなんだけど、メロ君のお客さんってあんな感じなの?」


「ビランテに来るのは、そういった悩みをすぐに解消したいって人ばかりですからねぇ。まぁ、慣れれば可愛いもんですよ」


「…………」


 かわ……いい? メロ君の目は節穴になってんのか? 

 ビランテで接客とかかなぁと軽く考えてたんだけど、思ってたよりもハードだ。このバイトやっていけるのかな……。




 それで次の家の人に会った時、突然こう言われた。


「ちょっとあなた、服脱いでくれない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る