成長記録 九日目
第43話 文化祭の準備
アルスがアパートに住めるようになってからも、私達は夏休みを満喫した。
まずは花火大会。ちょうどベランダから見て前方に、彩りの花火が打ち上げられていた。
まるで夜空に花びらが咲き誇ったみたいだ。ベランダに座った私達は、時間を忘れて花火を眺めていたものだ。
「エリ、あれやべぇ」
「うん、というか綺麗って言った方がいいかなぁ」
くだけている辺りがアルスらしいけど。
でもその言葉通り、本当にやばかった。こんな真正面で花火を見るなんて、本当に私達は得している。
ともかく去年よりも楽しかったと思えてくる、そんな夏休み。
やがて夏休みが終わって、学校の二学期が始まった。残念な気持ちにはなるけど、かと言って悔やんでいる暇もない。
「えっと、コンロってどこに置くの?」
「ああ、そこ。それで電子レンジはその後ろ」
男子の指示通り、台にコンロを置いた。
私達は今、ある作業に取り掛かっていた。まず教室の机の位置を変えている人もいれば、窓に装飾を付けている人もいる。
そう、一年に一回のお祭り――『文化祭』。
私達のクラスは『喫茶店』をやる予定で、開始日に向けて改装中だ。それで私は料理が上手い理由で厨房を任されている。
この辺は接客なんてやりたくなったので嬉しい方だ。なんせ喫茶店は喫茶店でも……
「わぁ、さゆりちゃん似合っている! 可愛い!」
「へへ、そうかなぁ?」
そう、メイド服。今回はメイド喫茶らしい。
クラスメイトが着ているのは、アニメ的なフリフリのメイド服。本当に着なくてよかったと思う……あんなの着て働ける自身なんかない。
「えっと、お待たせ」
その時、扉から誠君ら数人の男子が入ってきた。
すると女子から騒然の声が上がる。
「キャアアア!! 森君なにそれ!? もう可愛いとしか言えない!!」
「やだぁ、女の子みたい!! 写真撮らせて!!」
メイド服を着るのは女子だけではない。男子もだ。
誠君もその一人だけど、確かに似合っていると言えば似合っている。元々顔が中性的だからというのもあるかも。
「そ、そうかな……沢口さんどう思う?」
「えっ? まぁ……似合うかな……」
「え~、沢口さんリアクション低いよ~。森君の美少女力凄いと思わない?」
「そうそう。森君こんなにも可愛いのにぃ」
すいません女子方。誠君の中身が中身なので可愛いと言えないです。
というか中身知っているの私だけか。このクラスの誠君は『童顔な男子生徒』というイメージが先行しきっている。その人が女装になったら、そりゃあ人気になる。
というか誠君に夢中になり過ぎて、他の女装男子が構ってもらえていない。明らかにどんよりとしたオーラが出てますがな。
「沢口さん、ちょっとごめん。家庭科室からまな板持ってきてくれる?」
「あっ、うん分かった」
まな板ね。とりあえずキャーキャー言っている女子の間をすり抜けながら、教室を出た。
廊下でも文化祭の準備で敷き詰められている。床に小道具が置いているから歩くのに精いっぱい、踏んだらその生徒に失礼だ。
と、隣クラスが見えてきたので足を止めてしまった。
作りかけの看板に『薔薇喫茶』というのが書かれている。窓にはハリボテが敷き詰められているので、中が見えない状態だ。
こっちでも喫茶やるとは聞いたけど、どんな所なんだろう。薔薇だから、文字通りそんな花が包まれた喫茶だったりとか?
気になったので、そっと出入り口から見てみた。
「「「いらっしゃいませッッッ!!!!」」」
「声が小さい!! もっと心の底から込めて、大きく出すんだ!!」
「「「いぃらぁっしゃいませぇッッッ!!!!」」」
「よしっ!! じゃあ次は『ご注文はお決まりですか!?』」
「「「ごっちゅうもんはぁお決まりですかぁッッッ!!!」」」
……確かここのクラス、男子の運動部員がいっぱいいると聞いた事がある。
彼らのムキムキな身体にはオイルが塗ってある。さらに着ているのは、薔薇が付属したパンツ一丁。
私は見なかったことにして、静かにクラスを後にした。
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それからというもの、私は文化祭の準備をしながらプログラムを組んだ。
まずメイド喫茶において私は厨房係。注文された料理を作って提供するという、言わばコックのような仕事をやる事になっている。
文化祭開始からしばらくその仕事に没頭。それで昼の一時になったら休憩、三時間ちょいは文化祭の中を回っていいとの事。
そういったプログラムを聞いた後、担任の先生からチケットを配布された。これを持っている人……つまり身内とか家族とか、学校の部外者でも入れるようになる。
そのまま放課後になったので、準備は一旦中断。私はチケットをカバンを片手にアパートへと向かった。
「……どうっすかぁ」
家族を呼びたいけど距離がある。チケットはアパートの人達に渡す事になるはずだ。
まず森さん、長谷田さん、ユウナさん、そして……アルス。
でもアルスは難しい。今まで学校に呼んだ事がなかったし、何よりあの子を見られたら文化祭どころじゃなくなる。
私は別に構いはしないけど、他の人にとって迷惑になりかねない。
かといって、アルスだけを留守番させるなんて出来やしない。
そもそも私自身が許さない。
「何かいい方法ないかなぁ」
アルスを文化祭を楽しませて、なおかつ怪しまれない方法。
人間の服装を着させて侵入させる? いや論外。
クラスメイトに協力させる? そんな事を言える勇気がない。
だったら先生に? いや無理だろうなぁ。
中々いい案が出てこない。文化祭の準備よりも難儀だ。
「エリ?」
「えっ?」
今、私を呼ぶ声がした。
周りを見回した所、家の屋根に目が留まった。
「アルス! どうしてここに……」
そこにアルスがいる。
アパートで待っているはずなんだけど、何でこんな所に……。
「自分なりに運動していた。散歩だけじゃ物足りない」
「ああ、そうか……」
アルスだって成長している。今までの散歩だと、あまり運動にはならないかもしれない。
前はリュックの中に入れて散歩していたりしてたけど、こうして自分で行動する所を見ると嬉しいというか寂しいというか……。
「アルスって何か……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
「そう……じゃあ僕、適当に回ってくる。水の時間までは戻るから」
アルスが屋根から飛び移ろうと、助走を付けていく。
もう行ってしまう。そう思った時、何かが湧き上がってくる。例えるなら、多分寂しい……寂しい気持ち。
そんな気持ちが出てきて、
「ア、アルス!」
私は思わず、アルスを呼んでしまった。
その子は何だとばかりに足を止め、こちらを見てくる。
「あの……アルス。その、今から一緒にどっか行かない? 誰もいない所に」
「……誰もいない……」
アルスが私の言葉に対し、考えるような仕草をする。
それを待っていたら、突然近くへと飛び降りてきた。それも背中を向けて「乗って」と言わんばかりに。
大型犬ほどのサイズあるけど、乗って大丈夫かと心配になってくる。でもその子がぐいっと背中を推してくる。
躊躇しないというと嘘になる。かと言って無下にも出来ない。重さを感じさせないよう、そっとそこに乗った。
「行くよ」
そう言ってアルスがジャンプした。
私を担いでいるにも関わらず、全く重そうに感じていない。むしろ当然とばかりに屋根から屋根へと飛んでいく。
落ちそうになっちゃうかと心配だったけど、何故かアルスの
にしても凄い。アルス、こんな事が出来るなんて。
まるで空を飛んでいるような感じで、それでいて背中を堪能出来て。何か私……とんでもない事をしている気がする。
それから目の前に団地が見えてくる。アルスがそこに向かって飛び上がり、屋上に着地した。
「ここなら誰もいない。僕とエリだけ」
「……そうなんだ」
確かに屋上と下を行き来する事が出来ない。
それに誰からにも見られないような状態だ。
「アルス……」
「ん、どうし……」
私は返事を待たず、アルスを抱き締めた。
相変わらず体温のない身体。でも確かに感じる温もりを、私は一心に受け止める。
「エリ……?」
「……アルスは、私の事好き?」
誰もいないからか、そんな事を口にしてしまった。
理性が飛んでしまっているのかもしれない。
「……好き。エリは、僕にとってのかけがえのない存在」
「本当に? 食べ物に対しての好きじゃなくて?」
「……多分それとは違う。こんな気持ち、エリ以外の人間には抱かない。エリの前ではそれが出てくる」
「……そうか……なら嬉しい……」
もうどうにでもなれ。
私はアルスと目線を合わせた。キョトンとした顔にゆっくり近づいて、口付けする。
頬でなく、口でのキス。アルスは何されたのか分かんないようだけど、それでもいい。
「今のはキスって言って、好きな人同士でする行為なの。アルスからもしてくれる……?」
「……うん」
「そっとね……」
アルスがゆっくりと、私の唇に口を付けた。従順でいい子。
唇を吸い付いて、舐めて、お互いに抱き締める。もう興奮して、他の事が考えられない。
「好きだよ……アルス……」
「エリ……」
この誰もいない屋上で、ただひたすらキスを続ける。
それから満足してお互いに抱き合った。キスを含めてどれくらい時間経ったんだろう……でもアルスとこうしていられるなら、どうだっていい。
それよりもやっぱり、この子と文化祭を楽しみたい。
この子抜きでの文化祭なんて考えられない。大好きなアルスに、どうしても楽しみを分かち合いたかった。
──決めた。
少し荒療治になるけど、やってみる価値はあるはず。
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