第28話 彼女は『友達』を待つ

《瑛莉side》


『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか……』


「駄目か……」


 遭難してから数分が経った。


 スマホで森さんに助けようと思ったけど、それが中々繋がらない。山の中だと電波が繋がりにくいって話は本当のようだ。

 難しいとは思うけど、やっぱり誠君達が頼りなんだと思う。あの人達がここに辿り着くのを待つしかない。


「瑛莉、アルス様ならきっと見つけ下さるはずです」


「えっ、どういう事?」


「アルス様は呼吸をする事で、匂いを取り込む事が出来ます。上手く行けば私達の所においでになるかと」


「……そうなんだ」


 そういえばあの子に鼻がなかったから、呼吸で匂いを取り込むなんてのはおかしな話じゃない。

 この場合アルスが一番の頼り……なんだけど、中々そういう気持ちにはなれない。


「……来てくれる……かな……」


 アルスが助けてくれる。一瞬そう思った自分が情けない。


 あの子にはまだ謝っていないんだ。今の関係も冷え切っているとも言ってもいい。

 それなのに助けてもらえるなんて実に身勝手だ。こんな私を、アルスが……あの子が助けてくれるとは……


「大丈夫です、瑛莉」


 そんな事を思った私の手に、柔らかい感触がしてくる。

 ユウナさんの手だ。私が見上げると、彼女の優しい微笑みがそこにあった。


「アルス様は瑛莉を愛しておられます。それは喧嘩した後でも、全く変わっていません。ですから必ずここに来て下さります」


「…………」


 愛して……か。


 でも私でよかったの? 他に夢中になるあまりアルスを疎かにしちゃう奴だよ? 


 なのに何で……メロ君も……ユウナさんも……。


「……私……あの子に冷たい事言っちゃって……ちゃんと謝る事すら出来なくて……」


 何だが声が途切れ途切れになってしまう。

 涙が、全く止まらない。


「それでこんな状況になったら……アルスが助けてくれるかもなんて思っちゃって……。ねぇ、私でよかったの? 本当に……あの子の友達になってよかったの? 本当によかったの……!?」


 あの喧嘩が発端なのに、何でここまで感情的なんだろう。

 自分でそう思って、それで自分が嫌になって、そうしたらこんな言葉が出てきた。


 化け物がいるというのに、本当にやっているんだろう。


 こんな事を今に言っても、ユウナさんを困らせるだけなのに。


 


「……そんな事」


「……!」


 でもユウナさんが、私を胸へと抱き寄せた。

 びっくりしたけど、胸に包まれて何とも言えない気持ちになってくる。懐かしくも……不思議な感じ。


「あなたはアルス様の『友達』なんです。よかったとかよくないとかそういう問題じゃない、アルス様が生まれてからずっといたんですから、それで十分なんです」


「……ユウナさん……」


「その話はメロ様から聞いただけですので、実際は見ていません。でも日頃から楽しくやっていたとあの方は言っていました。だからこの目で見ていなくても、素敵な毎日を過ごしていたんだと分かるのです。


 どうか、アルス様を信じて下さい。私はあなた方が仲良くしている姿を、いつまでも見ていたいのですから」


「…………」


 何だが気持ちがすっとした気がする。これが救われるって感じなのかな。

 こんなにも想ってくれる人が近くにいる。そんな事実をこの時まで気付かなかったなんて皮肉だ。


 でもそれが、凄く嬉しい。


「アルスを……信じたい」


「ええ」


「来たらちゃんと謝って……そして褒めたい」


「ええ、そうするべきです」


「……私、あの子を好きになっていいよね?」


「言うまでも……私は決して否定しません」


「……ありがとう、ユウナさん」


 だったら私、アルスをもっと好きになりたい。あの子が来るまで待たなきゃ。

 私は胸から離れて、ユウナさんへと精いっぱい笑った。ユウナさんもニッコリとしてくれて、それからお互いにクスリ笑いもしてしまった。


 ――ブブブブブブブ……。


 そんな時、何かが聞こえてきた。

 これは……多分虫の羽音。森の中だからよく聞こえる物だと思うけど、にしてはやけにうるさい。


「瑛莉……?」


「う、うん……」


 不安になって周りを見渡す。羽音は未だ鳴り止まないで、森の中に響いている。

 それに、何か近付いているような気がする。






 ――ブウウウウウブウウウウウン!!


「ヒッ!?」


 後ろの森から黒い雲が出てきた。

 いや雲じゃない、密集になって飛んでいるカナブンの群れだ。しかもさっきの化け物ほどじゃないけど、気持ち悪いくらいに大きい!


「もしかして例の虫の子供……!?」


「と、とにかく逃げないと!! 早く!!」


 本当はここにいるべきなんだけど、カナブンが迫ってきている。どう考えても危ない。

 ユウナさんの手を引っ張って群れから離れる。あちらも速いけど振り切れない訳でもない。


 ただ目の前に音が発してきて、思わず振り向いてしまう。


「!? 嘘……!!」


 そこにはあの巨大カナブンが着地していた。

 場所を気付かれたのか!? 前にはこのカナブン、後ろには子供の群れ……逃げ切れるの!?


「こっち、こっち!!」


「は、はい!」


 とにかく迷っている暇はない。間から抜けるように横に向かった。

 そのまま奥の草むらに向かおうとした私達。だけど先回りしたのか、子供の群れが前に阻んできた。


 向かってくる群れに、自分の身体がすくんでしまう。するとその身体が不意に飛ばされた。


「ウグッ!? アアアアアアアアアァァァ!!」


「ユ、ユウナさん!?」


 尻餅を付いた後に分かった。ユウナさんが私を突き飛ばしたんだ。

 その身体に無数の虫が纏わりついている。ユウナさんが必死にもがくけど離れる気配がない。

 

 助けないと。すぐに立ち上がろうとしたら、目の前に巨大カナブンが立ち塞がってくる。


「ギチチチチチチチチ……!!」


 そいつの奇声が鳴り響く。そして動けない私に対し、鉤爪のある前脚を振り上げてきた。





 ……アルス……。






 ──バシイイイ!!


 その瞬間、巨大カナブンが叩き飛ばされた。

 何が起きたのか、一瞬は分からなかった。ただハッキリとしたのは、植物のツタのような物が飛ばしたんだという事だけだ。




 この色、体表、触手のような質感。




 そして前に降り立った、その姿。




「……アルス!」


 間違いなかった。アルスがいた……来てくれた。


 でも名前を叫んだ後、私は目を丸くしてしまった。何とアルスには、今まであった


 その植木鉢があった下半身に二本足がある。元々あった両手で地面を付いて、犬のような四足歩行になっている。

 いくらか顔も精悍で、まるで獣みたいだ。体系も恐竜のようなシルエットだし、大きさも大型犬くらいはあると思う。


 そしてカナブンを払ったツタのような物は尻尾。どう見ても尻尾だ。


 表面に触手をまとめたような模様があって、長さもアルスの身の丈はある。というか今まであった触手がこれにまとめられたんだ。


 アルスは変わっていた。今までのこじんまりとしたのとは違って、いかにもモンスターのような姿に。


「ユウナ、耳塞げ」


 アルスが冷静に言った。虫の大群に襲われたユウナさんが、言われた通り耳を塞ぐ。

 するとアルスが口を開けて咆哮を上げた。文字通り耳をつんざく勢いで、私も咄嗟に塞いでしまう。

 

 その口から突風のような物が見えたかと思えば、ユウナさんに纏わりつく虫を吹き飛ばした。衝撃波が凄かったのか、地面に落ちた後ぴくぴくと痙攣している。


「キャア!? アウツゥ!!?」


「ユウナさぁああん!!?」


 というかユウナさんも吹っ飛ばされた!?


 そのまま草むらの中に落ちちゃったけど、一応「痛ぁ……」と声がするから大丈夫かな?

 ともあれ問題は巨大カナブンだ。カナブンが奇声を上げながら、アルスの方に向かってきている。


「アルス、気を付けて!!」


「…………!」


 アルスが真っ向から巨大カナブンに飛び掛かった。

 アイツはあの子よりも断然大きい。どうやって勝つのかと心配した所、カナブンの背中に乗り移っていく。


 暴れまわるカナブンだけど、アルスがしっかりしがみついて離さない。そうして口で片方の羽に噛み付き、引きちぎる。


 外側の硬い羽と体液が飛び散る。


 悲鳴を上げるも、アルスを振り落とすカナブン。すると奥の森に突っ込んで姿を消してしまった。


「逃げた……?」


 とか言ってしまったけど、まだ羽音がする。

 アイツは周りの森を利用して隠れているんだ。私達が見えない所から奇襲してくるかもしれない。


 それなら私も周囲を確認しないと。アルス一人だと周りを全部見るのは無理だ。

 例え何も出来なくても、アルスを守りたい。







「ギュオオオオオオオオンン!!」


 出てきた! アルスの背後だ!!


「後ろアルス!!」


 すぐに私は叫んだ。アルスはバッと振り返り、尻尾を伸ばした。

 尻尾がカナブンの頭部に向かって、


 ――グズゥウ!!


「ギイィ!!!」


 顔面ごと貫通。形容しがたい嫌な音が響く。

 グロ過ぎて思わず目を逸らしてしまう。それからちらりと見ると、アルスが巨大カナブンを放り投げていた。


 地面に倒れたカナブンは足すら動かず、完全に息絶えている。


 つまり、アルスが勝ったんだ。

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