第41話 パンパン!!

『フロント・ダブル・バイセップス!!  フロント・ラット・スプレッド!! そして……ウウウンン!! サイドチェストォ!!』


 トレーニングビデオからガチムチな叫び声が聞こえてくる。


 例の筋肉男の声だ。最初ちゃんとトレーニングの内容を教えてくれたけど、後半になってくると様々なマッスルポーズをとってくる。完全に内容詐欺である。


「ウウウンン!!」


 で、アルスがマッスルポーズの真似をしていた。

 比喩ではなく本当に筋肉がムキムキと迸っている。これにはユウナさんがドン引きだ。


「……何と言うか……壮絶な物を感じます……」


「いやいや……これかっこいいじゃない……」


「ええ……」


 だってマッスルポーズするアルス、素敵じゃない? もしかして私だけ?

 しばらくしてトレーニングビデオが終了。画面内にスタッフロールが流れた。


「エリ、デーブーデーの他に何かある?」


「DVDね。じゃあ、ちょっと待ってて」


 アルスが鑑賞会に飽きたみたい。

 さて、次は何をするか。確か物置にボートゲームがあったような……少し漁ってみるか。


「……あっ、よかったらこれやる?」


 普段開けない物置を調べてみたら、人生ゲームが出てきた。


「人生ゲーム……でしょうか?」


「うん、家族のコマを動かしてゴールを目指す奴。ちょっとルールが難しいけどね」


「それやりたい。やらせて」


 おっ、アルスが食い付いた。そうこなくっちゃ。

 二人にルールを教えた所、意外と飲み込みが早かった。そして早速ゲームを開始。


「……あっ、そろそろアルスのコマ、赤ちゃん出来るね」


 ゲームをしてから数十分後。今の所アルスが優勢になっていた。


 そのアルスのコマが、赤ちゃん出産のマスに到着。人生ゲームって子供が出来てから本番なんだよね。


「おまいさん、赤ちゃん出来たよ」


「フフッ、何か言い方それっぽ……ってうおおお!? マジで妊娠している!!?」


 アルスを見てみたら腹が膨れているではないか!! 

 妊婦みたいだこれ!!


「お腹に力入れてやってるんだ。エリもマスに着いたらやってみなよ」


「ええ、私も!?」


 そう言われてびっくりしたけど……でもちょっとやってみたいかも。

 私の番になった時、コマが出産イベントに到着。さて、ちょっとお腹を出して……


「あ、あのね……アルス……」


「瑛莉ちゃーん、今はどんな感じ――」


「アルスとの赤ちゃん出来……あっ」


 私は見てしまった。

 扉からお母さんが現れたのを。私の腹を見て何とも言えない顔をしているのを。


「……えっと、ごめんね。ちょっと瑛莉ちゃん、あれから大丈夫かなって心配してて……。うん、どうぞごゆっくり……」


「ぬおおおお!! お母さんちょっと待って!! そんなドン引きした顔で帰らないでぇ!!」


 このままじゃあ、頭がアレな娘の印象になってしまう!! お母さん待ってぇ!!

 

「お、お母さん! あれはアルスに言われて!! 今、人生ゲームで出産イベントがあったからさ!!」


 階段前で引き留める事に成功した。

 そのお母さんが困惑顔だ。


「そ、そうなの……でも何でそこでアルスちゃんが出たの?」


「そ、それは……アルスが……その……」


 そりゃあ決まっている、自分の子供と言ったらアルスかなぁと思っただけ。

 もちろん私とアルスでは子供なんて出来やしない。それに正直に言った所で納得してくれるかどうか。


 ……そういえば私、まだこの事をお母さんに言ってなかったっけ。


「ねぇ、お母さん……」


「ん、どうしたの?」


「あの、変だと思われるかもしれないけど……その……誰かを好きになった時って、胸がドキドキなったりするのかな?」


「……そうねぇ、それはドキドキするわ。好きな人を想うってのは、それだけその人が大きい存在って事なんだし。……あれ、もしかして瑛莉ちゃん好きな人いるの?」


「……うん」


「本当!? 誰なの、聞かせて!!」


「わ、分かったから! 分かったから落ち着いて!!」


 全く、恋愛の話になると食い付くなぁこの人。

 私はお母さんを離してから、ゆっくりと深呼吸。そして伝える。


「……その……アルス。アルスが好きになったの……」


「えっ、アルスちゃん? もしかして植物フェチになったの?」


「窓から突き落とすよ? いや本当に好きになっちゃったの……あの子の事を考えると熱くなって……」


「へぇ……何がきっかけ?」


「前に田舎に行った事があったんだけど、そこで大変な事が起こって。それで助けてくれたアルスがとってもかっこよかったの。あそこからかな、あの子をそんな目で見るようになったのって……」


 本当、あの時の前後から変わったと思う。

 あの子が欲しい、もっと欲しい。もうそれしか考えられない。


「今でもアルスの事しか考えられないの。お母さん、これってやっぱりアルスに恋していると思う?」


「……ええ、あなたは間違いなくアルスちゃんを好きになっている。夢中になっていると言ってもいいわ」


「やっぱりか……」


「一応聞くけど、瑛莉ちゃんはその考え、少しでもおかしいと思った事がある?」


 その質問に思わず眉をひそめてしまう。

 アルスへの気持ちを、変な物なんて考えた事がない。


「ううん、全然」


「そう。だったらその気持ち、大事にしなさい。正直聞いた時は驚いちゃったけど、私は瑛莉ちゃんの事応援したいわ。それにアルスちゃんだって、あなたの気持ちを受け入れてくれるはずよ」


「……お母さん」


「もしそれを誰かが聞いて、馬鹿にする時が来るかもしれないし来ないかもしれない。でもそういうのは絶対に聞き流しなさい。アルスちゃんを想う気持ちを捻じ曲げちゃいけない。

 あなたは思う存分アルスちゃんを愛する。お母さんは絶対それを見守るわ」


「…………」


 アルスへの愛を捻じ曲げちゃいけない。だって私、アルスの事が好きなんだから。

 あの子とずっといたい。誰にも邪魔されたくない。もうこの気持ちを変えたくない。


「……私、大家さんとちゃんと話してみる」


「えっ?」


「折り合い付けれるか分かんないけど、明日帰って、アルスの事を話し合って決めたい。もし駄目だったら他のアパートに行けばいい。だから、逃げちゃ駄目なんだ私は」


「……その通りね。もし何かあったら家に帰ってきてもいいのよ?」


「その辺は大丈夫だよ、多分平気」


 話してよかった。そう感じてくる。

 お母さんは私の言葉に、満面な笑顔で返してくれて。何だが報われた気分だ。


「じゃあ部屋に戻るね。ありがとう、お母さん」


「ええ」


 お母さんが下に降りていくのを見てから、部屋に戻る。

 するとアルスが眠たそうにウトウトしていた。


「アルス、もしかして疲れちゃった?」


「そのようですね。実は私も……」


「ユウナさんもかぁ。だったら皆で寝ようか、ベッド使ってもいいから」


 ちょうど私も眠かった所だしね。


「では失礼します……瑛莉はこちらで大丈夫でしょうか?」


「うん。ほらっ、アルス。あなたもだよ」


「こく……」


 ユウナさんを寝かしてから、次にアルス。そして……私もアルスの横に添い寝する。

 ウトウトするアルスを抱き締めて、頭を撫でる。アルスも私の所に寄り添ってくる。


「エリ……温かい」


「安心するんでしょう? いい子に寝てね……」


「うん……」


 アルスのウトウトした頭が動かなくなって、吐息が聞こえてくる。

 私も、なんだか眠くなって……

 



 -------------




「……ん?」


 ゆっくりと意識が戻った気分だ。

 目を開けると、すぐそこに寝ているユウナさん。相変わらずいい香りがするなぁと思ったけど、


「アルス?」

 

 あの子が見当たらない。 

 部屋を見渡してもいないって事は、一階にいるのかな? 私達より早く起きて降りたとか。


 ユウナさんを起こさないよう、そっと部屋を出る。

 それで一階の居間に直行。


「お母さん、アルスいr──」







 ――パアン! パアン!!


「アッフン!! アフン! 凄いイイ!! もっとして! もっと頂戴!!」


 ――パンパン!!


「ああん!! 何これ最高!!」


 そこには想像絶する光景があった。

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