第45話 豚の生き血、腐った内臓
「いやぁ、あれは酷かったわぁ。まさかパスタそのままで出されるなんてさぁ」
「はぁ……」
今、昇降口近くの水道で皿洗いをしていた。
廊下内の水道も使えなくもないけど、そこには小道具などが置かれているので濡れる恐れがある。なので昇降口で洗おうと前もって決められていた。
それで森さんも手伝うと一緒にやってくれた。
さらに、さっきの事への愚痴も聞かされている所。
「まぁ、あの時は誠君の姉だなんて分からなかったですからね……無理もないですよ」
「そう言われてもまぁ。つーか何であんな事をされたんだろう、私なんかしたのかな?」
人気を誇っていた弟君を馬鹿にしたからなんです。
……なんて理由、口が裂けても言えない。
「ところでユウナさんとアルスは? 一緒に来ているんじゃ?」
「ああ、準備に取り掛かっているから先に行ってくれって。多分だけど、おめかしとかで遅れているんじゃないかな?」
「ああ、それはあるかもですね」
前に化粧の仕方を教えたものの、まだ一人だと時間掛かるかもしれない。それに服選びとかで難儀しているだろう。
後は……道に迷っているとか? ちゃんと学校までの道は教えたから、心配はいらないと思うけど……。
「おし、これで最後。じゃあ私は色んな所に回るね」
「了解でーす。ありがとうございました」
やっと皿洗いが終わった。森さんと別れてから、私はメイド喫茶に戻る事に。
相変わらず廊下は大盛況だ。外から来たお客さんも多くなっているし、気付けば生徒のカップルがそこかしこに見える。
文化祭と言えばデートだからなぁ。準備中に「あの子と一緒に~」とか「彼と回るから~」とか話題があったのも覚えている。
「本当にすごいなぁ、文化祭って」
「全くだな。実に嘆かわしい」
「そうかな……ってうおぉお!? 牧君いたのかい!?」
いつの間にか牧君が隣にいた。
私を認識させないとか、あんたは忍者か!?
「というか嘆かわしいってどういう……?」
「あっ? そりゃあ決まっているだろ。俺一人で回るという屈辱……そばに可愛い女の子がいないという屈辱……」
「そんな怖い顔して爪噛んでも……」
カップル出来なかった人もいるだろうとは思ったけど、まさかここまでは……。
「ああ妬ましい……妬ましい……。いっそカップル全員に豚の生き血を浴びさせて……」
「生き血とか正気の沙汰じゃないから……」
「とまぁ、冗談は置いといて。沢口、見た感じ一人っぽいけどさぁ、もし回る人がいなかったら俺と――」
「ああ、ごめん。これからその人が来る予定だから」
「……やっぱりお前にも豚の腐った内臓を……」
だから怖いって! というか地味にグレードアップしている!?
それはともかく厳密にいうと『人』じゃない。さすがに信じないとは思うから口はチャックだ。
そう話している間にも、私達はメイド喫茶に戻っていた。
開始当初よりは数が減ったけど、相変わらずの集客率。いつこれが終わるのか。
「矢口、交代すっぞ」
「おお、了解ぃ。ほな沢口、後は頼みますわぁ」
「うん、行ってらっしゃい」
調理係はこれで私と牧君、そして二人の女子になった。とりあえず休憩までは頑張ろうっと。
皿を置いてから準備に取り掛かろうとしたら、何故か廊下を出ていた矢口君が戻ってきた。
「お、おい!! 牧!!」
「あれ、矢口。もう戻ってきたのか?」
「違うわ! 今廊下に! 廊下に!」
廊下? 何かあったの?
覗いてみると、誰かが入ってきている。と同時に、このメイド喫茶が静かになるのを感じた。
「お邪魔します」
ユウナさんだ。
今回は案の定ナチュラルメイクをしている。一人でやったにしては違和感が少なく、美貌がさらに良くなっている気がした。
服装も白いブラウスに青いスカートで、この賑やかな文化祭に似合わない清涼感がある。彼女の気品さを表しているみたいだ。
そして何と言っても、
「綺麗な人じゃねぇか……」
「せやろ? ただ何故かでっかいぬいぐるみ持ってんやで。よく持てんなぁ」
アルスをぬいぐるみのように持っている事! ここ重要!
私は嬉しくなって、ユウナさん達の所に駆け込んでいた。
「ユウナさんいらっしゃい! 道迷んなかった!?」
「ええ、ちゃんと教えてもらったので。それと、服どうでしょうか?」
「うん、似合っているよ! すごい可愛い!」
今の私は絶賛ニコニコ顔だ。もちろんユウナさんに向けてなんだけど、実際の目線はアルス一直線だ。
これが私達が考えた最善の方法だ。
アルスは私でも持てるくらいに軽い。これを応用して、あたかもぬいぐるみのように抱きかかえるという訳だ。
普通なら、ぬいぐるみを持つ事に不審がる人がいるはず。
だが今回は色んなのが売られている文化祭だ。それに家庭科部で自作したぬいぐるみを売っていると聞いた事がある。
ユウナさんがそこでぬいぐるみを買ったと、周りが思っても不思議じゃないはずだ。
こうする事で、堂々とアルスを連れて行く事に成功。私は口元が緩くなって、アルスの頬をムニムニといじくった。
アルスの方はちゃんと演技して固まっている状態だ。
「なぁ、もしかして沢口の知り合いなのか?」
そこに牧君が聞いてきたので、私は答えた。
「うん、名前はユウナさん。私の友達でもあるんだ」
「初めまして、いつも瑛莉にはお世話になっていただいています」
「ど、どうも……。というかそのぬいぐるみよく出来ているなぁ。家庭科部、力入れ過ぎじゃねぇの?」
「せやけど牧、それなんつーかブサイクやん? もちっと可愛く出来なかったんか?」
ああん? アルスをブサイクだぁ?
矢口君、その言葉は聞き捨てならないね。場合によっては茹でてないパスタを鼻に突っ込んでいたよ? ……やれる勇気がないけど。
「とりあえず座れば? 後ろつっかえているしよ」
「はい、では失礼します」
牧君の言葉に、ユウナさんがテーブルに座った。おっと、座り方も優雅過ぎるなぁ。
もう男子はおろか女子までも、彼女に魅了されている。中には頬を染める女子もいるくらいだ。
「お、お客様! ご注文は!?」
「そうですねぇ。でしたらホットのコーヒーと……ナポリタンを一つ」
ユウナさんがメニュー表を見ながら伝えた。ちなみにこの時、私は見逃さなかった。
ユウナさんがコーヒーと口にした後、アルスに一瞥していたのだ。
そのアルスが見ていた先には、恐らくナポリタンの写真があったはず。つまりナポリタンはアルス用という事になる。
でもこんな状況でどうやって食べるのだろうか? 動いてしまったら皆にバレてしまうしな……。
「はいナポリタン、コーヒーお待ち!!」
って早っ!? 注文してからそんなに経ってないよ!?
メイドが置いた後、コーヒーを飲むユウナさん。やっぱり優雅過ぎてお嬢様か何かみたいだ。
「……沢口の友達って事は、クラスメイトの俺と回っても大丈夫って事だよな? 声を掛けてみようかな……」
「あっ? ちょい待ち牧? 何一人抜け駆けしてんねんコラ?」
「ああん? おめぇにはあの人はもったいねぇよ。いつも見てるアニメのキャラで十分だろうが」
「なんやとおい? その喉に手突っ込んで内蔵引っこ抜くぞオラ?」
「んじゃ、俺はお前の口開けて熱々の熱湯入れるぞああん?」
ちょっ、あんたら……こんな所で喧嘩しないでよ。
というかやる事がえげつないんですが。
「すみません、ナポリタンのおかわりをお願いします」
「「「えっ?」」」
あれ? ユウナさんのナポリタン、もうなくなっている?
しかもよく見ると、アルスの口周りがほんのり赤い。この状況でどうやって食べた?
「は、はい! おかわりお待たせしました!」
メイドがナポリタンを再び用意(だから早いっちゅうねん)。するとそれを隠すように、ユウナさんがメニュー表を前に置いた。
「あむっ」
メニュー表の奥から微かな声がしてきた。
そしてユウナさんがメニュー表をどかすと、またナポリタンがなくなっていた。
なるほどそういう事か。ああやって隠してから、アルスが閃光の速さで平らげているんだ。さっきのはその時の食べた声。
食べた後は、ぬいぐるみの状態になって何事もなかったようにする。口にソースが付いている事以外、完璧かつ俊敏な早業。
こりゃ驚いた。私でなきゃ見逃しちゃうね。
「や、矢口……あの人食べるの早えーぞ……?」
「おお……でも素敵や……」
私が納得している間、何か二人組が圧倒していた。
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《メロside》
「本当にこれで大丈夫でしょうね?」
ワタクシはいつも通り、ビランテで仕事をしていた。
この現代社会に疲れた人々に対し、それに見合った植物を購入させる。我ながら天職だとは思っている。
「ええ、もちのろん。その花でしたら、きっとお客さんの癒しになりますかと」
「そうかなぁ……でもまぁ、ありがとう。大事に育てるわ」
「はい毎度ぉ」
たった今、女性方に花を買わせていた。
女性は見た目麗しき二十代、バストは見る限りEカップくらい。うん、顔も可愛いですしワタクシの好み。でも総合的に見て、少なくともユウナさんには到底敵わないと思う。
なんて冗談はともかく、女性方がそろそろ帰ろうとしていく。ワタクシが手を振って見送る中、彼女が外へと出て行った。
――さてと、そろそろ時間になるだろう。
窓から外の様子を眺め、人がいない事を確認。それが済んだら、扉に『
いや違うか。ワタクシが置いた植木鉢が一つある。
時間的にそろそろ頃合いのはずだ。
「沢口さん、許して下さいな……」
これは正直、沢口さんに対しての敵対行為なのかもしれない。彼女自身が許さないはずだ。
だがこれはあくまで、アルスにとっての成長の一環だ。液体肥料、散歩、世話などと、ある意味では一緒。
そう、アルスには必要な事なのだ。例えそれが、沢口さんにとって望ましくない事だとしても。
「……そろそろですか」
ワタクシが見下ろす中、植木鉢の土が盛り上がる。
出てきたのは……
「痛い目に遭わせてもらいますよ、我が主よ」
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