第25話 酒が入るとサイコパス
数時間後、電車が目的の駅に停車した。
降りた私達は改札口に向けて石段を降りる。普通、駅というと大勢の人でひしめき合っているけど、場所が場所だから駅員さん以外全くいない。
「ところでユウナちゃん、うちのアパート狭かったでしょう。居心地悪いとかそういうのなかった?」
「いえ、とても素晴らしい家だと思っております。むしろ居心地悪いなんて思った事ないですね」
「本当? 嬉しいねぇ。いっそうちの穀潰しと入れ替わってほしいなぁ」
「弟の前でハッキリ穀潰しって言ってくれてありがとう。すっかり傷付いたよ」
誠君、ご愁傷様です。
そんな中、アルスがリュックからひょっこり顔を出している。私はその子を見つめるんだけど、全くこちらに振り向こうともしない。
もし喧嘩する前だったらちゃんと振り向いてくれたのに。
まだ根に持っているんだというのがよく分かる。仮に森さん達がいなくても、話しかけれる勇気が出てこない。
本当に私、臆病者だよ。
「さてと、やっと着いたな!」
改札口を通って駅の外に出る。目の前の光景に長谷田さんが叫んだ。
千葉県
長谷田さんの故郷で、米などの栽培が盛んらしい。その証拠としてか、見渡す限りの瑞々しい田んぼが広がっている。
家が敷き詰められていた地元とは大違いだ。しかも今日暑いはずなのに、ここだけが異様に涼しい。
「何か気持ちいいですねぇ」
「そりゃあ、田んぼの水が蒸発した時に気温を下げてくれているからなんだ。都内よりは全然涼しいぞ」
誠君の言葉に長谷田さんが説明した。そんな効果があったんだね。
私達はこの涼しい田んぼの中を歩く。周りを見渡すと点々と家が見えるんだけど、それが今時珍しい古屋だ。しかも木造をしている辺りが田舎って感じがする。
そんな光景に感心していると、目の前に大きな家が見えてきた。どうやらあそこが友人の自宅らしい。
「本田ぁ、来てやったぞぉ」
「おお、ゴロちゃん久し振り! 元気だったか!?」
「ご覧の通りしぶとく生きているよ。今日はアパート仲間も連れてきたからな」
家から長谷田さんの友人だろう男性の方と、数人のおばあ様方が出てきた。
さすがに全員が家族という訳じゃないだろう。きっと誕生日パーティだから色んな人が集まったんだと思う。
「あらあら、遠くからよく来てくれたねぇ」
「やだぁ、皆若くてピッチピチじゃない。あたしもこんな風に綺麗だったの思い出すわぁ」
「ハッハッハ! 何言ってんの松本さん、今のあんたなんか干し柿のようにしわしわ――ぶぼぉ!!」
「ごめんごめん、うちの友達一言多いからさぁ。気にしないでね?」
今思いっきりその人殴りましたよね? というかピクピクと痙攣しているんですが……。
唖然とする私の傍ら、森さんがお年寄りの方々へと頭を下げた。
「初めまして、アパートの大家を務めている森彩夏です。土日ほどお世話になっていただきます」
「おお、これからもよろしくな。じゃあ早速だけど、ババアどもの料理手伝ってくれねぇか? 人手が足りなくてなぁ」
「分かりました。じゃあ沢口ちゃん、ユウナちゃん、一緒にやるわよ」
「あっはい。ユウナさん、リュックを誠君に預けて」
ユウナさんは料理が一応出来る方で、私の手伝いをしてくれている。
彼女がちょっと躊躇したんだけど「ではお願いします」とアルスを渡した。
(あの、よかったのですか? 彼に預けて)
(誠君もアルス知っているから大丈夫だよ。誠君、アルスの散歩お願い出来る?)
(ん、分かった)
私達はアルスの事を気付かれないよう、小声で話し合った。
預けられる時にも、アルスはこっちに振り向いてくれない。せめてチラ見でもいいからしてほしかったのに、それすら叶わない。
私はただ、唇を噛み締めるしかなかった。
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家の中に入った私は、まず「昭和みたいだなぁ」と思った。
畳に覆われた部屋に、鎧などの飾り、さらに
料理については、誕生日パーティだけあって作る物が多かった。
単に炒めるだけじゃなく、お魚を捌く、煮物を煮るなど色んな作業がある。こんな大仕事なかったもんだから、マジで目が回りそうだった。
その途中、誠君が散歩から帰ってきたというので、一旦厨房を出て声を掛けてみた。
「今日はビンタされたりとかした?」
「いや、されなくて残念だったなぁ。何と言うか無言過ぎて、こっちが不安になりそうだったよ」
「……そうか……」
アルスが黙ったままリュックの中に戻る。
誠君にも手を出さないなんて相当だろうなぁ……いや、普通手を出したらアレだけど。
「後でミネラルウォーター飲ませておくよ。それと、二人はもう少し距離を置く時間が必要だと思うんだ」
「距離を置く……」
「どっちも頭を冷やそうって事。その間に僕が世話するからさ……ね?」
「……うん、ありがとう誠君」
確かに頭を冷やすべきだ。それに時間を置けば何かが変わるかもしれない。
私達が話している間、アルスが眠たそうにしていた。昼寝させた方がいいと誠君が部屋に運んでいく。
私はその二人を見届けてから厨房に戻る事に。急いで料理を全部作った所、もう夕飯の時間になっていた。
「えぇ、この本田の誕生日を祝って!」
「「「かんぱーい!!」」」
襖に囲まれた客間。そこの長いテーブルを囲みながら、私達は乾杯した。
テーブルには私達が作った料理でいっぱいだ。まずは炊き立ての白いご飯に鯛のかぶと煮、筑前煮、鶏の水炊き、刺身、肉じゃが、そしてキンキンに冷えたオレンジジュースの瓶と瓶ビール。
「沢口ちゃんも大家さんの弟もしっかり食べな! 若い内はもりもり食べないとイカン!」
「はい、いただきます」
「ほれユウナちゃんも。そこの刺身結構美味いぞぉ」
「刺身ですかぁ……では一口」
長谷田さんに言われて刺身を食べるユウナさん。
するとびっくりしたように目を見開く。……もしかして不味かった?
「美味しい! 私、生の魚初めてでしたけど、こんなにも味があっさりしているなんて!」
「ハッハッハ、そうだろう? この魚、新鮮だから風味が最高なんだ。さぁ、どんどん食べな」
「はい!」
どうやらお気に召した様子。よかったよかった。
私も刺身にわさびを付けて口に運ぶ。うん、確かに美味しい。美味しいんだけど……味気がない。
美味しく食べれるのは今じゃないという事なんだろう。でもそれがバレたら厄介なので、美味しい振りをしなければならない。
がやがやと賑やかにしながらご飯にありつく私達。そうしてしばらしくしたら、主催者の本田さんがテレビにある物を繋いでいるようだ。
見た感じ何かの機器と、マイク?
「本田、何をしているんだ?」
「ああ、通販で買った『イエカラ』を繋いでいるんだ。これでカラオケが出来るようになるぞ」
「ああ、カラオケが出来るってあの機械か。あっ、だったら沢口ちゃん達やってみるか?」
そういえばそんな機器があったなぁと思ったら、長谷田さんが言ってきた。
それはちょっと……人前ですると凄い緊張するしな……。
「すいません、私はそういうの――」
「へぇ、カラオケですか! やりますやります! 沢口ちゃんも一緒にやろうよ!」
「いや森さん、私はいいかなって……」
「いいから歌おう、ね! でないと乳首しゃぶり尽くして噛み切るよ!?」
そこまで言う!? 怖いわ!!
それに森さんお酒入っちゃっているし、これはもう従うしかないな……。
「じゃ、じゃあ、一曲だけでも……」
「なら先に沢口ちゃんな。大家さんとどれだけ上手いのか競争してみようじゃないか」
「イヤッフウウウウ!! じゃあ私が勝ったら沢口ちゃんの乳首引きちぎるからね!!」
結局乳首狙うのか!?
ともかくサイコパスはほっといて、曲選びのタブレットを見てみる。意外と曲が豊富だったので迷ったけど、とりあえず流行物の曲(歌手は女性)を選択。
マイクを持って……まずい、皆こっちを見ている。でも歌うと言ったからにはやるしかないな。
「……すぅ……」
喉の奥から歌声を出すように。さらに腹にも力入れて大きく出す。
元の歌手に失礼ないよう、音程も気を付けた。
「…………あれ? 沢口ちゃん意外と上手くない?」
森さんは知らないんだっけ。
実は中学の頃、私はコーラス部に入っていた。と言っても目標があったからとかじゃなく、部活強制だったから仕方なく入ったって感じだ。
卒業してから全く歌ってなかったものの、まだ感覚は鈍っていないようで。
それから歌が終わると、
――……パチパチパチパチ……!!
「瑛莉……素晴らしかったです……!」
「沢口さん上手かった上手かった」
「やるじゃないか、さすが沢口ちゃん!」
「おばあちゃん涙が出ちゃったよ! いい歌聞かせてありがとうねぇ!」
ユウナさん達から拍手。長谷田さんもおばあ様方からも好評だった。
さっき緊張するとか言ってたけど、思ったよりは悪くなかった……かな。
「ど、どうも……。じゃあ、次は森さんですね」
「……えっ? えっと……あの、負けました。どう考えても沢口ちゃんの歌唱力に勝てません……お詫びに私の乳首を噛み切って……」
「いや、やらないですよ」
何が悲しくてそんな猟奇的な事をしなければいけないのか。
それと服をはだけさせるのはやめて下さい。
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