第46話 アルスの奇妙な逢引《デート》

 それから数分後、やっとそれが訪れた。


「沢口さぁん、交代だよぉ」


 私の代わりとなる女子がやって来た。そろそろもう休憩の頃合いだ。

 調理をしてかれこれ三時間……長かった。この時をどれだけ待っていた事か。


「うん、じゃあお願い……」


 調理しっぱなしだったから、体力がほとんどなくなっていた。特に両腕が異様に痺れていてキツい。

 休憩の時間使って体力回復をしなければ。とは言うものの、もちろん休憩をその為に使う訳ではない。


「ユウナさんお待たせ!」


 ユウナさんとは、廊下の奥で待ち合わせする約束になっていた。

 アルスもいるはずなので、私は有頂天に……


「どうかお願いしますユウナさん! 俺と一緒に回ってほしいです!!」


「待てや! こんなんへぼ牧より俺と一緒に……!!」


「ああん矢口!? ユウナさんを独り占めしようってんのか!? お前には汚物の掃き溜めで十分だよ!」


「そういうお前こそ、ユウナさんと一緒なんて片腹痛いわ! ウジ虫と仲良くデートすんのが関の山や!!」


「あ、あの……お二人とも……」


 何か牧君と矢口君で取り合っている!!?

 というか、ユウナさんの前でそんな汚い言葉やめたげてよ!?


「えっと君達……ユウナさんは私と回る事になってて……」


「えっ、沢口と!? じゃあ邪魔しちゃいけないか……行こうぜ矢口」


「全く、お前がいなかったらユウナさんとアベックになっとったのに……」


 アベック古いなおい。

 でもこれで牧君と矢口君がいなくなった。念の為に見回しても、他に誰もいない。


「アルス、もう大丈夫だよ」


「……プハァ! 息止めてて苦しかった」


「いやいや、そこまでは別によかったのに」


 私は再起動したアルスを抱いた。

 体力のない自分でも軽くて持ちやすい。何て便利な身体なんだと思っていると、その子が私の方を見つめてくる。


「エリ、今日なんだが嬉しそう」


「それはそうだよ。だって今日はデートの日なんだから」


「エリとデート……楽しそう」


 デートの意味を分かっているのかはさておき、そう言ってくれるのが嬉しかった。

 今日は誰の邪魔されず、思いっきり遊ぶんだ。アルスとの思い出に一ページを作らないと。


「では私、この学校を回ってみますね」


「うん。あの、一人で大丈夫?」


「ええ、お金もありますので大丈夫かと。アルス様、瑛莉と一緒に楽しんできて下さいね」


「うん」


 ユウナさんが私達の元から離れる。

 さて、これで私達二人だけになった。どこから先に行こうか。


「アルス、これからどうしたい?」


「遊びたい。何か面白そうなのある?」


「もちろんだよ! 色んな出し物があって飽きないと思うから。私が連れて行くね!」


 私とアルス、二人のデートが始まった。

 

 普通はデートなんて人間の男の子と女の子がする物。でもこれは間違いなくそうなんだ。だってアルスの事が好きなんだから。

 ともかく、まずはどこに向かおうか。色んな出し物があるから目移りしてしまう。


「あっ、あれしたい」


「ん? どれ……」


 アルスが指差したのは、Cクラスの『ドキッ!! 秘密だらけのジェットコースター』。

 よくある教室内にジェットコースターを張り巡らした奴か。そういえばここがどんなのかよく分かってなかったな。


「ちょっと入ってみるか。すいませーん」


 中に入ってみると、白い幕がそこら中に垂れ下がっていた。その幕から突き出ているようにトロッコとレールがある。

 どうもジェットコースターの内容がどうなっているのか分からなくなっているようだ。看板に偽りなしって感じ。


「はい、いらっしゃいませ!! 女子一人!?」


 そのトロッコの前に眼鏡の男子がいて、私達へと駆け寄ってきた。


「ああ、はい。それとアル……ぬいぐるみと一緒に乗っても大丈夫ですか?」


「ええもちろん! お値段はたったの100円! さぁさぁ乗った!!」


 この人達からすれば、買ったぬいぐるみを持っているとしか見えないはずだ。女の子なら持っててもおかしくはないし。


 私達が乗った後、男子達によってトロッコが高いところまで上がっていく。

 どんなレールになっているのかなぁ。アルスも口には出さないけどワクワクしているみたいだ。


 いよいよ一番高い所に来て、私は思いっきり目をつぶってしまった。




 ――ゴドン!!


「ん?」


 何だ? 何かレールから落下したような感触をしたような……でも地面に落ちた感じでもない。

 不思議に思って目を開けてみると、




「久々の客だぁ!! 存分に楽しませろ!!」


 ……!!?


「「「ワッショイ!! ワッショイ!! ワッショイ!!」」」


 何かいきなり現れたムサい男子達。


 股間の『レール』と書かれたふんどし。


 そしてその人達が、私達のトロッコを持って担ぎ上げている。


 何だこれは……何なんだ一体!?


「ここでUターン!!」


「「「ワッショイ!! ワッショイ!!」」」


 Uターン、回転、高く上昇。ご丁寧にジェットコースターのような軌道をやっているという。

 

 というかこれ……これって……ジェットコースターじゃなくてただの御輿やん……。


「はい、終わりでーす! いかがだったでしょう!?」


 どう反応すれば分からないまま、トロッコが白い幕の外へと出されてしまった。

 受付の男子がニコニコとして聞いてくる。対して私は呆然しっぱなしだ。


「あの……これのどこがジェットコースターなんですか……?」

 

「いやぁ、本当はレールを用意するつもりが予算が足りなくて……それであんな感じに担いでやればいいじゃんって俺が考案したんです。斬新でよかったでしょう!?」


「…………」


 言葉にするのもはばかれるから、心の中で思う事にしたい。


 ど こ か 斬 新 だ っ た の か。


「いやぁ、無言になるほど楽しかった訳ですか! やっぱ俺って天才――ひでぶ!! あれ、何で頬が?」


 その時、アルスが男子にビンタを喰らわせた。

 ほんの一瞬、なおかつ閃光の速さだったので、彼は全く気付いていない。


「きっと気のせいだと思いますよ」


「ええ? でもビンタされた感触が――アウチ!! 二度も誰かに殴られた! 父さんにも殴られた事ないのに!」


「えっと、じゃあありがとうございます」


「あっ、ちょっとお客さん!?」


 さすがにこれ以上は酷くなるので離れよう。

 思えばこの店、私以外に入っているお客さんがいない。もっと早く気付けばあんな珍プレイをされなかったのに。


「はぁ、アルスと最初に入った店があんなんなんて……」


「次があるよ。くよくよしないで」


「あんなのがまたあったらやだけどね。次は何しようか……」


「あそこは?」


「えっ……ああ……あそこは別に面白くないよ」


 アルスが『薔薇喫茶』に興味を示したけど、あそこは行かない方がいい。なんせ店員が店員、入ったら地獄を見る可能性がある。

 

 となるとあそこになるか……前々から行きたかった出し物。確か二年のクラスにあるはずだ。


「えっと……あった!」


 二年のクラスに行った所、早速見つける事が出来た。


 ずばり巨大迷路。


 教室全体が丸ごと迷路になっていて、出るのにかなりの時間が掛かるらしい。二分で出たら、ご褒美として外の屋台の割引券がもらえる。

 こういうのはぜひとも挑戦したくなる。割引券さえあれば、金銭をあまり気にせず買い物だって出来るのだ。


「入ろ、アルス!」


「…………」


「アルス……?」


 アルスが迷路とは別の方向を向いているようだ。

 何だろう……ってお化け屋敷だ……。血濡れの看板に天井の首吊りの人形……行列は出来ているみたいだけど……どう見てもやばい奴だ。


「え、えっと……アルスもしかして……」


「あそこ行きたい」


「……迷路あるよ?」


「こっち行きたい」


「……うん、行こうか」


 どうしてもやりたい様子だ。行きたくないけど、行くしかないか……。


 案外行列が進むのが早くて、二分も待たずに中に入る事になった。

 中はとても暗く、所々に血塗れの机、死体などおぞましい物が置かれている。しまいには『お前は呪われる』なんて物騒な文字もあった。


 ――怖いです。

 正直ここから逃げたくなるくらいに怖い。


「ではお客様……お気を付けて……」


 長髪の受付が言ってくるし、今更無理だろう。これは諦めるしかない。

 大丈夫……どうせ作り物だ。きっと何とかなる。多分。


「し、失礼します……」


 私はビクビクと辺りを見回しながら歩く。

 しかも行列が終わるのが早かったので、心の準備全く出来ていません。完全にオワタ。


 足元の矢印を頼りに進む。進むけど、足が震えてしまっている。完全に恐怖に囚われてしまっているんだ。


「……エリ、僕が一緒にいるから」


「……アルス……」


 やだ、この子優しい……キュンとしちゃった私。

 今私にはアルスが付いているんだ。お化けなんて怖くない……お化けなんて怖くない……怖くな……


「――オオオオオオオオン!!」


「ひっ!?」

 

 棺が開けられて幽霊が出てきた!!

 怖過ぎて声が出なくなってしまう……!


「ギャアアアアア!!?」


「ひ、ひいい!?」


 と思ったら、幽霊がバタンと棺に戻ってしまった。

 ……もしかして、今さっきアルスが悲鳴を上げたから? この暗闇ではこの子の顔、滅茶苦茶怖いのかもしれない。


「エリ……怖いなぁ……」


「うん……そうだね」


 アルスでも怖い物があるんだね……。

 とりあえず先に進んでいくと井戸が見えてくる。ああこれ……ひょっとして……


「ア゛アアアアア……!!」


 出たぁ、貞子の幽霊!!

 また声が出て――


「ウワアアアアア!!!」


「たわらば!!?」


 しまう前に、アルスが幽霊を蹴ってしまった。

 幽霊が井戸から飛び出て、背後の張りぼてに激突。それで大きな音が発してしまう。


「えっ!? 何だこの音!?」


「おい、倒れているぞ!? 大丈夫か!?」


 周囲がざわめいたので、私達はすかさず逃走しました。

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