第44話 茹でてないパスタやん……

 愛を確かめ合った後、私とアルスはアパートに戻った。


「お帰りなさい、瑛……莉?」


 扉を開けると、夕飯の支度をしているユウナさんがいた。私を見るなり鳩が豆鉄砲喰らったような顔を浮かべてくる。


 それもそうだ。今の私は覚悟を決めた表情をしているのだから。

 そのまま部屋のテーブルに着き、某人気アニメの司令官のポーズを取った。


「ユウナさん、あなたにお願いがあります」


「えっと、どうされたんですか……? その……アルス様?」


 ユウナさんが縋るようにアルスを振り向いた。

 けれどアルスが首を傾げるので、さらに困惑していく。


「近い日、私の学校で文化祭が始まるのは知っているよね?」


「え、ええ……私も招待されましたし」


「その文化祭なんだけど、ユウナさんだけじゃなくアルスも連れて行く予定なの。それも隠れるようにしないで堂々と」


「堂々と!? そんな無茶な!」


 無茶と言われるのは想定内だ。普通ならそう考えるのが妥当。

 だけど私は決めたんだ。何があってもアルスを文化祭に連れて行きたい。例えそこにリスクがあったとしても。


「だからユウナさんの協力が必要なの。これはあなた抜きじゃあ出来ないと思う」


「私……でしょうか? 一体どのような事を……」


「それはね……」


 作戦はもう立ててある。私はその事をユウナさんに説明した。

 そして聞き終えた途端、彼女が唖然とした顔をする。


「そんな方法で……?」


「さっきアルスで試したから大丈夫と思う。だからお願いします、どうかこの通り!!」


「ええ!? 何も土下座をしなくても!!」


 日本古来の謝罪の形――DOGEZA。

 これをしたのはメロ君にやった時以来。そしてこの行為自体、かなり切羽詰まっているという事を意味する!


「……でも、無理という訳じゃないので、別に大丈夫ですよ」


「本当!?」


「ええ、私達だけで楽しむなんてありえないですしね。それに瑛莉、アルス様を愛しておられるのですから」


「……分かってたんだ」


「見ていると何となくですが。つまり今回、瑛莉とアルス様のデートという事になりますね」


 デート……。

 うん、そうだよね、これってつまりデートと言ってもいいじゃないかな。アルスとデート……デート……




『エリ……グジュグジュしよう……』


『うん、思いっきりしゃぶってね……』


『行くよ……ああむぅ……』


『おご……むぅ……うんご……』




 ……何故妄想で丸呑みになる!!?


 そこはデートして笑い合ったりする所でしょう!! つーか妄想の私グジュグジュにされているし!! 

 もしかしてそういう願望があるのか!? 私は変態なのか!!?


「どうしました……? 急に怖い顔になって……」


「な、何でもない!! ……とにかく、当日はよろしく頼むね」


「は、はぁ……」


 とにかく話は成立した。ユウナさんには感謝の念しか浮かばない。

 私は黙って見ていたアルスに向かい、身体を持ち上げた。大型犬より気持ち大きい程度のサイズなんだけど、思ったよりは


「アルス、文化祭楽しみだね!」


「うん」


 表情がないけど私には分かる。この子はちゃんと微笑んでいる。

 これほど文化祭が待ち遠しいなんて思った事あっただろうか。早く来てほしくてウズウズしてしまう。


 ただ私は気付かなかった。この時ユウナさんが辛そうな表情をしていたのを。




 ------------- 




 アルスと約束してから、私はハイテンションの極みだった。

 実を言うと、その前は文化祭の準備に億劫だった。開催した時は楽しいだろうけど、準備というのは面倒臭い上に力仕事があったりでいい事がない。


 でもアルスとデート出来る。


 そう考えるだけで、私は鬼のように準備する事が出来た。さらにハイテンションが外に漏れているからか、周りの皆が私に対して呆然としている。


「沢口ちゃん、何かいい事でもあった?」


「うーん、何でもないよぉ。ほら、見ていないで牧君も手伝って! ちゃんと動いて!!」


「アッハイ」


 そんな状態だから「彼氏と文化祭回るのでは?」と推測された事もある。ただまぁ、ある意味では間違っていない。もちろん明かすつもりもない。


 改めて整理するけど、私は厨房係だ。レシピはコーヒー(アイス&ホット)、ココア、ナポリタン、パンケーキ。

 このパンケーキには、花びらに蜜があるフイエスを使おうかと思ったけど、買った場所を聞かれそうなのでやめにした。


 調理をするのは私の他に、以前ビランテに来た事がある牧君と矢口君。他にも何人かがいて、休憩をするごとに交代する事がある。


 ひたすら調理するってのは大変な作業だ。でもアルスの為なら頑張ってやれる……というか死ぬ気でやり遂げたい。


 





 そして9月の某日。遂に文化祭が始まった。


 校長先生の注意事項と楽しく遊んで欲しいという趣旨を聞いた後、この学校内がまるで束縛から解放されたように賑やかになった。校舎内は生徒達が考えた出し物、外では招待されたお客さんと屋台が見える。


 そして私達のメイド喫茶も、これまた意外な反響。行列が出来るくらいには人気を誇っていた。


「すいませーん、ナポリタンとココアを一つぅ」


「かしこまり!! 厨房さん、5番テーブルがナポリタンとココアです!」


「はい、5番テーブルがナポリタンとココア……!」


 私は復唱しながらナポリタンの調理を始めた。なお注文を請け負う時、何故が「かしこまり」と言うらしい。


 行列が出来ているから、調理の手を止めるという事すら出来ない。注文の料理が終わったら、また別の注文に取り掛かる……そういった感じだから目が回りそうだった。


 それと五個もあるテーブルが、お客さんや生徒でいっぱいである。

 食事を美味しそうに食べているグループや、メイドの女子とインスタしている人などもいる。さらにあーんと食べ合っているカップルもいるので、心の中で爆破しています。


「いやぁ疲れるわほんま、大丈夫かいな沢口?」


 パンケーキを焼いている矢口君が言ってきた。

 準備前に知ったんだけど、彼はどうも料理が得意らしい。


「うん、大丈夫。もうレストランでバイトしているんだと思っているよ」


「確かになぁ。まぁ行列出来るのはメイド女子と……あとアイツが原因やな」


 矢口君の言うアイツ。それは誠君の事だ。


「ねぇ、本当にあの森君!?」


「まぁ、そうだけど……」


「本当だぁー! 可愛い女装男子がいるとか聞いたけど、すっごい似合っているね!」


「ぶっちゃけ女の子よりも可愛い! 異論は認める!」


 他のメイドさんよりも相手されている気がする。まさかあそこまで人気あるとは思わなかったよ。

 でも彼が休憩に入ったら、お客さんの数が減るかもしれない。それまでは我慢しよう。


「おっじゃましまーす。沢口ちゃん頑張ってるぅ?」


「あっ、森さん」


 その時、森さんがメイド喫茶に入ってきた。

 誠君のお姉さんだから、当然入場のチケットはもらっているはずだ。……あと祭りだからってお酒は飲んでないよね? さすがにそれはしないと信じたい。


「あれ、長谷田さんは?」


「ああ、ちょっと用事があるから行けないって。しっかし、どこもかしこも行列なんだねぇ。こっちの喫茶も10分は掛かったよ」


「そうですねぇ。あっ、四番テーブルが空いてますのでそこに。誠君、森さんを案内させて」


「やっと来たんだ。こっちだよ姉さん」


 誠君がテーブルに案内しようとした。だが彼を見た途端、森さんがポカンと立ち止まる。

 何だろうと様子見てたら、


「ブハハハハハハ!! 本当に誠!? うわっ、女装がヤベェww マジありえんわぁww」


 誠君を指差し。それも変顔で大笑い。

 笑われた本人は想定でもしていたのか、呆れた顔を浮かべるだけだ。


「そんなに笑わなくても……というか他の人がいるからもっと静かに……」


「いやいやごめんね! いやぁ、あんたが女装するとは聞いたけど、全然似合ってないわww マジ受けるわぁwww」


 ──ビシッ!!


 ……えっ? 今何か音がした?


 気付くと女性陣の……オーラ? というか空気が重くなったような気がする。さっきの音のような物って、これと関係しているのか?


「まぁいいや。とりあえず誠、ホットコーヒーとナポリタンお願い~」


「はい、ホットコーヒーお待たせしましたぁ」


「あれ、早いね。でもありがと……さん……?」


 誠君じゃなく女子のメイドが持ってきた。

 だけど置かれたカップを見て、森さんの表情が固まってしまう。何しろあのカップ……。


「あの、空なんだけど……」


「いえ、空などではございません。お客様が見えないだけでちゃんとコーヒーは入っております」


「いやあの……さすがにそんな透明なコーヒーは……」


 さしも森さんも、これにはドン引きだ。

 さらに別のメイドさんが注文の品を持ってきた。


「お待たせしました、ナポリタンです」


「あっ、どうも……って茹でてないパスタやん……何これ、何かの罰ゲーム?」


「いえ、正真正銘のナポリタンです。当店で一押しの料理ですので、どうかご賞味下さい」


 今度は、固いパスタを皿に乗っけただけの奴。

 間違いない、女性陣は誠君の事でキレている。誠君のお姉さんですら容赦しないとか、怖過ぎるな……。


「……沢口、女子って怖いな……」


「うん……」


 矢口君の言う通り過ぎて、思わず相槌を打ってしまった。

 女子の残酷な面を目の当たりにしたの、これで初めてだと思う……。


「茹でてないパスタって…………あっ、意外とイケるかも」


 てか森さん、そのまま食うなや。

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