第26話 だから虫除けはしろと言ったのだ

「…………」 

 

 目が覚めると辺りが真っ暗だった。


 あれからパーティー……という名のどんちゃん騒ぎが終わった後、後片付けして寝る事になった。

 私達は男性と女性に分かれた二部屋で寝ているけど、どちらも隣同士だから男性方のいびきが聞こえてくる。これでよく寝れたなと我ながら思う。


「……どこだっけ……」


 あれからジュースを飲み過ぎたせいか、急に催してきた。確かトイレは、部屋から出て右だったはず。

 襖を開けるとすぐに縁側だ。夜空の星が綺麗だなぁとは思ったけど、今はそんな場合じゃない。


 ここから右に歩いて……あった。トイレらしき扉が見える。


 ひとあくびしつつ扉を開けようと、


『なぁアルス、まだ意固地になっているのか?』


 男の子の声……誠君?

 もしかして一緒に入っているのだろうか、アルスと?


『……お前には関係ない』


『ああ、関係ないかもね。でもやっぱりさ、心配なんだよ、仮にも沢口さんの知り合いなんだし』


 ……何で二人してトイレに入ってんだ……。


 とは思うけど静かに耳を澄ます。会話が気になるというのもあるけど、今日初めてアルスの声を聞いたような気もするから。


『一回僕に吐いてみたらどうだ? 不満を押し込んでいたらストレスがたまるって言うしさ。ストレスを治してくれる植物がそうなったら本末転倒だよ』


『…………』


『なぁアルス。ここなら誰も来ないからさ』


 私がいるのに全く気付いていない。

 誠君に対してアルスがどう答えるのか、気になって息を止めてしまった。


『……嫌いだ、エリなんか』


「……っ……」


 トイレから返ってきたのは、あの子のそんな言葉だった。

 胸の奥から握り潰された感触がしてくる。


『嫌いかぁ。沢口さんはアルスの事好きだけど?』


『……分かっているけど……でも嫌い。何でかわからないけど……とにかく嫌い……』


『単に意地張っているようにしか見えないんだけどなぁ。でもそれ、沢口さんの前で言ったら相当悲しむよ?』


『…………』


『とにかくさ、明日ちゃんと沢口さんと話そうな。何か山に行くって言っているんだから、その時にでもさ』


 扉が開く。まずい。

 誠君達に見つからないよう、横にあった曲がり角に隠れる。トイレから出てきた二人が「和式便器使いづらかったなぁ」とか言って歩く姿が見えた。


 というか何で隠れる必要があったのか。あそこでバッタリ会ってアルスと話す事が出来たと思うのに。

 

 仲直り出来ない原因は、アルスじゃなく私にあるんじゃないだろうか……?


「……嫌いになりそうだ」


 ウジウジしている自分が、本当に情けなくて仕方なかった。

 



 -------------

 


 

 もう一回目を覚ますと、部屋が明るくなっていた。


 トイレの出来事から寝たんだと思うと、何だ変な感じがしてくる。起きた私達は昨日みたく朝食を作り、皆で食べる事になった。

 そんな時に松本さん(肌がしわしわだと言われて殴った人)が山菜のある里山に連れてってくれるという。昨日の事が引きずっていたので気分が乗らなかったけど、それでも行かないとは言いづらかった。


 ちなみに松本さんは山菜に詳しいらしく、どれが食べれる物なのか分かるんだとか。


「足元気を付けるんだよ。ヒルが靴の中に入ってくる事もあるから」


「それ先に言って下さい!?」


 里山は家の後ろ辺りにあった。山菜採りに参加したのは、私とアルスのリュックを持った誠君、そしてユウナさん。

 山道を歩いていたら、いきなり松本さんが言うんで思わず突っ込んでしまう。そういう事は最初に伝えるべきでは……。


「若い子はヒル駄目かい? なぁに、もし入ったとしてもライターで炙れば一発で剥がれ落ちるよ。そもそも冗談だけどねぇ」


「そうですか……よかった……」


「その代わり噛み付く蟻が多いから本当に気を付けな」


「全然よくなかった!!」


 ヒルに血を吸われるよりマシだけど、蟻も微妙に嫌だわ……。

 誠君は気にしていないみたいだけど、ユウナさんは足元を不安そうにチラチラ見ていた。あの話を聞かれたら無理もない。


「さて、ここら辺が山菜の植生地だよ。見た目だけじゃよく分からないけどね」


「えっ? ここからじゃあよく……」


 木が生い茂っている場所に着いた。でも肝心の山菜ってどれだ?

 草がいっぱい生えていて、どれがどれなのかってのが分からない。


「……あっ、もしかしてこれでしょうか?」


「おお、お嬢さんよく分かったねぇ。それはタラの芽、天ぷらにすると美味しいよ」


 何とユウナさんが一発で当ててしまった。

 エスパーですかあなたは。


「よく分かったねユウナさん」


「薬草を採取しますので、そういった食べられる植物というのが分かるのです。恐らくこちらもではないでしょうか?」


「おお、それも当たり! じゃあこっちとこっち、どっちが食べれるかって分かるかい!?」


「こちらですね。……うーん、香りからして恐らくこちらかと。もう一方はただの雑草ですね」


「やるじゃないかお嬢さん!! もしよかったら私達の畑で働かない!?」


「い、いえ、仕事がありますので……」


 何か松本さんに付き合わされてらっしゃるな、ユウナさん。


 それよりも松本さんが見ていないんだし、そろそろアルスに山菜食べさせないと。ちょうど草むらも生い茂っているからアルスを隠す事も出来る。


「誠君、アルスを出してくれる?」


「うん。ほら、山菜だよアルス。食べ過ぎには気を付けてね」


「…………」


 アルスから返事はない。代わりにリュックから出て辺りを見回した。

 それからさっき見つけたタラの芽を一口。


「美味い……こっちも美味い……こっちも苦みがあって中々……」


 テンションが低いけど、何だがバイキングに来た子供みたい。

 気に入ってくれてよかったけど、まだ機嫌を損ねている。あの子の周りに見えない壁が出来ているような錯覚すら覚えた。


 何か声を掛けようと思いたい。でも壁のせいでやりにくい。


「……あのさ、昨日あの子と話してたんだけど、やっぱり面向かった方がいいと思うんだ」


 アルスを見ている途中、誠君がそう言ってきた。

 私は無言のまま彼に振り向く。


「話して分かったけど、構ってくれなくて頑固になっているだけなんだよあの子。一回話して、それから不満をぶつけるなり思っている事を吐いたりすればいいと思うんだ」


「…………」


 誠君からアルスへと視線を戻す。


 相変わらずアルスの周りには壁が出来ていた。その壁が私を遮っているようにも見える。

 今の私に、それが乗り越える事なんて出来るのだろうか。不安がいっぱいで、足元が竦んでしまう。


「……沢口さん、僕がいるからさ。今のうちに」


 でもアルスに謝りたい。また一緒に仲良くしたい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 誠君に押される形であるけれども、私はアルスの元に向かった。未だ不安がよぎってくる中で、私は歩み寄った。

 

 何とかして謝らないと……ごめんなさいと言わないと。


「アルス、あの……ん?」


 話し掛けようとしたら、アルスの頭に何かが付いているのを見つけた。


 これは、多分カナブンみたいだ。確かアルスの体液を吸っていた虫って巨大化してたような……


 ………………あああああああああ!!?


「まずい!!!」


「えっ、いきなり何!?」


 早く取り出さないと! この程度の虫なら触っても大丈夫!!

 

 アルスに当たらないようチョップで叩き飛ばす! 飛ばされた虫は遠くの方まで行って…………なかった。


 ――ベキ!! ベキベキベキ!!


 空中で止まったカナブン。その身体が歪な音を上げながら膨れ上がる。

 私達の目の前でそれが巨大化して、元からは全く想像できない牛ほどの大きさに。姿形も刺々しく、そして禍々しくなっていた。


 もう単なる虫じゃない。どう見ても凶暴なモンスターだこれ!?


「ギュウオオオオオオオオンン!!」


「ふぇ!? 何だいそいつは!?」


 私達が唖然していた時、カナブンから咆哮が上がった。

 松本さんが驚いているけど、答えている暇なんてない……!


「に、逃げて下さい!! これヤバイですって!!」


「ギギギギギギギギギ!!!」


 ――ブフウウウンン!!


 巨大化したカナブンが向かってくる!


 私は夢中になってアルスの方に飛びこんでいた。誠君も私の隣に倒れる。

 すぐに顔を上げると、カナブンがユウナさんと松本さんに向かっているようだ。松本さんが動揺して動かなくなっているのを、ユウナさんが肩を持って突進から回避させている。


「大丈夫ですか瑛莉、森様!?」


「う、うん!! ってこっちに来ている!!」


「ちょっ、ちょっ!!?」


 今度は私達を押し潰そうとしている!?


 私とアルスを持った誠君が避けると、元いた場所にカナブンが落ちてくる。呆気に取られた私だけど、そこにユウナさんが駆け付けてきた。


「大丈夫ですか瑛莉――キャアアア!!?」


「うわああ!!?」


 カナブンの脚が私達に引っかかっている。というか地上スレスレに飛んでいる!?


 これって私達、攫われているのか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る