第27話 田舎のおばあちゃん恐るべし

 一体私達をどこに連れて行こうとしているんだ!?


 巨大カナブンが森の中を潜り抜けながら飛行している。このままじゃあ誠君達の距離が開いてしまう!


「ユ、ユウナさん!!」


「はい!!」


 まずはこいつから離れないと。

 二人して服から鉤爪を剥ぎ取った後、地面に倒れた。服が破れたけど問題はない。


 それどころか奴が旋回してまた襲い掛かってくる。あんな目に遭うのはこりごりだ!


「こっち! 急いで!!」


 ユウナさんの手を引っ張って逃げる。逃げ走る。

 周りを見ても森だらけで、どこ向かえばいいかなんて分からなかった。でもとにかく安全な所に隠れるしかない……あいつが人を喰ってもおかしくはないんだから!


「ああもう! いつまでも追い掛けてくるの!?」


「え、瑛莉!! 前!!」


「えっ!? キャアアアアアアア!?」


 目の前に段差が!? 気付いた時には、ユウナさんと一緒に滑り落ちてしまった。

 思いっきり尻餅付いたけど怪我はないみたいだ。カナブンはというと、私達を見失ったのか頭上を飛んで行ってしまった。


 虫の視覚とか知性が動物と全く違うから、私達が落ちたという事に認識していないかも。


「ユウナさん大丈夫!?」


「え、ええ何とか……それよりも森様方とはぐれてしまいましたね……」


「……そうだね」


 正直ここどこなんだろう。

 一応振り返ってみると三メートルもある崖か段差がある。あそこから私達は落ちてしまったという事になる。

 それで辺りはやっぱり木だらけ。目印なんてある訳ないし、そもそもここがどこかなのかも把握出来ない。


「とにかくここを動かないようにしなきゃ……。きっと助けが来るはずだから」


「……分かりました」


 道も分からず歩くのはかえって危険だ。誠君達が来るまで待つしかない。

 でもあんな化け物がいて、誠君達は大丈夫だろうか。


 アルスも、こんな状況で無事でいてくれるかな……。




 -------------  




《誠side》


「いつつ……」


 自分で倒れ込んだ癖に痛みが走ってくる。


 それよりもさっきから厄介な事が起きてばっかりだ。いきなり沢口さんが虫を払ったと思ったら、その虫が化け物になって、しかも虫の化け物が沢口さんとユウナさんを攫ってしまう始末。


 一体何がどうなってんのやら……いや、それを考えるより後。まずは沢口さん達だ。


 立ち上がった後に飛んでいった方を振り向く。けど、そこには森だらけで先が見えない。

 あの虫がどこに向かったのかなんて分かったものじゃない。これじゃあどうしようもない。


「森君、大丈夫かい!?」


「あっ、松本さん……」


「……んん?」


 松本さんがこっちに来た途端、急に立ち止まった。それも固まったように。

 一体何でと思っていたら、視線が僕の方に向いていないのが分かった。辿っていくと……倒れているアルスがいた。


「……何、これ?」


「あっ、えっと……実は観葉植物でして……」


 咄嗟にそんな事を言ってしまったんだけど、直後にアルスが起き上がった。

 動いてしまったらもはや嘘を通せる訳がない……!


「動いているけどねぇ?」


「いやその……ああもういいや! 実はこの世界の他に異世界がありまして! アルスはその異世界の植物なんです! だからこうやって動きまして……」


「……ああ、はいはい。ああうん、分かったよ」


 どう見ても「何言ってんだこいつ? 頭いかれているんじゃないか?」的な目をしている。

 そういう蔑むような目つきも悪くないような……ってそういう場合じゃなくて。


「とにかく沢口さん達を探さないと……。松本さん、この辺の山の道とか分かりますか?」


「ええ、何とかね。でもあの化け物に連れて行かれたんだろう? どこに行ったのかなんて……」


 問題はそこなんだ。あいつがどこに向かったのかすら分からないと意味がない。

 スマホは家に置いてしまっているから、一旦戻って警察に連絡すべきだろうか?


 いや、そもそも「巨大化した虫が現れて女の子を攫いました」なんて信じるのだろうか。少なくとも僕が警察の立場だったら全く信用出来ない。


 くっ、完全にお手上げじゃないか。


 本当にどうすればいいんだ……。


「ん、その植物が何かしているよ?」


「えっ?」


 松本さんの言葉に振り向くと、アルスが飛んでいった方向に向いていた。

 一体何をしているかと窺った所、どうも息を吸ったり吐いているようだ。


「何しているんだアルス?」


「…………」


「あっ、ちょっと……」


 返事せず森へと向かってしまった。

 アルスは何をしたがっているのか? さすがに、こんな非常時に意味がない事をするとは思えないけど。


 とにかく後を追いかけようと思う。今ここで立ち止まっていても埒が明かない。


「……スゥ……ハァ……」


「アルス、何をしているのかくらい教えてくれても……」


「……スゥ……スゥ……」


 相変わらず何も言ってこない。僕達を無視して先に進んでしまう。

 いくら沢口さんの事があるからと言って、黙っていてじゃ何も分からないじゃないか。


「何で息を吐いているんだろう……」


「……もしかして匂いを嗅いでいるんじゃないのかい?」


「えっ、匂い?」


 いきなりそう言った松本さんに僕は振り返る。


「見た感じ、その植物に鼻がないしねぇ。代わりに周りの空気を吸って、匂いを辿っているんだと思うよ。ほら、植物は光合成で二酸化炭素と酸素を交換したりするしね」


「…………」


 そうか。植物は空気を吸ったり吐いたりしているんだから、アルスだってそうしてもおかしくはない。

 この子はこの子なりに状況を把握して、それで解決しようとしているんだ。そしてその行動を躊躇いもなく行っている。


「アルス、沢口さん達を捜そうとしているのか……」


「…………」


 返事は返ってこない。でもしきりに空気を吸って辺りを見渡している。

 ああ、この子はやっぱり……


「……何やかんやあっても、沢口さんが好きなんだな」


「……うるさい」


 あれからだんまりしていたアルスが、やっと口にした。

 僕の言った事は否定していない。昨日は沢口さんが嫌いだとか言っていたんだけど、心の中では決してそう思っていなかったんだ。


 それが聞けて、僕は何だがホッとした。アルスにとって、沢口さんは大きい存在なんだ。


「あの植物、何で喋れるんだい?」


「まぁ、そういうもんだと思えば。それよりも松本さん、アルスの後を追えば沢口さん達が見つかるかもしれません。僕行ってきますのでここで待ってて下さい」


「いや、あたしも付いて行くよ。あの子達が心配で家に帰れないし、それにここの山ならある程度知っているからね」


「……分かりました。じゃあ離れないように」


 さっきの虫の事だってある。一人でいる時に襲われでもしたら厄介だ。こういう時は数人で固まった方がいい。


 沢口さん達の場所が知らない以上、アルスの嗅覚が頼りだ。それに沢口さん達が無事でいてくれると嬉しい。


 僕達は深い森の中を突き進む。その薄暗さと不気味さに思わず警戒してしまうんだけど、松本さん曰く「熊とかの猛獣はいない」らしい。

 それを聞いて安心したけど、やっぱり不気味に思ってしまう。


「アルス。沢口さん達がどれくらい離れてるのかって分かる?」


「分かる訳がない」


「だよなぁ……」


 さすがにそれは分からないか。でも、その匂いの先にいるのは確かなんだから、悲観に暮れる必要はないはず。


 と、僕は立ち止まってしまった。


 前方の木に数十個の物体が引っ掛かっている。黄色かがった白をしていて、楕円形。それでいて周りに糸が伸びている。


「これって……卵?」


「……そのようだね」


 どう見ても卵。しかも見た目からして虫の卵だ。

 ただ大きさが異常なくらいに大きい。それに全ての卵が中から飛び出たように割れている。


 これってもしかして……


 ──ブブブブブブブブ……!!


「!! えっ!? えっ!?」


 背後に振り返った時、僕は仰天してしまう。

 こちらに向かってくる、10匹ほどのカナブンの群れ。それだったら至って普通だけど、問題は姿だ。二倍大きく、しかも鋭い牙を覗かせている。


 間違いない、こいつらはあの巨大カナブンの生んだ子供だ!


「待ってこれ!? 松本さん、先に逃げ……うわっ!!」


 カナブンの大群が僕に集まってくる。

 しかも腕に取り付いたカナブンが容赦なく噛み付いてくる。肉が剥ぎ取られたように痛い! さすがの僕でもこれは嬉しくない!!


「くっ、くそっ! こいつら!!」


 このままじゃあ体全部が食い付かれてしまう!


 誰か助けてくれ!


「ハアア!!」


「!?」


 その時だった。松本さんが掌底でカナブンを突き飛ばした。


 それだけじゃなく、飛んでいるカナブンを同じように攻撃していく。正確さ、攻撃力、そしてその体勢。

 いつしかカナブンの何体か倒され、群れが距離を置こうとしている。


「松本さん……すごい……」


「昔に武術やってたからねぇ。大丈夫、君の事は守るから」


「…………」


 やだ、イケメン……惚れそうだよ……。

 それはともかくとして、カナブンの群れがまた襲ってくる。思わず恐怖で下がってしまう自分。


 ただそれと同時に、後ろから彼が飛び掛かった。


「アルス!」


「ウオオオオオン!!」


 アルスが大きな口を開けながらジャンプ。カナブンの一体を噛み殺した。

 着地した後、次の一体を触手で叩き出し、地面に落下させる。さらに前方に向かってくるカナブンも触手で捕まえ、それを無慈悲に握り潰した。


 まさにモンスターらしい戦い方。普段は普段だから意識してなかったけど、やっぱりあの子は勇猛果敢な面があるんだ。


 しかし戦闘に夢中だったのか。背後からカナブンが向かっている事に気付いていない。


「アル――!」


 僕は声を掛けようとした。でもカナブンはとても速い飛行で、アルスに突進してくる。







 ――ガシャアアアアンン!!


 そしてこの場に、物凄い音が響いた。

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